第2話 交換
「あっ……」
雨竜に指摘され、存在の知られていないスマホをさらっと出してしまっていることに気付く僕。
しまった、焦ってうっかりミスをしてしまった。スマホは世界遺産クイズで雨竜に勝ってから見せようと思っていたのに、順番が逆になっている。
このスマホは一昨日、ようやく母さんの許可が下り、昨日父さんと一緒に買いに行ったものだ。もっと大々的にお披露目するつもりだったが、雨竜との苛烈な攻防により予定が狂ってしまっている。思わず検索機能に頼ってしまったが、便利すぎるというのも考え物である。
「はあ、よく分からんクイズする前にこっちを伝える方が先だろ」
「よく分からんとは何だ! しっかり完璧に答えといて!」
「はいはい、続きは後で聞くから。とりあえず、ほい」
「ん?」
僕が一晩掛けて作ったクイズをよく分からんと評され憤慨したが、雨竜は適当に流して僕の方に自分のスマホを差し出した。
「なんだ、くれるのか?」
「そのボケ2度目だぞ?」
いや、いたって真面目なんだが。
僕が腕を組んでゆっくり頭を捻っていると、雨竜は再度大きく溜息をついた。
「だから、ライン交換しようって意味だよ」
「……」
「呆けるところじゃないだろ、普通に分かれよ」
雨竜から向けられたスマホを見て、僕は一瞬固まってしまう。
……そうか、普通に交換すれば良かったのか。わざわざクイズを準備して勝利する必要なんてなかったわけだ、僕としたことが随分浅はかだったな。
「あっ、もしかしてラインインストールしてない?」
「いや、してる。父さんと交換したし」
「なら早く起動しろ、俺が読み取るから雪矢はQRコード出せ」
「いやだ、僕が読み取るからお前がQR出せ」
「……まあ、俺はどっちでもいいけど」
雨竜とやり取りしながら、お互いの連絡先を教え合う。試しに僕から円周率を12桁まで送ったが、雨竜から18桁になって返ってきた。こんなんでいいのか、最初のやり取りって。
「ようやくお前と連絡が取りやすくなったよ」
「言うほど用件なんてないだろ?」
「したいときにできないのがキツいんだよ、これから夏休みだしな」
確かに。明日からは学生の大好きな夏休みである。学校というものから解放されるが、そのため交流するのであれば自主的に動かなければならない。スマホでなければ日程を合わせるのは困難だ。そう考えると、スマホをゲットできたのは絶妙なタイミングだな。
「お前の連絡先、姉さんと梅雨には俺から伝えとくぞ? どうせ自分で伝えないだろうし」
「おい雨竜、お前は僕がそんな怠け者だと思ってるのか?」
「じゃあ自分で伝えるか? この暑い中、わざわざ俺の家まで来て。俺はそれでもいいが」
「よろしくお願いいたします」
「変わり身早いな」
僕は春夏秋冬の奴隷、自ら辛い目には遭いません。夏は家の中、クーラーで涼む生活に勤しみたいです。
「よし。じゃあやることやったしクイズの続きやるか?」
「クイズ? ああうん、もういいよそれは」
雨竜と連絡先を交換した以上、僕の目的は達成された。これ以上やる意味はない。コイツはコイツで昨日の番組を見て対策してるみたいだし、正直戦うのは分が悪い。
「おいおい、後1問ってところでそれはないだろ。こっちはリスクを負って2問クリアしてきたんだが?」
「ぐっ……!」
しかしながら、逃げる直前で雨竜に先回りされてしまった。僕が必死になってスマホで検索している姿を見ているんだ、余裕を見せてくるのも当然だ。
どうする、玉砕覚悟で事前に準備した問題をぶつけるか? いやいや、敗北濃厚な対応をするなんて自殺と一緒じゃないか、そんな行動には何の意味もない。
考えろ、考えるのだ。この場を乗り切ることができる最善手を――――!
「――――おはよう、2人とも」
僕の日頃の行いが功を奏したのか、僕らの睨み合いに割って入る挨拶が聞こえてきた。
青みがかった黒髪を綺麗に整えて口元を綻ばせているのは、我がクラスの委員長様である御園出雲だ。
いつもは僕に攻撃的な登場をしてくる彼女だが、本日ばかりはナイスタイミングである。
「おはよう御園さん、もしかしてさっきの会話聞こえてた?」
「それもあるけど、普通にスマホ出してたし」
「確かに」
よしよしいいぞ、そのまま雨竜の思考回路をチクタクバンバンするのだ。クイズを忘れろクイズを忘れろ、夏休みの話題で脳容積を使い切れ!
2人の会話を聞かずに祈りを捧げていたら、今度は出雲が僕に向けてスマホを差し出していた。
「青八木君だけずるいじゃない、私とも交換しなさいよ」
どうやら僕は考え過ぎていたようだ。友達や悪友(仮)がスマホを持ったら、連絡先を交換するのが当たり前らしい。でなければこんな風に続けて聞かれることなどないだろう。
「あら意外、フルネームで登録してるのね」
ラインの交換を終えると、出雲はどこかからかうような口調で言ってきた。
「何だと思ったんだよ?」
「うーん、『snow_arrow』?」
「ぶっ!」
コイツ、僕を何だと思ってるんだ。自分の名前をわざわざ英語表記だなんて、まあちょっとグッと来ないこともなかったが。後雨竜、お前はいつも笑ってんじゃねえよ。
「雨竜だってフルネームじゃねえか、『rainy_dragon』にしそうな顔しといて」
「そんなこと言ってるのあなただけよ?」
「俺がそんなふざけた名前入れるわけないだろ」
まさかの反論に疎外感を覚える僕。えっ、嘘、そんなにダメ? 『rain』じゃなくて『rainy』のところなんて最高にオシャレじゃない? はあ、これだから素人は思考の幅が狭くて困る。
そんなことを考えていると、持っていたスマホが僅かに震えた。
目を向けると、出雲からラインがきており、可愛らしいウサギがお辞儀をしながらよろしくお願いしますと言っているスタンプが貼られていた。
「まっ、適当に何か送るからちゃんと返してよね」
「お前こそ、僕が大喜利振っても無視せず返せよ」
「なんで大喜利を振ってくるのよ……」
「夏休み明け、雨竜の全身が金色になっていた。さて、何があった?」
「だからなんで振ってくるのよ!?」
出雲は大きな声を出すと、やがて困ったように項垂れた。僕との会話中に姿勢を崩すなんて失礼な奴だな、まあコイツはずっと僕に失礼なわけだが。
「とにかく、夏休み中連絡するかもしれないから。面倒でも返信しなさいよ」
「お前は僕の保護者か、それくらいちゃんとするわ」
「後、朱里にもライン教えなさいよ。自分だけ教えてもらえなかったらあの子凹むわよ」
「雪矢の場合、桐田さん以外にも伝えるの忘れそうだよな」
「最悪私たちが教えなきゃダメそうね」
「というか多分、その展開が濃厚というか」
「「はあ……」」
君たち? 人の顔見て溜息付くなんて失礼だって習わなかったのかい?
全く以て心外である。せっかくスマホを買ってもらったのだ、あやつらから連絡先を聞きたいのは僕も同じだ。それを忘れるはずないだろうに、どれだけ信用されていないんだ僕は。
「ほいほーい、1学期最後の朝礼始めるぞー」
2人から哀れみの視線を向けられた直後、担任教師である長谷川先生が既に1人だけ夏休みに入ってしまっていそうな軽いテンションで教室に入ってきた。
各々が自分の席に戻り始めたところで、先生が話を始める。
「とりあえず、1学期お疲れさん。今日が終われば明日から夏休みだが、難関校を視野に入れている人間は勉強も忘れないようにな。受験は2年の夏が天王山、遊びたいのは分かるがそれを忘れないでくれ」
「先生、ご指摘は嬉しいんですが急に真面目なこと言われるとみんなびっくりしますよ?」
「やっぱりかぁ、分かっちゃいたけど学年主任から真剣な顔で伝えるよう言われてたからさ」
「表情まで注文入ったんですか……」
出雲が呆れたように声を漏らし、教室の中が笑いで沸く。受験の話でここまで緊張感ないクラスってここだけじゃなかろうか。変に追い込まれるよりいいのかもしれないが。
「そうだ廣瀬、お前に朗報だぞ」
「僕?」
教室の喧噪が収まると、長谷川先生は思い出したように僕へ声を掛けた。
「前は伝えなくてしこたまお前に怒られたからな、今日はちゃんと仕事したぞ」
「……いや、何の話ですか?」
どこか勿体ぶるような言い回しをする先生に聞き返すと、先生はニヤリと笑って人差し指を上に向けた。
「豪林寺、今日学校来てたぞ?」
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