第18話 移動開始

催促を受けてバスに乗り込んだ僕は、真っ先に運転手へお礼申し上げた。


お名前は槇野さん、青八木家の専属運転手を勤めて20年以上経過する大ベテラン。まさかマイクロバスを運転することになるとは思わなかったと年齢を感じさせない笑顔を浮かべていて、僕は少しだけ癒やされた。運転することになるとはと言う割に、しっかり中型免許を持っているのが素晴らしい。


もう少しお話をしたかったが、運転の邪魔にはなってはいけないと思い槇野さんの2つ後ろの席、窓側に座る。


「ユッキー、後ろの方来なよ! 一緒にウノしよ!」


場所を決めた途端、1番後ろを陣取っていた神代晴華が前方に届くように声を掛けてくる。


先ほどチラッと見た限り、最後部席とその1つ前の1人席に2年女子が集まっていて、1年コンビはその1つ前の席に並んで座っていた。出入り口間近に座っている僕とは確かに離れているが。


「嫌だ、面倒くさい」

「えっ何々、ユッキー聞こえないよ~?」


神代晴華の言葉を完全無視して、僕は窓の外へ目を向ける。こうして一旦席を決めて腰を落とすと、よっぽど魅力的な提案でもない限りこれ以上の移動は憚られるものだ。というわけで僕は絶対に動かない。


「ちょっとユッキー、ホントに来ないの?」

「諦めた方がいいよ、こうなったら雪矢君テコでも動かないだろうし」

「こんなに美少女たちが待ってるっていうのに、なんかムカつくわね」

「美少女たちって、私除いてだよね?」

「あなた含めてでしょ、私は違うけど」


2年女子たちがぶつくさ何かを言っている気がするが、聞こえない振りをして受け流す。というか勉強合宿なんだからウノしてないで試験問題の出しっこでもしろよ。合宿はバスに乗ってからが合宿なんだぞ? 

……そんなことを言っても聞く耳を持つ連中だとは思えないが。


「ホーリーもこっちこっち! ウノしようよウノ!」

「えっ、えっ!?」


僕のことを諦めたらしい神代晴華は、入り口付近でどこに座ろうか悩んでいる堀本翔輝に標的を変えた。


声を掛けられると思っていなかったのだろう、堀本翔輝はあからさまに狼狽えた様子で2年女子側と僕を交互に見やる。……なんでこっちを見る? 行きたきゃ行けばいいだろ、別に。


「ホーリー?」

「……ニックネーム?」


蘭童殿とあいちゃんの不思議そうな声が耳に届き、少しだけ口角が緩む僕。分かる、愛称なのかどうなのか疑問に思うよな普通。申し訳ない、ちょっと頭のネジが外れてる先輩がまともなニックネームをつけられない病気にかかってるから許してくれると助かります。


……雨竜のことをウルルンって呼んでる時点で、この子たちも理解はしているとは思うのだが。


「どうしたのホーリー?」

「ぼ、僕はどうしたら……!?」


更なる呼びかけに、堀本翔輝は混乱する。額から汗水垂らしながら、それでも2年女子エリアに踏み込もうとしなかった。


一体何を悩んでいるんだコイツは、まさか緊張でもしてるのか。桐田朱里はともかく、それ以外は去年同じクラスで顔も知ってるだろうに。何より神代晴華と一緒に過ごせるんだから、そっちを優先させる他ないだろ。


「ごめんなさい神代さん!!」


しかしながら、堀本翔輝は意を決したように声を漏らすと、2年女子エリアには向かわずに空いていた僕の隣の椅子に勢いよく座った。


……はい? 何しとんのワレ?


「ガーン、ユッキーに負けちゃった……」

「無様ね神代、あんな優男1人引き込めないなんて」

「しょうがないよ、女子の中に1人じゃ入りづらいだろうし」

「美晴、それ廣瀬雪矢にも当てはまると思うんだけど」

「あはは、廣瀬君はそういう物怖じはしないだろうからね」


女子は女子たちで堀本翔輝の選択に盛り上がっているが、僕からすれば堪ったものじゃない。


青八木家の別荘に着けば嫌でも煩わしい状況に対面させられることになる。だからこそ、バスの中では1人で穏やかに、時には槇野さんと楽しくおしゃべりをしながら過ごしたいと思っていたのに、何故コイツは僕の隣に座ったんだ。


ハアハアと呼吸を乱す堀本翔輝を横目で睨むと、彼はどこか達成感に溢れた笑みを浮かべて、こちらに向けて親指を立てた。



「やったよ廣瀬君。愛じゃなくて友情、選べたよ」



やかましいわ。

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