第4話 わちゃわちゃ

全く興味のないことがふとしたきっかけで大好きになる。そういう経験はないだろうか。


僕にとって相撲は、まさにそうだった。


日本の国技と言われながらも、生で1度も見たことはない。たまにテレビで情報が入れば、活躍するのは外国人ばかり。不祥事も何度か耳にしたことがある。断片的な情報だけしか頭に入ってこない僕にとって、相撲は僕の興味の対象になり得なかった。


その意識が変わったのは、昨年の部活動紹介オリエンテーリングの時である。


中学時代から荒んでいた僕は、父さんからの言葉があったとはいえ、大きな刺激と出会うことはほとんどなかった。同じクラスの人間が少々個性的というだけで、取り立ててピックアップすることもない。その日の部活動紹介も正直興味はなかった。知っている部活の知っている活動内容を聞くだけ、そんなものに心を動かされることはない。



そう思っていた時にステージに現れたのが、廻しだけを身につけた豪林寺先輩だった。


少しざわめき始めた体育館内で、その人は一切怯むことなく堂々とステージ脇にあるマイクを取る。



『部員は現在ワシ1人ですが、面白半分で人は求めておりません。真剣に打ち込みたい人だけ、待ってます』



そう言って構えた豪林寺先輩は、180度に近いほど足を上げて、大きく踏み込んだ。


素足がステージとぶつかる音が体育館中に広がったのを今でも覚えている。騒がしかった体育館が、その動作だけで静まり返った。


あの恵まれた体型だからこそ放てる凄まじい迫力に、僕は完全に心を奪われていた。初めて見る四股に、身体の奥底から興奮していた。


自然と口元がにやけるのを感じながら、僕は確信する。



――――これしかない。これ以外考えられない。



それが僕と相撲の出会いであり、僕と豪林寺先輩の出会いでもあった。



―*―



「先輩、なんで先月は会ってくれなかったんですか?」


先輩と会えた感動は一旦置いておき、僕は真っ先に聞きたかったことを質問した。


これだけ僕が慕っているというのに、会わずに帰られるというのはかなりショックである。


もしかして僕、嫌われている? そんな不安を抱えながら先輩の返答を待っていると、先輩は腕を組みながら首を傾げた。


「いや、ワシは空気を読んだだけだぞ?」

「はい? どういうことですか?」


先輩に倣って首を傾げていると、先輩の視線が僕の後方へ向くのが分かった。


「先輩、1ヶ月振りですね」

「青八木か、ちょうどいいところに来たな」


僕の隣に現れたのは、通り過ぎる女生徒の視線を釘付けにしてしまう男、青八木雨竜である。しかも今は全校生徒が集まる体育館、向けられる瞳の数は通常の3割増しだ。


「おいテメエ、僕と先輩の逢瀬を邪魔する気か?」

「逢瀬の使い方間違ってるからな、勘違いされたくなきゃ国語勉強し直せ」

「はは、相変わらずお前らは仲が良いな」

「ご冗談を。僕と先輩の関係に比べたら月とスッポンですよ」

「今からお前にスッポンの素晴らしさを叩き込んでやろうか」


しまった。ただことわざを使っただけなのに、雨竜のマニアスイッチを押してしまったようだ。語り出す前に話題を転換しなければ……


「……あれ?」


スッポンの魅力を語り始める前に、僕は雨竜に問い正す。聞き捨てられない言葉があった。



「雨竜今、1ヶ月振りって言ったか?」



それはどう考えてもおかしい。1ヶ月振りということは、6月に1度雨竜と先輩が会っているということになる。それすなわち、球技大会の日に雨竜は先輩と会っている。


いやいやまさか。コイツは僕がいかに先輩と会うのを楽しみにしてるか知ってるんだぞ、それをまさか自分だけひっそり会うような真似してるわけないよな。


しかしながら、僕の不安を煽るように、雨竜は決して目を合わさない。あからさますぎる態度に少なからず動揺していると、先輩が真実を語ってくれた。


「久しぶりに学校来たら体育館が騒がしくてな、どうやら2年生の球技大会のタイミングだったみたいでよ。廣瀬の顔が過ぎったから体育館にいる青八木に声を掛けたんだが、『女子とイチャイチャしてますけどそれでもいいですか?』って言うから遠慮したんだぞ?」


あおやぎうりゅううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!


この男、許すまじ。許すまじである。このアホンダラの独断によって僕と先輩の交流の場が失われたというのか、月に1、2回あるかどうかの場だというのに。


「雨竜テメエ、覚悟はできているんだろうな……?」


僕の怒りは完全フルスロットル。先輩に会えなかった悲しみを全力でぶつけようとしたのだが、まさかの当人に止められてしまう。


「落ち着け廣瀬、これでも青八木はワシをお前のところへ連れて行こうとしたんだ。さすがに女子ばかりの空間に立ち入るのは気が引けたから断ったが」


先輩が雨竜のフォローに入るが、僕からすればそれも納得がいかない。


「そもそも先輩を移動させようって考え方がおかしいんですよ! 雨竜が僕を呼んでくれば一瞬で解決したのに!」

「開会式と同時に抜け出したくせに良く言うよ。言っとくが先輩、開会式終わって割とすぐに体育館来たからな? お前がサボろうとしなければこうはなってないから」

「ぐぬぬ……!」


確かに当日、僕は早々に第二体育館に向かったが、豪林寺先輩が来ることが分かっていたらそうはしていなかった。今更後悔しても後の祭りだが、抵抗せずにはいられない。


「昼休みには言えただろ! お前が先輩と会ったこと!」

「すまん、先月は午前中しかおらんかったんだ。青八木にもそれを伝えてたからわざわざ言わなかったんだろう」


詰んだ。好き放題言いたかったが、先輩から謝られてしまえば何も返すことができない。僕は頭を抱えてぼやいた。


「……畜生、先輩のことさえ知ってればすぐに会いに行ったのに……!」

「女子たちと約束しとったのだろ? ワシよりそっちを優先したところで気にせんぞ?」

「僕が気にするんですよ! はあ、約束なんて普通にほっぽり出したのに……!」

「相変わらず難儀なやっちゃなお前は……」

「先輩と会える機会少ないですし、雪矢の気持ちも分からんでもないですが」

「お前が言うな!」


諸悪の根源め、自分だけ先輩と楽しくお話しやがって。こんなことなら雨竜が1ヶ月振りって言ったことに気付かなければ良かったのに。おかげでもやもやが収まらない。




「ひどいな雪矢君、約束ほっぽり出すって簡単に言うなんて」

「そうだぞユッキー、ミハちゃんを困らせるな!」




ただでさえ先輩との会話を雨竜に邪魔されてイラッとしていたのに、追加のお客様に辟易してしまう僕。



僕らのやり取りに入ってきたのは、2学年の代表的美少女である神代晴華と月影美晴だった。

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