第27話 乙女たちの語らい10
「はあ、疲れたぁ……!」
勉強合宿1日目の夜。もう日付が変わってしまいそうな時間帯。
神代晴華は、突如始まった勉強タイムに翻弄され、客間に入った瞬間積んである布団の山にダイブしてしまった。
「ああ、気持ちいぃ……」
「ちょっと神代、せめて布団敷いてからぶっ倒れなさいよ」
同室の名取真宵が、かなり面倒臭そうに布団から晴華を引き剥がす。すぐさま寝そべりたい気持ちは分かるが、敷き布団を占拠されてはこちらも寝られない。
「2人ともお疲れ様、お茶淹れたよ」
そしてもう1人の同室者たる月影美晴が、くたくたになっている2人のためにお茶を淹れていた。
その言葉に反応する晴華。布団の上から動こうとしなかったが、ガバッと身体を起こすと美晴の方に歩み寄る。
「さすがミハちゃん! 気が利きますなぁ」
「この時期に温かいお茶で恐縮なんだけど」
「なんのなんの、淹れてくれるだけで嬉しいから!」
そう言って、晴華は両手で湯呑みを持ちながらゆっくりお茶を飲む。湯気が立っていたので少し警戒していたが、飲みやすい温度に調整されていた。
「月影はなんで余裕なのよ、あたしたちとずっと勉強してたじゃない」
お茶を啜りながら、いつもの穏やかな笑みを浮かべる美晴を見て愚痴が出る真宵。自分が疲労困憊なため、未だ余力のありそうな彼女に疑問を感じていた。
「慣れてるからかな、長時間勉強するのに」
「それって関係ある?」
「大有りだよ、運動に置き換えると分かりやすいかな。2人と同じペースで運動してたら私だけあっと言う間に疲れちゃうもの」
「ああ……」
分かりやすい例えに真宵は納得する。確かに運動であれば自分が1番にへたることはないという自負がある。美晴の得意分野で美晴が元気なのは当たり前のことだった。
「あーあ、やりたいこといっぱいあったんだけどな」
お茶を飲み終えると、その間に美晴が敷いてくれた布団に横になる晴華。夜の勉強タイムのせいで計画が総崩れしたことに不満を持っていた。
「まあしょうがないでしょ、一応これ勉強合宿だし」
「そうなんだけどさあ」
「ワード人狼、楽しかったもんね」
「そうなの! ああいうのもうちょっとやりたかったなぁ」
昼間の休憩時間の光景を思い出しながら、晴華はふかふかの枕に顔を埋める。夜という少し開放感に溢れた時間帯で、ワイワイ盛り上がりたいという気持ちが晴華にはあった。
「いやいや、このメンバーでもまだ盛り上がれるでしょ」
「えっ?」
今日はもう眠るだけだと思っていた晴華に心強い御言葉。真宵が腕を組みながら楽しげに言った。
「合宿の夜と言えば恋バナでしょ」
「ええ……」
真宵の提案に、晴華は思いきり顔をしかめてしまう。頭の側頭部にまとめている髪がちょこんと揺れた。
「てかあんた、いつまで髪縛ってるの?」
「えっ、今日はこのまま寝るよ? みんなの前で解くの恥ずかしいし」
「でも寝にくいでしょ?」
「もう慣れちゃいました!」
「あっそ」
さして興味はなかったので、話を戻す真宵。
「というわけで恋バナするわよ」
「ええ、ホントにするの?」
「何よノリ悪いわね、彼氏持ちのあんたの話が聞きたいんだけど」
「ほら、そうなると思ったから嫌だったんだよぉ」
弱々しい言葉を吐くが相手は美晴ではなく真宵。そう易々と逃がしてはくれない。
「で、どうなのよ?」
「どうって、普通だよ普通」
「普通って何よ」
「広く通用するって意味だよ」
「月影、あんたは黙ってなさい」
「恋バナなのに……」
晴華に助け船を出したかった美晴だが、真宵に一蹴されてしまった。黙れと言われたのでしばらく喋らないことにする。
「分かった質問変える。どこまでいったわけ?」
「どこまで?」
「恋のABCってやつよ」
「恋のABC?」
「あんたどんだけ無知なのよ、月影は分かるでしょ?」
「…………」
「ちょっと、黙ってたら恋バナにならないでしょうが」
「ええ……」
珍しく困惑したような声を上げるが、そもそも相手が真宵であることを思い出す。彼女はある意味、晴華より我が道を突き進むのだ。
「もうまどろっこしいからストレートに訊くわ」
「ストレートに?」
「あんた、彼氏とセックスしたの?」
「せ、せせ!?」
先程までぼんやりとやり取りしていた晴華の顔が一瞬で茹で上がる。
「何その反応? したってこと?」
「してないよ!! するわけないよ!」
「するわけないって、付き合って半年くらいじゃなかったっけ?」
「そ、そうだけど、そういう話になったことないし……」
「ホント? あんた相手にそれって彼氏枯れてんじゃないの?」
「~~!! もうおしまい! あたしの話終了!」
羞恥に堪えられなくなったのか、晴華は自分の話を強制終了した。
「マヨねえが始めたんだからマヨねえが話してよ!」
「えー、もうちょっとあんたの話聞きたいんだけど」
「マヨねえが先!!」
「はいはい」
これ以上言っても譲らないような気がしたので、真宵は諦めて自分の話をする。
「って言っても、あたしが誰を好きかって知ってるわよね?」
「ウルルンでしょ? そういえば今日もいっぱい質問してたよね、やる~」
「……」
攻守が変わった瞬間、晴華のテンションが急変する。恋バナ自体はそこまで嫌いではないのであろう、自分が標的にされなければ。
「晴華ちゃん、知ってたんだ」
「1年の時もそういう噂あったし。最近の様子見てたらあたしだって分かるよ」
「雨竜君、格好良いもんね」
「格好良いけど可愛いところもあるんだよ。あたしがウルルンって呼ぶと絶対『ウルルンじゃない』って言うところとか!」
「そこ……?」
自分のターンのはずなのに、会話に入りきれない真宵。話し始めはそれなりにドキドキしていたのに、今ではすっかり心が静まり返っていた。もはや第三者の視点である。
「ほらマヨねえ、話して話して!」
晴華に急かされ、真宵は何とも言えない気持ちになった。自分の話をしつつも、自分と同じ気持ちを抱えている美晴の様子を探りたかったが、そんな気分でもなくなってしまった。
「神代、月影」
「「はい?」」
「恋バナは、終了です!」
「ええ!?」
自分から始めたにも関わらず、突如終了宣言をして真宵は布団に入る。強いて理由を挙げるなら、思っていたのと何か違った。
「ズルいよマヨねえ! あたしにはいっぱい喋らせといて!」
「よし、そのまま好きなだけ喋ってていいわよ」
「よくないよ!」
寝る体勢に入った真宵を全力で揺する晴華だが、もはや彼女は動こうとしなかった。羽化する前のサナギである。
「ミハちゃーん、マヨねえズルいよ……」
負けを悟った晴華が泣きついた先は、いつも通り美晴だった。
「よしよし、次は真宵ちゃんから話させるようにしないとね」
「うん……」
美晴に頭を撫でられ、晴華はようやく大人しくなる。直接その光景を見ているわけではないが、完全に会話が親子のそれだった。
「どうしよっか、もうおやすみする?」
「もうちょっとお話ししたい……」
「じゃあ最近晴華ちゃんがハマったボードゲームの話が聞きたいな」
「ホント!? 3つくらいあるんだけどいい!?」
「うん」
そこからは楽しそうに会話をする晴華と美晴。美晴は聞き役に徹しているが、晴華が話しやすいように都度話を振っているのが分かる。
(すごい居づらいわねこの場所……)
何だか恋バナを直接聞かされているような感覚で、真宵は眠りにつくまでずっと胸焼けさせられるのであった。
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