第19話 参加できた理由

全員が席に座り、マイクロバスが出発する。


下道を20分ほど進んだ後に高速道路に乗り換え、1時間半ちょっとで目的地周辺まで着くようだ。


窓の外に流れるコンクリートジャングルに目を向けながら、僕は改めて頭を抱える。



どうしてこうなったのか。



確かに主導で動いたのは僕だ。御園出雲に借りを返さなければいけなかったし、そのタイミングで多方から勉強の要請があったし、それなら雨竜を絡めて彼女を作らせる作戦も実行してしまおうとこの計画を思い付いただけ。


それを実行できたら、僕はそれとなくフェードアウトする予定だった。



それが――――どうしてこうなったのか。



「やったー! あーがり!」

「晴華ちゃん、ウノって言ってないよ?」

「えええ!? 嘘だよ嘘だよ!?」

「言ってないわね、晴華プラス2枚よろしく」

「ひどい、誰も教えてくれないなんて……!」

「教えるわけないでしょ、馬鹿じゃないの?」

「むう! マヨねえには絶対負けないから!!」

「マヨねえって言うな!!」


とても勉強をしに行く雰囲気でない様子を感じながら、僕は大きく溜息をつく。


父さんも加担していたかと思うと少し哀しくなってきた。


いやまあ、父さんは僕の意にそぐわないと思えば協力なんてしないだろうし、100%善意で動いてくれたのだろうけど。僕の知らないところで動いていたというのがちょっとだけ寂しくもあった。事前に言ってくれればもう少し晴れやかな気分で臨めた……こともないな。トラブル必至なこのメンバーで前向きな気持ちになる気がしない。女性陣の個性が出ている私服が拝めたのは非常に眼福ではあったが。


こうなってしまった以上、雨竜との恋路の進展に一役買いたいところだが、誰の手助けをすればいいか微妙に困ってしまう。そもそもの話、どうして誘った人間が問題なく参加できているのだろうか。


一日だけファミレスで勉強会をやるのとは訳が違う、合宿なんて一晩家に帰れなくなるというのに、親たちはそれをすんなり許したのであろうか。ずっと前から話していたならともかく、するって決めたのは4日前のことだぞ。


「なあ。今更だがお前ら、ちゃんと親の許可もらってるのか?」


僕は背もたれに身を乗り出し、ウノを楽しむ2年女子軍団と同じスマホを見ながら会話をする1年コンビに声を掛けた。


「何よ急に?」

「ふと気になっただけだ、発案者としては後で親からごちゃごちゃ言われても困るからな」

「もらってるに決まってるでしょ、まああたしは『本当に勉強で集まるの?』ってしこたま聞かれたけど」


トップバッターでそう告げたのは名取真宵。不機嫌そうに言ってのけるが、そこを不審がられるのは確実に日頃の行いのせいだと思われる。今日だって服装が大胆すぎるしな、僕だってコイツが勉強する気があるのか甚だ疑問だ。


「私もちゃんと言ってるわよ、何人かで集まって勉強会するって。男子がいるかって聞かれたからいるって答えたけど、寝る場所違うからって言ったら納得してたし」


続いて答えたのは御園出雲。コイツについては心配していなかったが、その真面目さは親からもバッチリ信頼されているようだ。隠すことなく事情を話した上で、いかがわしいことになりそうな場所には娘は向かわないと思われているのはなかなかに立派である。


「私は出雲ちゃんと勉強会するって言ったらそれで許してもらえたよ」

「私も一緒、『委員長さんと一緒なら安心ね』って承諾してもらったかな」


桐田朱里と月影美晴に関しては、余計なことを話さず、御園出雲の名前を出してあっさり納得してもらえたらしい。かたや茶道部の友人、かたや1年時のクラス委員長。どちらにせよ、親御さんからの信頼が厚いというのはすごいことではなかろうか。それだけリーダーシップを発揮して動いていた印象はあったが。


「そっかぁ、ズーちんの名前を出せばよかったかぁ」


次々に承諾報告が上がっていく中、カードを持った神代晴華が深刻そうに表情を歪めた。


「まさかお前、無許可のまま来たのか?」

「違うよ! ちゃんと許可もらってるから! ただ、ずーちん家みたいに親から男子は来るのかって聞かれたんだけど……」

「聞かれたんだけど……?」

「……来ないって言っちゃいました」

「おい」


完全なる虚偽報告だった。こやつ、親に嘘をついて許可をもらってやがる。


「だってしょうがないもん! 来るって言ったらダメって言われたかもしれないし! お兄ちゃんなら絶対許可しないし!」

「そっか、晴華ちゃんのお兄さん、そういうの厳しいもんね」

「そうなのそうなの! いい加減子ども扱い止めて欲しいんだけど聞いてくれないし……」


成る程。親というより兄が面倒だから嘘をついてその場を凌いだというわけか。そりゃ何かよろしくないことを意図的に起こすつもりはないが、だからって家族を騙すってのはよくないだろ。


しかし、神代晴華には兄が居たのか。今聞いた感じだと随分シスコンっぽいが、まあ気持ちは分からなくもない。こんな美人の妹が居たら必要以上に過保護になってもおかしくはないだろうからな、勿論限度というものはあるが。


「ゆ、ユッキー? まさか途中下車ってことはないよね? 一緒に行ってもいいよね?」


ウルウルと瞳を揺らす神代晴華を見て、本当に卑怯だと思う。ここで否定するようなことを言えば完全に僕が悪者じゃないか。


「言っとくが、親にバレても責任はお前と御園出雲が被れよ。僕は知らん」


僕はただ企画をしただけ、勉強会の発案者は御園出雲だ。ここで神代晴華を帰さないというなら、責任は自分で負ってもらう。


「別にいいわよ、健全な勉強会だって伝えればいいだけでしょ。何の問題もないじゃない」

「ず、ズーちん!」

「ちょっと引っ付かないでよ暑苦しい!」


頼もしい発言をする御園出雲を、感極まった神代晴華が横から抱きしめる。うむ、こういう光景はいつ見ても良いものである。


「ん?」


ふと視線を2年女子軍団から1年コンビに移すと、2人ともどこか青ざめたように俯いていた。


「どうした2人とも?」


僕が声を掛けると、同時に身体をビクつかせ、ゆっくり僕へ目を合わせる蘭童殿とあいちゃん。どうしたのだろう、バスに酔ってしまったんだろうか。


「あ、あの、私たち」

「お互いの家に泊まって勉強会するって言ってて……」


ああ。2人とも、神代晴華みたいに親に嘘をついてここに参加したというわけか。それを僕が叱ったから、顔色が悪くなっていると。


「ご、ごめんなさい。軽率な行いをしてしまって」

「大丈夫だとは思うんですが、もし先輩方に迷惑をかけてしまったら……」


蘭童殿もあいちゃんも泣きそうになっていて、僕の心は非常に痛かった。後輩たちにこんな表情をさせるために誘ったのではない。


「心配するな2人とも、こんなのどうせ誰にもバレはせん」

「廣瀬先輩……」

「仮にバレたとしても僕がちゃんと説明してやるから、蘭童殿もあいちゃんもしっかり勉強に励んでくれればいい。そうすれば2人とも、勉強会してたって堂々と言い張れるだろ?」

「……はい、ありがとうございます」


表情が明るくなった2人を見て、僕はようやく安心することができた。余計な心配をして勉強に手がつかないんじゃ本末転倒だからな、きっちり勉強に勤しんでもらわないと。蘭童殿は雨竜の件もあるわけだし。


そんなことを考えていると、神代晴華にジーッと睨まれているのに気付いた。



「……ユッキーさん、あたしと対応が違いすぎやしませんか?」



いいえ、普通ですが?

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