第25話 悪友

翌日、期末試験初日。御園家のマダムに打ちのめされた僕は、若干引きずりながらも学校に登校した。どうやら御園出雲の風邪は僕に移らなかったらしく、体調には問題はない。


そうとなれば彼女が無事登校してくるか不安になったが、僕が教室に来たときには御園出雲は既に学校に着いており、クラスメートたちと談笑していた。


自分の席に座り、僕は一息つく。とりあえず、御園出雲の不戦敗という結果には終わらないようだ。


「あっ、ちゃんと私たちのメッセージ聞いてくれた?」

「聞いた聞いた。ホントにありがとね、すごく元気出た」

「それならよかったぁ、こっちも照れ臭い中やった甲斐あったね」

「ねー!」


僕が昨日手渡したボイスレコーダーの話をしているようだった。


そういえばあのボイスレコーダー、どうしよう。勢いで2つ渡しちゃったけど、御園出雲にずっと保管されてしまうのだろうか。音声を残しておきたいって言うなら総額1万円弱を負担していただきたいのだが、さすがに高校生には大金だ。とはいえ名取真宵からお金を回収しておいて御園出雲から何ももらわないというのはいかがなものか。


……まあいいや、追々考えよう。――どうせもう、積極的に使うことはないのだから。


そんなことを考えながら女子たちの会話を見守っていると、不意に御園出雲と目が合った。


ギロリと鋭い視線が送られたかと思うと、思い切り顔を逸らされた。表情からもお怒りなのが容易に見て取れる。昨日の汗の匂いの件、まだ尾が引いてるのか。1日眠って忘れられる内容ではなかったらしい、今後の教訓にしなければ。


しかしながら、僕とて引けない用件がある。御園出雲が僕を小学5年生同等に扱っているかもしれないということだ。こんな立派な高校2年生を捕まえて小5扱いだなんて、それが事実なら法廷で戦うのもやぶさかではない。まあこの話自体は期末試験が終わってからでもいいのだが。


「おはようさん」


しばらくすると、昨日のMVPに輝いた顔が効きすぎる男、青八木雨竜が登校してきた。


後で分かったことだがこの男、有能なことに僕の家族に心配掛けないよう父さんに一報入れておいてくれたのだ。


そのことを父さんはすごく評価していた、お礼を言っておいて欲しいと言われているが僕は言わない。お礼云々の話で言い合いになるのは昨日で懲りたからな。ごめんなさい父さん、僕はあなたの言葉に逆らいます。親不孝の息子をどうかお許しください。


「昨日はうまくいったのか?」


席に着くと、早速尋ねてくる雨竜。いろいろ手伝ってくれたのだ、気になっていても仕方ない。


「まあそうだな、うまくいったと思う」


別れ際のやり取りは考慮に入れない。あれは日常に戻るための必要なコミュニケーションの1つなので。


「そりゃ良かったな」

「まあ僕だけの力じゃ無理だったが」


礼は言わないが自分1人では成り立たなかったことは主張する。実際問題その通りだったし。


「それはいいだろ、何でもかんでも1人で解決できるなんて傲慢甚だしいしな」


僕の返答がお気に召さなかったのか、雨竜はどこか素っ気なく言い放つ。珍しいな、雨竜のこういうムスッとした表情は。


「……どうしたんだ急に?」

「別に、人を頼って成功したってお前の功績でいいと思っただけだ」

「それはおかしいだろ、助けてくれた人間がいなきゃ成功してないんだし」

「人を頼ったこと自体が成功なんだよ、1人でやって失敗するのに比べたらな」

「……結局何言いたいのお前?」


雨竜の成功に関する持論に関しては理解したが、なんでそんなことを言い出したのか分からなかった。試験前で神経質になっているのかと思ったが、そんな姿を今まで見たことないしな。


よく分からないためそのまま疑問をぶつけると、雨竜は大きく息をついてから机に肩肘をついた。



「……あれだ。もっと人を頼れって言いたいだけだ、1人で悩むくらいならな」

「……」



僕と目を合わさず言い放った雨竜は、意外にも余裕がなさそうに見えて、ちょっと面白かった。


あれだけよく分からない言い回しをしておいて、言いたかったことがこれって。思ったより不器用なんだな雨竜って。功績云々の件、今の話に関係なかったし。


まあ、それは一旦置いとくとして。


「僕、結構お前を頼ってると思うんだが」


あたかも僕が1人相撲で失敗ばかりしてるみたいな言い方をするが、要所要所雨竜の助けを借りて無事成功を修めている。御園出雲の件もそうだし、蘭童殿件でも手伝ってもらった。こんなこと、改めて言われるまでもないと思うんだが。


「……ホントか?」

「なんで嘘つくんだよ」

「だってお前、重そうなことだと抱えるじゃん。一昨日の帰りもそうだったけど」

「ああ……」


なんでこんなことを言い出したかと思ったら、勉強合宿の帰り道で心配掛けたからか。確かにあの件は誰にも言えなかった、言ったとしても誰かが解決できたと思えない。父さんだからこそ道を開くことができたと言っても過言ではない。


ということはコイツ、一昨日の件まだ気にしてたわけ? 昨日でそれなりにスッキリできた旨は伝えていたつもりだったけど、どれだけ心配性なの? ウチの母さんより僕に気を遣ってるんだが。


「雨竜」

「なんだよ」

「お前、良い奴だな」

「はっ? 普通だろこれくらい」


褒めたつもりなのに、なんか逆ギレ気味に怒られた。そういえば、昨日は僕が良い奴だって雨竜に言われたような気がするな。その時は『何言ってんだコイツ』みたいに思ったけど、雨竜も似たようなことを思ったのかもしれない。


しかしな、『普通』か。


普通って何だろ、何を基準に雨竜は普通だと言ったんだろう。


顔見知りだから普通? いやいや、たかが同じ学校で顔知ってるってだけでここまで心配はしないだろう。


クラスメートだから普通? それもないな。顔見知りよりは近しい気もするが、さすがの雨竜も40人相手に気を配る余裕はないだろう。そもそもそこまでするような奴ではない気がする。


……ということは、雨竜の言う『普通』はもっと上級職でないと不自然なわけで。


御園出雲の時と同様、僕はその関係性が気になっているわけで。


「なあ雨竜」

「今度は何だ?」

「お前って、僕のことどう思ってる?」


期末試験が終わったら聞こうと思っていたことを、流れに任せて聞いてみることにした。


だってすごく気になるし、これだけ心配しておいてただのクラスメートだと思ってるなんてことはないはず。


つまりこの男、僕に友情的な何かを感じてくれているのではなかろうか。



「……何? 心理テストか何か?」



ハウエバー、僕の質問の意図がまったく理解できていない学年1優秀なはずの男は、怪訝そうな顔付きで僕を見ていた。


「それとも昨日のテレビで何かやってたのか、お前ってすぐ影響されるよな」

「違うわ!」


明後日の方向に歩み始めようとする雨竜にツッコミを入れる僕。この野郎、僕のこと見聞きしたことをすぐやりたがるお子ちゃまだと思ってやがる。


「言葉通りの意味だ。その、何だ、お前が僕に、その、クラスメート以上の何かを感じてるのかどうかっていう……」


雨竜の頭をリセットさせるために僕は改めて説明する。


とはいうものの、『友』というフレーズを使わなかったせいで随分しどろもどろな言い回しになってしまった。まずいな、スカポンタンの雨竜にはこれじゃ伝わらないか?


「ああそういう。そりゃ感じてるだろ」

「お、おお……!」


だがしかし、雨竜は即答した。クラスメート以上の何かを感じてるか聞いて、イエスと答えた。


おいおい、もしかして僕と雨竜、友達なんじゃないのか。


「おお、じゃねえよ。何が聞きたいんだお前?」

「では第二問」

「聞けよ」


油断するな、この男はしょっちゅう上げては落としてくる。正確な返答をもらえるまでは神経を張り詰めるんだ。


「先ほどイエスと答えたお前に質問です」

「やっぱ心理テストじゃねえか」

「僕とお前の関係を漢字2文字で表すとどうなりますか?」

「…………はい?」

「ひらがな4文字でも構いません、さあどうぞ!」


僕の完璧なる誘導尋問にハマってしまう雨竜。答えを促し、考える余裕もなくした。こういう時にこそ人間の本心というのは出てくるもの。


さあ吐け、吐くんだ雨竜。さっさと『友達』と言ってしまうんだ。



「……もしかしてお前、俺に『友達』とか『親友』とか言わせたいのか?」

「何……?」



半ば勝利を確信していたところで、雨竜が口元に手を当てながらそう言った。嘘だろ、友達どころか親友まで飛び級してしまうだと。……じゃない、どうして僕の作戦がバレたんだ。


「成る程、俺が友達って答えたら恥を搔く結果が出るってことだな」

「け、結果?」

「さしずめ試験前の俺に精神攻撃をしたいといったところか、随分御園さんに肩入れするな雪矢」

「……?」


おかしい。僕の質問の意図を理解して話が進んでいたはずなのに、急に噛み合わなくなった。なんで御園出雲の名前が出てきたんだ、だいたい精神攻撃って何?


結局僕の作戦がバレたのかよく分からないでいると、雨竜はどこか満足げな表情を浮かべて語り始める。


「そもそもの話、普通に質問されてたとしてもそうは答えてないぞ。前から言ってるが、俺とお前はそんなんじゃないしな」

「分からん。そうとかそんなんとか指示語が多い」

「単語で表す関係じゃないって言ってんだよ」


そんな馬鹿な。単語で表さずしてどうやって関係を示すというのだ。このままだとクラスメートという事実のみの関係ということになってしまうのだが。


「まっ、強いて挙げるとするなら」


不満そうな僕の気持ちが伝わったのか、言語化しようとしなかった雨竜がそう前置きをし――――



「俺とお前は、悪友って感じだな」



一人納得したように頷いた。


「で、どんな診断結果だ?」

「待て待て! ちょっと待って!」


唐突に僕との関係に答えを出され狼狽える僕。


「あくゆうって何だ、どんな漢字書くんだ!?」

「悪いに友達の友だ」

「悪い友達!? 僕とお前は悪い友達なのか!?」

「辞書に聞いてみろよ」

「持ってねえよ!」

「スマホだとすぐ調べられるぞ?」

「持ってねえよ!!」

「そうか、詰んだな」

「お前が教えろよ!!」

「勿論嫌だ」

「あんだけ頼れって言ってたのに!?」

「馬鹿だな雪矢、ここは教えないのが悪友なんだよ」

「だから悪友の意味知らねえんだよ!!」


結局何も教えてもらえないまま、1日目の試験に入ってしまった。辞書を探しに図書室へ向かうことも考えたが、普段の授業と違って遅れるわけにはいかないので自粛する。


とりあえず、友達をおみくじの吉として、悪友は末吉的な立ち位置だと解釈して気持ちを落ち着かせることにした。起死回生の応急処置である。



畜生、雨竜の奴め、悪友っていったい何なんだよ……

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