第0話 御園出雲の回想(上)

御園出雲は、陽嶺高校に入学して早々、自己紹介を始める前からクラスメートたちの存在感に圧倒されていた。


中学時代にクラス委員長を務めていたこともあり、高校に入ってからもその責務を果たしたいと思っていたが、一癖も二癖もありそうな面々に若干たじろいでいる。


真っ先に目に入ったのは、金色の髪を腰の高さまで伸ばしたスタイルの良い女の子。明らかに校則違反であり、入学式から肝が座っている相手だと出雲は思った。目元は鋭く、髪を指摘しようものなら受けて立つと言わんばかりの表情だ。


そして金髪の彼女もそうだが、容姿に優れた人間が何名もいたことに驚きを隠せない。


クラスの女生徒の視線を釘付けにするのは、先程の入学式で新入生代表の言葉を述べた青八木雨竜。


その容姿は言うまでもなく、身長も高くモデルのような体型をしており、どこかのファッション雑誌の表紙を飾っていてもおかしくないような男子だった。冗談抜きで、芸能人が学校に迷い込んだのかと思った程である。


この男子の恐ろしいのはこれだけでなく、新入生代表のスピーチを述べているということである。スピーチを述べられるのは入学試験においてトップの成績を収めた者、つまり彼こそが学年で最も優秀な生徒ということになる。


この容姿で勉強までできるとなれば女子でなくとも周りが放ってはおかないだろう。これで運動までできてしまったら、学年のスターになること請け合いだ。


彼にその気がなかったとしても風紀が乱れる可能性は十分にある、そういう意味では青八木雨竜は要注意人物だった。


だが、容姿という面では、女子側でも無視できない人間がこのクラスにはいる。それも2人いるのだから、出雲はますます気を抜けなくなった。他のクラスにここまで異彩を放つ生徒がいたか、出雲は変なところを気にしてしまう。


クラスメートと楽しげに談笑しているのが、綺麗なポニーテールを携えた無邪気な笑顔が印象的な女の子。そこにいるだけで周りを明るく照らす姿は太陽のようで、容姿も相まって男子の心を容易に掴んでしまうことだろう。


それと対照的に、自分の席で柔らかい表情を浮かべて読書する女の子。とても長く綺麗な黒髪と白い肌が特徴的な彼女は、どこか儚げで、今にも消えてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。守ってあげたくなる女の子、それが彼女の第一印象だ。


タイプの違う規格外の美少女が2人、彼女らを巡って男子たちが騒ぎ出すと思うと、今から辟易せざるを得ない出雲。


彼ら4人のせいで印象は薄れているが、気になるクラスメートは何人かいる。出雲は、本当にこのクラスをまとめ切れるか不安だった。


「廣瀬雪矢、以上だ」


そういった不安に陥っていたこともあり、出雲はやけに淡白で短い自己紹介したクラスメートを注視していなかった。


それほどまでに、その時の彼は空気のように印象が薄かった。



―*―



陽嶺高校に入学しておよそ3ヶ月、出雲が心配するような事件が起こることはなかった。


青八木雨竜の女子人気、神代晴華と月影美晴の男子人気は想像以上に凄まじく、他クラスどころか他学年へも波及していたが、全員特定の相手を作っているわけではないためか、荒れるような状況には陥っていなかった。出雲の目に見えてないだけで、どこかで彼らを巡る争いをしているかもしれないが。


それより、恋愛事情よりも素行面に気になることが多い。


名取真宵の髪の色は、未だ変化する見込みがない。担任の長谷川先生が強く言わないこともあり、彼女自身が強気でいるのが問題の1つである。


彼女の他クラスの友人も制服を着崩したり派手な化粧をしていたり、正直良い印象がないため、今後も注意していかなければいけない。まあ、彼女は誰かの影響で自分を曲げるようなタイプではないと思っているが。


名取真宵の件は長期的になることも頭に入れるとして、出雲は現状何よりも心配していることがあった。


このクラスで、イジメが行われているのではないかということである。


イジメはさすがに表現を誇張しているかもしれない、でもそれに近い行為がクラス内で目撃されている。


秋本と三好というクラスメートが、堀本翔輝という男子に仲が良いとはいい難い絡み方をしているのだ。


3人は入学当初から一緒にいることが多かったが、出雲には友人同士の関係には見えなかった。


実際、教室内でも見過ごせないからかいを見せることがあった。


出雲はそれを指摘することがあったが、2人は『じゃれ合い』といって認めようとしない。問題なのは、堀本翔輝自身が肯定しようとしないことだ。彼は内気で自己主張をしないタイプのため、本音なのかどうか計り知れない。


本人が助けを求めない時点で、出雲にできることはない。堀本翔輝は確実に嫌がっているはずなのに、うまく対処することができない。


それが出雲も何より悔しくて、もどかしかった。



―*―



「ズーちん、機嫌悪そうだね」


授業と授業の合間の休憩時間、次の授業の準備をしていた出雲は、神代晴華に声を掛けられた。椅子に座る出雲に視線を合わせるように、晴華は腰を下ろす。


「……どうにかならないものかなと思って」

「……堀本君のこと?」

「うん……」


2人の視線が、堀本翔輝の席に集まる3人へ移る。


授業の合間は、こうやって集まっている3人。秋本と三好の背中で隠れているが、こういう時に彼らは何かをやっている。


出雲は舌打ちしてしまいそうになる。そんな低俗なことの何が楽しいのか、本気で意味が分からない。


夏休みに突入する前に何か解決してやりたい、そんな思いを募らせている時だった。



「――――いい加減にしろ」



決して大きくない声量なのに、出雲の耳は確かに届いた。


堀本翔輝の隣の席からその声が。

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