第20話 目的地到着
皆の衆から親御さんへの許可の確認をし終えた約10分後、マイクロバスは高速道路に突入した。
その少し前で2年女性軍団は遊ぶゲームを変えたようで、1番後方の窓側にいた桐田朱里が1つ前の通路側の席に移動したようだ。どうやら反射神経を競うゲームのため、引いたカードが見える位置に来なくてはいけないらしい。
暇だったので窓の外を見ながら神代晴華のルール説明に耳を傾ける僕。『ナンジャモンジャ』と呼ばれるそのゲームは、12種類の特徴的な絵に名前を付けて、山札から引いたカードの名前を最初に言えた人がポイントをもらえるという記憶力と反射神経がものをいう遊びのようだ。
これから試験勉強を始める前に記憶力を鍛えるというのはなかなかに殊勝な心掛けだと思った。たかがゲーム、されどゲームだ。勉強より集中しやすいもので頭を柔軟にできるのならばそれは推奨すべき事柄である。
……と、割と真面目に感心していたのだが、
「次のカード、ドンッ!!」
「ユッキー!!」
「ユッキーって紫豆っぽいのじゃなかった?」
「雪矢君だね」
「あっ、そっか」
「ええ、ミハちゃん記憶力良すぎない!?」
「さすがに自分で名付けたのは忘れないよ」
「ムスッとしたメロンバーみたいなやつか、今度こそ覚えたわ」
ゲーム中の音声を聞く限り、
「続きまして、ドンッ!!」
「「廣瀬君!!」」
「はっや!?」
「私の方がちょっと早かった、かな?」
「くう、一瞬チョップマンと悩んじゃったのよね」
「チョップマンもピンクだけど足は緑でしょ」
……僕がいっぱい登場しているような気がするのだが、何故だろうか。
どんな絵柄か分からないため何とも言えないのだが、そんなに僕に見た目が似ているのだろうか。
しょうがない、パソコンで確認してみるか。
僕はノートパソコンを起動し、ネットで『ナンジャモンジャ』と検索する。一番上に出てきた公式サイトを見ると、カードに描かれている絵柄を確認できた。
「はあっ!?」
思わず大きな声が出てしまう僕。そこに描かれていた植物なのか動物なのかよく分からない生き物は、とても僕に似ているとは思えなかった。これ、名誉毀損で訴えれば勝てるんじゃなかろうか。
「どうしたのユッキー、大きな声出して?」
「どうしたじゃねえよ、なんで僕の名前ばっかりつけてるんだ!?」
ちょうど良く神代晴華が遠巻きに声を掛けてきたので、僕は椅子に座ったまま後ろに向けて主張した。
すると何人か吹き出したような声が聞こえてきた、やっぱりふざけてやがったなコイツら。
「あたしのせいじゃないよ!? 最初にユッキーって名付けたのはあたしだけど、次のカードに『廣瀬』って名付けたのマヨねえだし!」
「お前も元凶の1人じゃねえか!」
「2人がそう名付けたから、そういう流れになっちゃったんだよね」
「そういう流れってどういう流れ……?」
「というかあんたの名前ばっかでややこしいのよこのゲーム」
「それ僕のせいじゃないだろ!?」
「で、でも、長谷川先生や青八木君も入ってるし」
「なんで人名ばっかりなんだよ……」
「あなた、そんなに突っ込んでて疲れない?」
「おかげさまでな!」
突っ込むのも疲れてきたので、僕は聞き耳を立てることを止めた。到着までまだ1時間以上あることに軽く絶望しながら、素早く流れる窓の外の風景を目に入れるのであった。
―*―
「おお」
高速道路を下りてすぐ、視界は緑に囲まれた。退屈凌ぎに借りていた堀本翔輝のスマホを返し、再び窓の外へ目を向ける僕。休日ということもあり車道は混んでいたが、その分景色を堪能することができた。
ビルが並び立つ都心から2時間ほどで来られたとは思えない程木々が生い茂っていて、見上げれば緑色の稜線がくっきりと見えた。道路の横には川が流れており、車のエンジン音とは別に水の音が僅かに聞こえてくる。近くに滝なんかもあるかもしれない。
「ああ、山だ!!」
「緑いっぱいだね」
「うわぁ、虫いっぱいいそう……」
先程までゲームばかりしていた連中も、外の風景に目を奪われているらしい。こういう景色に巡り会うことはそうそうないからな。
川を跨ぐ鉄橋を渡っていくと、どんどん山の方へ進んでいくマイクロバス。こんな細い道通れるのか、という場所も難なくクリアしていく槇野さん。運転スキルに脱帽しながらも、少しずつバスは標高の高い方へ進んでいく。よくよく見れば、ところどころに旅館の表示が見られた。梅雨が言っていた温泉というのはこのことだろう、場所を考えれば当たり前ではあるのだが。
しばらくして、道はあまり広くないものの、それなりに広い敷地に槇野さんはマイクロバスを停めた。
「皆さま、お疲れ様です。目的地に着きましたよ」
温かみのある優しい声を耳にし、各々が装着していたシートベルトを外して荷物を持つ。
入り口から近い僕は、隣にいる堀本翔輝の前を強引に通って真っ先にバスから降りた。
硬くなった身体を伸ばしながら周りをゆっくりと見る僕。鬱蒼と並ぶ木々をバックにそびえ立つのは、切妻屋根が立派な大きな建物。別荘というだけあって、広さは青八木家の倍近くはありそうだ。黒の木目の外壁は年季を感じさせるものの、この空間にとても馴染んでいた。
バスに乗っている間はどうも気乗りしなかったが、こうして大自然の中で1泊2日の生活ができるかと思うと、少しずつ心が躍り始めてきた。
すると、少し離れたこの建物の入り口の方から、3つの影が姿を現した。
割烹着を身につけた40代くらいに見える女性には見覚えはなかったが、残り2人は紛れもなく顔見知りである。
白のインナーに通気性の良さそうな黒のジャケットを羽織り、ベージュのチノパンを完璧に着こなすのは私服でも鬱陶しいくらい爽やかさを醸し出す青八木雨竜。
そして、水色ベースに白の水玉模様が広がった丈の短いワンピースを身につけ笑みを浮かべるのは、その妹にして可憐な容姿を備える青八木梅雨。
彼女は僕らに向けて手を振り、近付きながらも大きな声で言った。
「こんにちはー! 皆さん、お待ちしておりました!」
こうして、既に無事には終わらないであろうことを肌で感じながら、陽嶺高校の奇妙なメンバー+αによる1泊2日の勉強合宿が幕を開けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます