第41話 質問の嵐

「何だそれ、答える意味あるのか?」

「うん。ちゃんと答えてくれると嬉しいな」

「嬉しいとかじゃなくて、意味があるのか訊いてるんだが」

「意味は、あるよ。廣瀬君にとっても重要なことだと思う」


真面目な面持ちで言われたので、僕ははぐらかさずに答えることにした。僕が誰を好きかなんて、コイツの恋愛にまったく関係ないと思うが。


「一応聞くが、恋愛的な意味でいいのか?」

「うん、それが知りたい」

「それならいない。これで満足したか?」


簡潔に返答すると、桐田朱里は「そっか……!」と嬉しそうな声を漏らした。何が何だか分からないまま、桐田朱里に視線を向けられる。


「それじゃあ、梅雨ちゃんとは付き合ってないんだね?」

「……はあ」


結局のところ、話題の中心が自分に戻っていて僕は思わず溜息をついてしまう。


梅雨とのことなら、裁判ごっこが終わった後に鬱陶しいほど質問された。1年コンビと言い合いしていた時だけでなく、どうやら入浴中にも口を滑らせたらしい。


せっかく話は収まったというのに、どうして蒸し返されなければならないのだろうか。『恋するシュリちゃん』始動中だというのに、嘆息したくなるというものだ。


「付き合ってない。そもそも返事がいらないって言ったのは梅雨だ」

「返事? 廣瀬君、梅雨ちゃんに告白されてたの?」

「えっ?」


妙な食い違いに思い当たり、僕と桐田朱里はお互いに目を丸くした。


「いや、温泉入ってる時に梅雨から聞いたんじゃないのか?」

「ううん。梅雨ちゃんから2人の馴れ初めや好きになった経緯は聞いたけど、告白のことは何も」

「……」


最悪だ。思い切り墓穴を掘った。裁判ごっこであんなにも堂々と判決に異議申し立てしてたから、周知のことだと勝手に解釈してた。梅雨の奴、バラすのか隠すのかはっきりしろよ……!


「そっかそっか。梅雨ちゃん、告白までしてたんだ」


それが分かれば、恋バナ好きの女子共は確実に食い付いてくる。先ほどは絡んでこなかったが、桐田朱里とて例外ではないだろう。


「……今のは他言無用で頼む。これ以上ややこしい事態は避けたいんだ」


はあ、なんでこんなことで桐田朱里に頭を下げなければいけないんだ。自業自得なのは分かってるが、何とも釈然としない。思った通り、勉強合宿に参加してややこしい事態に巻き込まれてしまった。


「それは構わないけど、1つだけ質問に答えてもらっていい?」

「交換条件か、お前も強かになったものだな」

「いやその、最悪答えてくれなくてもいいんだけど」

「はっ? 質問だけできれば満足ってか?」


そう尋ねると、桐田朱里は言葉では返さず曖昧に笑った。どうしたんだコイツ、好きな人の話題になってから様子がおかしい気がするんだが。



「廣瀬君は、梅雨ちゃんと付き合おうと思ってるの?」



そのおかしさは、彼女の質問内容に大きく影響しているようにも思えた。


でなければ、たかが他人の恋バナでここまで真剣な表情をする必要はないだろう。もっと気楽に、もっとふざけてやり取りした方が楽しいのだから。


「言っただろ、現状返事は求められてない」

「そうだとしても、何もないまま終わりってことはないんじゃない? きっと梅雨ちゃん、そのうち返答が欲しくなると思うよ?」

「……」


そんなこと、桐田朱里に言われるまでもなく分かっている。だからこそ、僕は少しでも早く返答をしてやりたいと思っている。僕が返事をしないせいで、梅雨の青春時代を奪う真似はしたくない。


でも、返答を引き延ばす必要なんて本当にあるのだろうか。凝り固まって解れようのない僕の考えが、時間と共に変化すると本気で思ってるんだろうか。



「……付き合うわけ、ないだろ」



今の気持ちを率直に、桐田朱里に僕はぶつけた。梅雨に今すぐ返答を求められていたなら、僕はこう返すしかなかった。



「それは、どうして?」

「何?」



喜ぶでもなく悲しむでもなく、ただ不思議そうに僕を見る桐田朱里。その瞳は真っ直ぐ、僕から逃げの選択を奪っているように思えた。


「だって梅雨ちゃん、すごく可愛くて綺麗だよ。所作も丁寧で礼儀正しいし、何より廣瀬君が好きなんだって周りに居る私たちにも伝わってくる。こんな良い子、なかなかいないと思うけど」


桐田朱里の言うことは尤もだ。青八木家の血というべきか、梅雨は本当にハイスペックな女だ。見た目も気立ても最高級に良い。今は女子校にいるから分かりづらいが、共学の学校に入れば瞬く間に男共の注目の的になるだろう。それくらい魅力のある女だ。



だからこそ、どうして僕なんだと思ってしまう。



「そんなこと、お前に関係ないだろ」



結局僕は、万能の言い回しで逃げる他なかった。恋バナ好きの女子相手に、僕と梅雨の事情をペラペラ話す理由はない。そんなことは梅雨に対して不誠実だからと、さも当然の口実を並べることは容易だった。




「――――関係、あるよ」




桐田朱里が、そこで一歩踏み込んでこなければ。一切揺らがないその瞳で、僕を貫きさえしなければ。


「いや、ないだろ? これは僕と梅雨の問題で」

「うん。それは廣瀬君と梅雨ちゃんの問題、私には関係ないんだと思う。でも、廣瀬君が梅雨ちゃんと付き合うつもりがないなら、話は別だよ」

「なっ……!」

「付き合わないなら、付き合わない理由を教えて欲しい。見た目なのか、性格なのか、年齢なのか、家族構成なのか」



そこまで怒濤に言葉を紡ぎ、桐田朱里は一呼吸を置いてから僕に向けて言った。




「…………私にも、入り込む余地はあるのか」

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