第24話 母と娘の会話

雪矢が出雲の部屋を飛び出してからおよそ1時間後、出雲は雪矢が持ってきたノートを使って試験範囲の勉強を終わらせ、リビングに顔を出していた。


「あら、少しは寝たの?」


そこには騒がしい弟たちはおらず、夕食の準備をしている母の姿があった。


「ううん、ずっと勉強してた」

「ちょっと、試験が大事なのも分かるけどしっかり休んでよね」

「午前中ずっと寝てたし眠くないもん、それに熱も下がったし大丈夫だってば」

「ホントに〜? 出雲はすぐ我慢するから信用ならないのよね〜」

「今回は大丈夫だから、元々睡眠不足が原因みたいなところあったし」

「まったく、勉強合宿ってだけでも驚いたのにあんまりお母さん仰天させないでよね」

「だからゴメンってば」


母との会話。学校では委員長として、家では姉として動くことの多い出雲にとって、母親とのコミュニケーションはリラックスできる1つの要素だった。


「どうする、晩ご飯まだだけど、お風呂でも入る? けっこう汗搔いたでしょ?」

「うーん、お風呂は明日の朝にする。熱ぶり返したくないし」

「それもそうね」


母と会話を続けながら、冷蔵庫にあるミネラルウォーターを確保する出雲。食器棚にあるコップに移して喉を潤してから、出雲は母の背中に向けて質問した。


「お母さん、廣瀬雪矢と会ったの?」


出雲は、先ほど自分の部屋を逃げるように出ていったクラスメートの名前を出す。玄関で出迎えている以上聞くまでもなく会っているのは間違いないが、話を切り出すためにそう聞いた。


「会った会った。あなたが言うほど悪そうには見えなかったけどね、すごいウブだし」

「ウブ……?」


母親の言葉に首を傾げてしまう出雲。ウブというより純粋すぎる一面は確かにあるが、それ以外の要素が際立っているためしっくり来なかった。


「まあそう言ったらすごい落ち込んでたけど」

「……まったく想像できない」


出雲にとって雪矢はゴーイングマイウェイの象徴であり、人の言葉など気にする印象などまるでない。意外と繊細なのだろうかと物思いに耽る雪矢を想像して吹き出しそうになった。間違いなくそんなタイプではない。


「何はともあれ面白い子だったわ、何だかつかみ所もなくて」

「それ、ちゃんと褒めてる?」

「褒めてる褒めてる。もうちょっと叩けばいろんな引き出しが出てきそうな雰囲気があってね」


最終的に好印象の評価を下す母。それを見て「ホントに褒めてるのか」と内心疑う娘。


少しフランクな性格の母ならクラスメートである雪矢に絡んでてもおかしくはないが、母の発言を聞く度に、どんな風にやり取りをしていたのか気になってしまう。雪矢を面白い子と表現するなら尚更だ。


ただ、それを聞くとからかわれるような予感がしたので母へは尋ねなかった。泣かずば雉も撃たれまい、出雲は余計なことを言わないことにした。


「また連れてきなさいよ、お母さんも交流図りたいから」


無邪気なことを言い出す母に呆れてものが言えない出雲。なんて返そうかと考えてから、結局素直にぶちまけることにした。


「うーん、それは無理かな」


そもそも今回だって自分が連れてきたわけではないし、あの男の手綱を握れるとは到底思わなかった。今日の件に関しても、一体誰が自分の元へ見舞いに来ると想像しただろうか。


「えっ、何でよ?」


そんな事情を知らない母が、当然のように疑問を投げる。


「お見舞いに来るような仲なんでしょ?」

「うーん、彼は義理堅い部分があるから。好き嫌い関係なく、やると決めたらやるタイプなんだよね」

「どゆこと?」

「用があったから来ただけで、用がなければ来ないってこと」

「そりゃ用がなかったら来ないでしょ」

「うん、だからもう来ないと思う」

「……どゆこと?」


母は混乱しているようだったが、実際これ以上言いようがないのでフォローすることができない。


雪矢は今回、出雲が体調を崩した原因が自分にあると謝罪しに来た。そして、期末試験で雨竜に勝ちたいという思いを持つ出雲のために、試験範囲を教えに来てくれた。


でもこれは、雪矢が出雲へ好かれたいからと行っているものではない。雨竜に彼女を作らせたい雪矢の行動に過ぎない。だから、自分の家で雪矢にとってプラスになるイベントが発生しない限り彼がここに来ることはない、それが出雲の思っていたことだった。


「そもそも私たち、そこまで仲良くないし」


少し前までは顔を合わせれば口喧嘩に発展していた2人。周りに巻き込まれて、もしくは自分から巻き込んで一緒に過ごすことは多かったが、仲が良いとは口が裂けても言えなかった。


そんなことを豪語して雪矢に否定されれば傷つく、それこそ合宿で雪矢に暴言を吐かれた時以上に傷つくのは目に見えていた。


だからこそ自分を守るように仲が良くないと口にした出雲だったが、母はキョトンとした様子で出雲を見ていた。


「仲が良くないってことないんじゃない?」

「えっ?」


不意に飛び出た母の言葉に驚く出雲。そんな出雲の心の内など露知らず、話を続けていく。


「それって出雲がそう思ってるってこと?」

「いやそれは、私というよりは向こうがかな」

「なんだ、じゃあやっぱり仲良くないってことはないわね」


どうしてこの話に食いついてきたのだろうかと疑問を浮かべていると、母はようやくその理由を出雲に伝えた。



「だって廣瀬君、あなたのこと友達だって言ってたもの」



出雲の中の時間が止まる。衝撃的な母の言葉に、出雲は分かりやすく膠着してしまった。



廣瀬雪矢が、自分を友達と言った……?



「それってアレじゃないの、お母さんがどういう関係かって聞いたからとりあえず言ったみたいな」



内容が信じられなかった出雲は、真っ先に思い付いたことを母に話す。お見舞いに来た相手のことを仲が悪いとさすがに言えない雪矢が、友達と名乗ったものだと出雲は推察したが、


「ないない。だって彼、最初会ったときあなたのことクラスメートって言ってたもの」

「えっ……」

「それをわざわざ言い直したんだから少なくとも彼は友達だって思ってるんじゃないの?」

「…………」

「そうそう、その時の廣瀬君の顔、すっごく可愛かったんだから。なんかもう照れ臭さ全開って感じで、アレ見ちゃったら彼のことウブとしか思えないわねー」

「…………」


母の怒濤の暴露により、感情が昂ぶる出雲。


割り切っていた。雪矢が部屋を出て行った後も、彼は義理を果たしただけでそれ以外の感情があったわけではないと。だから最後には雪矢がいつものようにふざけ、自分が怒鳴る構図で終わっていた。そんな当たり前で終わってしまったことに少しの不満を抱きながらも、仕方ないと思っていた。


だが違った。少なくとも雪矢は、自分に友情を感じてくれている。そんな素振りなど今まで見せなかったくせに、自分以外の人にはその旨を伝えている。


なんだかむず痒くなってきた出雲は、その場でじっとしていられなくなった。ミネラルウォーターを冷蔵庫に戻し、廊下の方に向かう。


「ちょっと、話の途中にどこ行くの?」

「勉強してくる」

「はい!? あなた、少しは休みなさいって言ったよね?」

「やだ、勉強する」

「ええ……」


頑なに言葉を曲げずリビングを出て行く娘に呆れ返る母。勉強して水を飲んでまた勉強、試験期間中とはいえ、もっと青春っぽい生活に勤しんでほしいものだと思った。


そして何より。



「あんなニヤニヤしながら勉強するって何……?」



娘の精神状態に異常はないのか、そんなことを気にしてしまうのであった。

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