3.5章 僕と夏休み
第1話 始業式
期末試験の返却から2週間後、待ちに待った終業式の日が訪れた。
この日が終われば夏休み、家にいても咎められずに過ごせるという最高の期間である。しかも母さんはお盆を除けば仕事、父さんを独り占めすることができる。長期休暇ほど母さんにマウントを取れる期間はない、去年は勉強だけで時間を取られてしまったが今年はどうしようか。
「おっす、バイオレンスパープル」
「おはようさん、クリーミィピンク」
僕より先に登校していた雨竜に爽やかすぎる挨拶を噛ますと、不本意なリターンが返ってきた。
「おい、なんだその呼び名は? 僕のイメージが崩れるだろ」
「完璧だと思うけどな、脳内クリーミィピンク」
「ぶっ飛ばすぞテメエ」
僕のようなリアリストを捕まえて脳内ピンクとか意味が分からんのだが。もっとシックで大人っぽいシルバーやゴールド選んでもらわないと困るな。
「そういうお前こそなんでパープルなんだよ」
「バイオレンスパープルな?」
「そんな色聞いたことないんだが?」
「僕が作ったからな、血を想像させる赤みがかった紫色のことだ」
「だったらブラッドパープルの方がいいんじゃないか?」
「お前は何も分かってない。日本語をそのまま英語にするのはナンセンスなんだよ、ちょっとずらして意味が通用するようにするのが『をかしの文学』だ」
「清少納言を巻き込むな」
コイツめ、以前は自分が清少納言を馬鹿にしていた癖に一丁前なこと言ってやがる。国語という成績だけを言うならその資格はあるのだが、雨竜に言われると腹立つな。
「まあいいや。イメージカラーなんて瑣末な話だ」
「イメージカラーの話をしてたのか……」
「では早速始めるか。廣瀬雪矢の、世界遺産クーイズ!」
「はっ?」
僕が高速で拍手すると、雨竜は状況が掴めていないようであからさまに顔をしかめた。
「そう嫌そうな顔するな、朝礼前のちょっとした余興じゃないか」
「余興かどうかはルールを聞いてから決める」
「頑固な奴め。ルールはいたってシンプル、僕が今から3問クイズを出すから、どの世界遺産か当てたらお前の勝利だ」
「普通だな」
「ただし1問でも外したら僕の言うことを1つ聞いてもらう」
「とんでもない後付けだな」
「さて第一問」
「始めちゃったよ」
ごちゃごちゃ言ってる雨竜を無視して質問に入る僕。こういうのは先にやらなきゃいけない空気を作った人間の勝ちだ。くくく、解答に苦しむ雨竜の顔が目に浮かぶようだ。
「1982年に世界遺産登録された、仏教にも大きく関係するスリランカの古都は何でしょう!?」
「アヌラーダプラ」
「…………はい?」
「だから、アヌラーダプラだろ? 仏教とスリランカって言ったらそれしかないし」
えっ? なんでコイツ当たり前のように答えてるわけ? なんでスリランカの世界遺産は知ってて当然みたいな答え方してるんですかね。
「仏教よりも、写真とかだと巨大なストゥーパが有名なんだよな。紀元前に作られたとされているのに高さは70メートル近くあって」
「もういい! もういいから!」
雨竜のヤバいスイッチを押したような気がしてすぐさま僕は止めに入る。しまった、コイツの得意分野だったか。仏教が得意分野の高校生って冷静に考えて何者だよ。
「ふ、ふん、どうやらサービス問題は答えられたようだな」
「まあ国名が出ればある程度絞れるしな」
絞れて溜まるか。なんで学力が常にトップな上にその他の知識まで幅広いんだよ。お前の脳容積は本当に僕と一緒なんだろうな。
「第二問だ。次は国名も答えてもらう」
「一気に難易度上がったな」
こうなったら国名を伝えるのは無しだ、それどころかセットで答えてもらうことにする。なかなか範囲が絞れきれない状態でどう答えるか、見物じゃないか。
「言っとくが異論は認めんぞ?」
「まあいっか」
この男、随分と余裕過ぎはしないだろうか。難しくなったという割にはビビる様子もなく、むしろ楽しみにしている気さえする。まあいい、問題を出しさえすればその表情も凍り付くに決まってる!
「じゃあ第二問。南極、グリーンランド――――」
「ロス・グラシアレス国立公園」
「………………」
「ロス・グラシアレス国立公園。アルゼンチンのな」
あのぅ、僕まだ問題文全部言ってないんですが。
「いやいや、その2つ名前出したらすぐ分かるだろ。氷床が地球上で第三位の面積を持つのはロス・グラシアレスだからな」
「……………………」
「あの高さの氷が凄い音鳴らして湖に崩れ落ちるんだからなあ、生で1回見てみたいもんだよ」
いや、うん。僕の質問の出し方が悪かったのは理解した。理解したよ?
でもね? 問題文全部聞かずに解答できる方がおかしいってのも理解してね? これ、抜き打ちクイズなんですよ? 勉強期間があったわけではないんですよ?
「……くくく」
雨竜の超人的な能力に呆気を取られていると、雨竜は我慢ができなくなったかのように笑い出す。どうしたんだコイツ、ヒトの枠を超えすぎて頭がおかしくなったのか?
「お前さ、ホント分かりやすいよな?」
「何? どういう意味だ?」
「どういう意味じゃなくて、お前昨日の世界遺産特集見ただろ?」
「……」
僕はあからさまに固まってしまった。その様子を見て、雨竜は追加で吹き出す。
「俺も昨日偶然見てたんだけどさ、お前がこんなこと言い出すんじゃないかと思ったんだよ」
「ま、まだ僕が見たって言ってないんですけど?」
「問題の出し方、まったく一緒だったぞ?」
「…………」
「昨日出た世界遺産を出さなかったことは評価するが、あの問題の出し方はバラエティ向きに分かりやすくしてるからな。そりゃ簡単に答えられる」
確かに僕は、『どれだけ知ってる? 各地の世界遺産』という番組を見ていた。雄大な自然や大昔に造られたとは思えない建造物に感動して今に至ると言っても過言じゃない。
しかしながら、先ほど雨竜が言ったように、番組で出た世界遺産が答えになる問題は作っていない。念のためそこにも配慮して問題を作った、分からないと嘆く雨竜にドヤ顔で説明する準備もできていた。
なのにどうして? どうしてそこまで完璧に答えられるわけ? 完璧じゃないと死ぬ病気にでもかかってるの? 可哀想だね。
予想外の展開に内心狼狽えまくっている僕。そんな僕の心の内を読み取ったように雨竜は笑う。
「残り1問だ」
「……」
「こっちはかなりリスクのあるルールに乗ったんだ、全問正解したら当然お前が俺の言うことを聞くんだよな?」
「ちょ、ちょっと待て!」
僕は一旦、第三問へ移行するのを中止する。ダメだ、このままだと呆気なく雨竜に正解を当てられてしまう。問題文を読む形式だと恐らく勝ち目はない、別の手を考える必要がある。
単語という確固たる情報を提供するからダメなんだ、もっと漠然とした形で吹っかけるしかない。
僕は制服のポケットからスマホを取り出し、ネットの力を借りることにした。
写真だ、写真で勝負するぞ。あからさまな建造物ではなく、自然を中心としたものならいかに雨竜といえど迷うに違いない。勘違いを起こす可能性だってある。こうなったら紛らわしい世界遺産を探すまで僕は絶対退かん。
「おい雪矢」
「待てって言っただろ、急かすのはマナー違反だ。メインディッシュは時間を掛けて自信を持ってお前に提供してやる」
「いや、そこはそんなに期待してないというか、そうじゃなくて」
「あっ?」
画面から目を離して顔を上げると、雨竜は目を丸くして僕の手元を指差した。
「お前、いつスマホ買ったの?」
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