第44話 募る本音
「……そんなこと、言ってないよ」
雪矢が部屋を去った後、朱里は拳を握りしめながらボソリと呟いた。
『なんでまた僕に相談を持ちかけた!? 僕のことが好きなら、僕に相談する必要なんてないだろ!?』
雪矢はこう言っていたが、それは正確な情報ではない。朱里が雪矢に持ちかけた相談は『恋するシュリちゃん』の踊りの件であり、雨竜に関しては『前の件』というフレーズでしか触れていなかった。
だから本当は、朱里はそもそも雪矢に相談など持ちかけていない。それがあの問いへの答えだったはずだが、朱里は答えられなかった。
何故なら、自分が雨竜のことで相談していると、雪矢が誤解しているのを分かっておきながら朱里はそれを改めなかったからだ。
誤解を誤解のままにしておいて屁理屈のような文句を言うなんて馬鹿げている。実際問題、雪矢が怒る理由は分かりきっていた。
『お前がなあなあのまま雨竜と交流して、もし雨竜がお前に惚れたらどうするつもりだったんだ!?』
雪矢は、朱里が曖昧なまま行動して、雨竜の気持ちを蔑ろにするかもしれないことにひどく憤っていた。何が自分勝手な生き物なのだろう、結局仲の良い友人が傷つく可能性に気付いて怒っていただけ。言葉遣いが悪かろうと、雪矢は自分勝手に怒りをぶつけてなどいなかった。
でも、1つだけ言い訳をしたいと朱里は思っている。
雨竜が自分を好きになる可能性を考慮して雪矢は怒っていたが、その可能性はないと朱里は踏んでいた。
それは自分の自信のなさから出る言葉ではなく、雨竜が朱里の事情を察知していると感じていたからだ。
『勉強合宿の件。雪矢はなんとか連れて来ようと思うんだけど、それなら2人は来るよね?』
突然教室に現れて朱里と美晴にそう言った雨竜は、何もかも見通しているかのように笑みを浮かべていた。きっと彼には自分の気持ちがバレていると、朱里はそう思う他なかった。
そんな雨竜が、わざわざ恋のベクトルをこちらへ向けてくることはない。それも、相手が雪矢だと分かっているなら尚更だろう。
だから、雨竜が自分を好きになるという心配はしてなかった。雪矢に指摘された今でも、問題ないと断言することができる。
……しかし、もう1つの件は違った。
雪矢の勘違いとはいえ、雨竜への相談を曖昧にしたまま今日を迎えたのは明らかに間違いだった。
おかけで雪矢には、『雨竜も雪矢も狙おうとしている二股人間』だと思われてしまった。とても悲しく辛いことだが、あそこで何も反論できなかった以上、そう思われても仕方がない。
「……仕方ないよ、だって……」
ようやく止まりかけた涙が、再び目元に溢れ出す。身体を震わせながら、足元の畳をじっと見つめる。
――――雪矢が自分に興味がないことなど、初めから分かっていた。だから雨竜とのデートを見直したいと言った後、彼から声を掛けられることはなかった。それが何よりの事実、疑いようのない事実だ。
だから朱里は、利用するしかなかった。雪矢に近づける尤もらしい理由を作って、寄り添うしかなかった。
それが例え、雪矢や雨竜を騙すことになっても。
「だって廣瀬君、青八木君に関係なきゃ興味持たないじゃん……!」
ぽたりぽたりと、畳にシミを作っていく。堰き止めたいと思っていても、枯れたはずの涙は留まることを知らない。
「それなのに、どうすればよかったんだよぉ……!」
誰かに聞こえる可能性など考慮に入れないまま、朱里は力の限り声を上げた。膨れ続けるその感情を子どものように爆発させた。
『勿論、僕と付き合おうなんて毛ほども考えるな。その意味は言わずもがな、理解できてると思うが』
桐田朱里。人生初一世一代の告白は、最悪の返答を以て幕を閉じてしまった。
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