第23話 友だちのようなもの
「お、落ち着きなすってくだせえマダム。あっしは何も後ろ暗いことはしてねえですたい」
「うん。まずはあなたが落ち着こうか」
静かなる威圧感を放つマダムに対話を試みようと挑戦してみたが、軽く受け流されてしまった。どうやら今の僕、冷静ではないらしい。
しかしながら、それは仕方ないのではなかろうか。同級生の母親にド変態認定されながら詰め寄られる状況下で、冷静に対応できるやつがどれだけいようか。身近にそんな人間がいるならば僕は評価する、強メンタルとあだ名をつけて僕の代わりに遅刻の弁明とかを依頼しよう。
「あっごめん、もしかして怒ってるように見えた?」
「えっ、まあ」
「それがいけなかったのか、反省反省。さっきの質問はただの興味本位だから」
「興味本位?」
聞き返すと、マダムはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「そうそう。ちなみになんだけどウチの子、綺麗だと思う?」
「はい」
「即答! しかもそういうこと真顔で言う?」
「まあ、事実ですし」
「……あなた、可愛い顔して女の子手籠めにしまくってるでしょ?」
「いえ、可愛い顔じゃないです」
「いや、そっちに食いついて欲しかったんじゃないんだけど……」
そっちがどっちか知らないが、僕は可愛くない。ついでに女子を手籠めにしてない。唐突に何を言い出すんだこの人は。
酷い言われようにプンスカしていると、マダムは腕を組みながらうんうん頷いていた。
「しかし即答か。やっぱり素材はいいのよね、ガミガミ小姑みたいなところがなければ」
「小姑って……」
「だって口うるさいんだもの、家のこともほとんど仕切ってて母親形無しなわけ。面倒見がいいってのも考え物よね、弟たちの世話もしてくれるから助かってるけど」
「はあ……」
「あっごめん、横道逸れちゃった」
要領の得ない会話に戸惑っていると、反省したように頭を搔くマダム。話を聞く限り、御園出雲の学校と家のイメージは変わらないようだ。それなら全然委員長に向いてるじゃないか、端から心配する必要なんてなかったのかもな。
「で、話戻すけど、見た目はそれなりに良いのに男の影がなかったものだから母として心配してたのよ。そんな時に男の子が娘の見舞いに来たものだから、お母さんちょっとテンション上がってます!」
「ああ」
やけに鼻息荒いと思っていたけど、そういう理由だったのか。
だが、学校生活を共にしている僕とは認識が違う。
神代晴華や月影美晴に隠れてはいたが、御園出雲もそれなり人気はあったように思う。恋愛関係に発展していないのは雨竜への恋心があるからで、男の影がなかったわけではないはず。まあそれを言ってやるつもりはないが、余計なことを言って御園出雲に怒鳴られたくないからな。
しかし、訂正するところは訂正しなくては。
「それでそれで? 出雲とはどんな関係なの?」
興奮しているマダムには悪いが、偽りなき事実を伝えねばならないだろう。
「さっきも言いましたが、僕と出雲さんはただのクラ――――」
クラスメートと言い掛けて、僕の口は止まった。
ここへ来たとき、僕は今と同様に御園出雲のクラスメートであると主張した。それは、御園出雲に謝罪ができていないこともあり、それ以上のことを言えないと思ったからだ。
でも今はどうだろう、僕はクラスメート以上になれたのだろうか。
御園出雲は怒っていないと言った。感謝の気持ちを伝えてくれた。勉強を教えて欲しいと言われた。
もしかしてこれ、友達というやつなのではなかろうか。
「えっ、どしたのどしたの!? やっぱただならぬ関係なわけ!?」
僕が途中で言葉を切ったせいで、何か勘違いしたのかマダムは早口でまくし立ててくる。
「えっと、その」
言うか。言うのか僕? 僕の思い込みだったらどうしよう、それだとめっちゃ恥ずかしいやつだぞ。ここは再度クラスメートで通した方が無難じゃないか。
『というか謝れると調子狂うから。やめてちょうだい』
弱気な思考に汚染されそうになっていると、さっき御園出雲に言われたことを思い出す。
ああもう、馬鹿馬鹿しい。こんなにうだうだ悩むのが僕であるはずがない。
言ってやれば良いだろ、何も臆することなんてない。
「僕と出雲さんは、その、友達……のようなものです」
若干言葉に保険が掛かった感は否めないが、今度こそ僕は言った。
いいんだよ言って、そう思われてなかったらそう思われるようにすればいい、簡単なことだった。
しかしアレだな、言ってみると意外となんてことないな。最初は顔が熱かったけど、もう何ともないし。
「はい?」
僕としては満足のいく返答だったのに、マダムは明らかに表情をしかめていた。
「えっ、うそ、今の言うだけでそんな恥ずかしそうにしてたの?」
「……」
からかっていると言うよりは、本気の本気で疑問を浮かべているようだった。
いや、その、確かに発言するまで時間掛かりましたけど、そこまで言われます?
「……成る程、相分かった」
「……何がですか?」
「あなたに向けたド変態という言葉、撤回しましょう」
「えっ!?」
何故か知らないが、僕の評価は覆ったようだ。これから詰められると思っていただけに予想外の展開である。
そりゃ撤回してもらえるならそれがいいけど、理由が分からん。ここはマダムに汗の話をしなくてよくなったことを素直に喜んでおけばいいのだろうか。
「出雲も何か勘違いしてたのね、風邪気味だししょうがないけど」
「あの、なんで撤回されたんですか?」
掘り起こすべきではないと思いつつも、気になったので真っ向からマダムに聞く僕。
するとマダムは、「ああそれ?」と一声挟んでから、屈託のない笑みを僕に向けた。
「あなたみたいなウブウブ少年にド変態なことをできる甲斐性はないでしょ?」
「ウブ、ウブ、少年……?」
マダムは容赦なく、言葉の刃を僕に突き刺した。
「どうせパンチラとかで顔真っ赤にしちゃうんでしょ?」
「い、いやいや! そんなわけないでしょ!?」
「ああ、ようやく分かった。あなた、りっくんやかいくんに似てるのよ。だから出雲も構いたくなるのね、納得納得」
「小5の弟たちに……似てる……?」
「あの子たちもお姉ちゃんの着替え中に部屋入っちゃうと顔真っ赤にしちゃうからね、普段は無遠慮に部屋入るくせして」
「僕は……小5……?」
第二の剣、第三の剣が僕の身体に突き刺さり、僕は完全に身動きが取れなくなる。
ド変態という汚名を返上できたにも関わらず、僕は男としての尊厳を奪われたようでショックだった。
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