第43話 分からない痛み
「なんで、なんでもっと早く言わなかった!?」
僕の怒号を聞いて、桐田朱里は身を硬くする。それほどまでに、僕の声には優しさが欠けていた。
「僕はずっと、お前が雨竜を好いてると思って行動してきたんだぞ!? そう思って手助けしてきたし、今回の合宿だって声を掛けた! お前が最初に、雨竜のことが好きだって言ってたから……!」
声を上げながら、つい先ほど雨竜に言われたことを思い出す。
『――――まるで、お前だけが迷惑を被ってるような言い方だな』
あの時は何が何だかよく分からなかったが、今ならすんなり理解できる。
『お前は、全ての女子が俺を好きになると思ってるのか?』
もし仮に、僕が協力している女子が雨竜に好意を持っていなかったら、1番被害を受けるのは雨竜である。話の流れで雨竜がその女子に好意を持っても、相手から良い返答をもらうことができない。そんな相手を雨竜にあてがおうとしている僕は、最低そのものだ。
「お前がはっきり雨竜への好意はないって言ってくれれば、僕はこれ以上お前にけしかける真似はしなかった! お前がなあなあのまま雨竜と交流して、もし雨竜がお前に惚れたらどうするつもりだったんだ!? アプローチしておきながら、『他に好きな人がいる』って断るつもりだったのか!?」
「そ、それは……!」
「そもそも、僕とのデートが終わった時点で雨竜への好意はなかったんじゃないのか!? なんでまた僕に相談を持ちかけた!? 僕のことが好きなら、僕に相談する必要なんてないだろ!?」
この件だけが、どうしても理解できなかった。
僕が好きなら、僕に対してアプローチすれば良い。それなのに桐田朱里は、雨竜のことが好きだというテイで僕に声を掛けてきた。言ってることとやってることが一致しないのだ。
それが分からないから僕は戸惑うし、怒っている。それが分からないから、最低最悪の想像をしてしまっている。
そんなわけはないと思っているのに、あり得るはずがないと思っているのに、僕の口は止まってくれなかった。
「ホントはお前――――付き合えるなら誰でもいいって思ってるんじゃないか?」
「っ!?」
桐田朱里の表情が思い切り強張った。図星を突かれたからか、見当違いの誹謗だからなのか、僕にはまったく分からない。
いずれにせよショックを受けているのは事実なのに、僕は容赦なく追及を続けてしまう。
「競争率の高い雨竜は狙いたいけど、付き合えるかどうかなんて分からない。だから今のうちに、近くにいる僕に粉をかけとこうって算段なわけだ」
「違うよ! 全然違う! なのに、なんでそんな非道いこと……!」
いつの間にか、桐田朱里の瞳から大粒の涙が溢れ出していた。
それはきっと、僕が非道いことを言ったから。
でも、だったらそれはおかしい。
だって僕は――――――ずっと非道いことを近付く人間に言い続けてきたのだから。中学1年生のあの日からずっと。
そうすると決めて、何も変わらず僕は実行してきた。陽嶺高校に入ってからもずっと一緒だ。
僕は何も変わっていない。何も変わらず過ごしているのに、どうして咎められなければいけないのだろうか。
非道いことを言われると分かって踏み込んできたのは、
「だったら、なんで僕に改めて相談を持ちかけた。納得のいく理由を聞かせろよ」
「ち、ちが、そもそもそれは……!」
両手でこぼれ落ちる涙を拭いながら、桐田朱里は発言に困ってしまっている。違うと断言しておきながら、あの不可解な行動の理由を教えてくれない。
ふざけてる。こんなこと、僕じゃなくたっておかしいって思うだろ。それを追及する僕がおかしいっていうのか。理由を求める僕がおかしいっていうのか。
「……もういい」
僕は泣きじゃくる桐田朱里にそう言って、踵を返した。これ以上何も出てこないなら、追及する意味はない。
僕は最後、部屋を出る前に彼女に背中を向けながら言った。
「お前なんて弟子失格だ、雨竜と付き合いたきゃ自分で行動しろ。勿論、僕と付き合おうなんて毛ほども考えるな。その意味は言わずもがな、理解できてると思うが」
桐田朱里を置き去りにして、僕は部屋を出る。非常灯のみが照らす薄暗い廊下は、何故か入った時より涼しく感じた。
「だからそうはならないんだって! あなた私の説明聞いてる!?」
「聞いた上で言ってんのよ! もっと馬鹿に優しくしなさいよ!」
「馬鹿に優しくしてたら時間が足りないのよ!」
「あははマヨねえ、酷いこと言われてるー!」
「青八木チェンジ、指導者交換を希望するわ」
「ちょマヨねえ!? ウルルンはあたしが確保してるんだけど!?」
「安心なさい、2人まとめて教えてあげるから」
「「やだああああああ!!」」
「先輩たちうるさいです!」
光が漏れるロビーからは、勉強会とは思えない楽しげな声が聞こえてきた。歩いてすぐの場所なのに、一生辿り着くことができない場所のように思えてくる。僕が辿り着く頃にはきっと、光は跡形もなく消えてしまっているだろう。
『廣瀬君それ、やりすぎだよ……!』
変に気分が荒ぶったせいか、思い出したくない記憶を掘り起こしてしまう。僕は首を左右に振ってからロビーの光に背を向ける。
「あっ」
そのまま自室へ戻ろうとしたところで、ノートパソコンをあの部屋に置きっ放しであることを思い出した。さすがに桐田朱里が今いる状況で、取りに戻ることはできない。
僕はどこか脱力気味に、窓から空に浮かぶ三日月を見上げた。
「……これでいいんだよ」
誰に言って聞かせるわけでもなく、僕は窓に寄りかかりながら呟く。
僕が暴言を吐いて周りが離れて行く、中学から続いたいつも通りの光景。それが久方ぶりに起こるだけで、悩む要素は何もない。
……それなのに、僕の脳裏には笑顔で踊る桐田朱里の姿が浮かんで離れていかなかった。
「『恋するシュリちゃん3次元』、ちゃんと完成させたかったなぁ……」
決して叶わぬ願いと分かっていながらも、僕はそう呟かずにはいられなかった。
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