第3話 大先輩

「マジですか!!?」


全身がバネのように弾け、僕は立ち上がりながら声を出した。歓喜のあまり身体がちょっと震えている、それくらい僕にとっては朗報だった。


「嘘じゃないぞ。3年フロア行けばすぐに見つけられるだろ、あの図体なら」

「ありがとうございます先生、教師人生で1番の仕事をしたんじゃないですか?」

「お、おう。褒められてるのにあんまり嬉しくないな」

「それじゃあ早速行ってきます」

「待て待て待て」


長谷川先生にお礼を述べ教室を出て行こうとしたら止められた。どうしてそんな酷いことをするのだろうか。


「なんで止めるんですか?」

「いや、なんで止められないと思ったんだ。今朝礼中だぞ?」

「つまり先輩も教室にいるということですね、情報ありがとうございます!」

「だから待ちんさいって!」


先輩の居場所を教えてくれた先生に感謝の意を伝えて廊下へ飛び去ろうとしたら再度制止の声。何なのこの人、こんなに引き留められたら僕の溢れ出るパッションの行き場がないんだけど。


「廣瀬、お前が豪林寺に会いたいのは分かった。でも今は朝礼中だ、終わってから行け」

「いや、終わったらすぐ終業式なのでその後ですね」


先生の説明にすかさず補足を入れる出雲。2人の話をそのまま呑むなら、先輩と話せるのはいつになるか分からない。


「先生」

「なんだ?」

「冷静に話し合いましょう」

「おう、先生はずっと冷静なつもりだったが」

「まず僕の言い分ですが」

「おう、なんだ」

「とにかく先輩に会いたいんですよ」

「知ってるよ、だから止めてるんだろ」

「いや、先生は何も分かってないです」

「何……?」


僕は一呼吸置いて、真っ直ぐ長谷川先生へと目を向けた。


「逆に聞きますけど、僕より先輩と会いたいと思ってる人がいると思いますか?」

「そりゃまあいないだろうな」

「それなのに、まだ会えてないのおかしくないですか?」

「おかしくないです」

「それでも物理の先生ですかあなたは。これだけ先輩に会いたい人間が未だ邂逅できず、ただのクラスメートたちが顔を合わすことができている。時間の概念がねじ曲がってるんですよ」

「どれだけ必死なんだお前は、感情は量子力学に影響しないだろ」

「そんなこと言って良いんですか? 日々量子力学の研究は進行しています、先生の理解の外で発見が起きているかもしれませんよ?」

「ああ言えばこう言うな、結局のところ何が言いたいんだ?」

「僕が先輩に会えてないのはおかしい」

「おかしくない」


僕の必死の弁明にも、先生は耳を貸すことはなかった。「後で会え」の1点張りである。


言葉の堂々巡りを続けていたら、朝礼が終わるチャイムが鳴った。長谷川先生はホッとしたように息を漏らし、「廊下に並べ」と言ってから教室を出た。最悪なことに、終業式の時間になってしまっている。


くそう、あの人めちゃめちゃ忙しいんだぞ? 終業式終わってすぐ帰ったらどうするんだよ。


前回先輩が来たのは球技大会の日だったようで、僕はそのことを後から聞かされて先生に散々文句を言った。当日に知っていたら昼休みに会いに行っていたのに、現実は無情である。


「今日も会えなかったら僕は叫ぶぞ。南米大陸に届く音量で叫び出すぞ」

「落ち着け雪矢、どう考えたって会えるだろ」


不安に押しつぶされそうになりながら廊下へ出ると、雨竜が僕の肩に手を置いて言った。


「どういうことだ? 四葉のクローバーに祈りでも捧げたのか?」

「どんだけメルヘンチックなんだ俺は。そうじゃなくて、終業式なんだから体育館に先輩も来てるだろ」

「……ホントだ。雨竜、もしかしてお前天才?」

「多分心の底から言ってるんだろうけど、すげえ馬鹿にされてる感あるな」


雨竜の悪魔的発想によりテンションが上がりに上がりまくる僕。そうじゃん、終業式で全校生徒が集まるんじゃん。だったら先輩だって来るわけで、問題なく声掛けられるじゃん。


「終業式終わったら声掛けろよ、それくらいの時間はあるだろうし」

「勿論ロンロンだ、時間がなくとも完璧な挨拶を噛ましてみせる」

「時間がないなら後にしろよ」


雨竜の言葉は無視して、僕は脳内シミュレートに全神経を注ぎ込む。


これほどまでに体育館に向かうのが楽しみになるとは思わなかった。



―*―



全校生徒が第一体育館に集まると、終業式が開催される。校長先生のスピーチが5分ほどで終わると、各学年の校長賞が発表される。


校長賞とは、明確に定義づけはされていないが、その期間(今回だと1学期)で最も成績が優秀な生徒に贈られる賞のことで、賞状と粗品が提供されるらしい。僕の学年は毎回雨竜が壇上に上がっており、その容姿を全校生徒に晒している。去年2学期の終業式以降、僕に向かって必ずドヤ顔を向けてくるので非常にイラッとくるのだが、粗品を提供してくれるのでプラマイゼロになる。シャープペンシルやら付箋やら、いつもありがとうございます。


しかしながら、今回は粗品などどうでもいい。いつも少なからず終業式が早く終わるよう思っているが、今回はいつもの比ではない。


3年生が佇むそのエリアには、その圧倒的存在感を文字通り身体で示している。長身が集まるバスケ部の連中よりも背が高く、密集していても肩から上が出ているのが分かる。


実際先輩がいるのをこの目で確認すると、感動も一入だ。2ヶ月も会えなきゃそうなっても仕方ない。


「それでは、終業式を閉会いたします。一同、礼!」


教頭先生の進行が終わり、体育館の出口から近い3年生から教室に戻るよう指示が出される。


体育館内が騒がしくなったと同時に、僕はすぐさま移動した。


直立する2年生たちに間を縫って、3年生のいる場所へと向かう。先輩の身長なら移動しても見過ごすことはないが、他の生徒たちと違ってすぐには移動しなかった。



――――そして、移動している僕と目を合わす。



どこか呆れたように額を触る先輩は、人の波から外れたかと思うと、少し困ったような顔付きで僕を手招きする。


嬉しくなった僕は、歩みを進める3年生の間をすり抜けるように移動し、目的の人物の前に到着した。


身長193センチ、体重142キロ。その道を進むために選ばれたと言っても過言ではない素晴らしき恵体。17歳には見えない貫禄のある顔付きも、あまり似合わない制服姿も、久しぶりに会った僕からすれば何もかも新鮮だった。



「先輩、お久しぶりです!」

「久しぶり廣瀬、お前は相変わらずワンコみたいなやっちゃな」



そう言いながら大きな手の平で乱暴に頭を撫でてきたのは、1つ上の先輩である豪林寺かなめさん。1年の時から僕が所属する、相撲部の部長である。

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