第15話 勉強合宿に向けて
その後、神代晴華に勉強合宿については他言無用であることを再三言い聞かせてから彼女を野に放った。1泊2日の合宿に参加するなんて雑談の際に言われてしまえば、周りの人間も参加したいと飛びついてくるに違いない。仮にそれを阻止できたとしても、勉強合宿を企てている僕に非難の嵐が飛び交うだろう。一緒に参加するわけではない僕がもの申されるのははっきり言ってゴメンだ、神代晴華と勉強合宿がしたいなら自分で誘え。
彼女の件は一旦落ち着いたものの、教室に入ると、球技大会の影響か昨日から少しだけ声を掛けてくるようになった男子共が、「勉強会って何のことだ? 神代さんと何話してた?」と間を置かずに絡んできた。
大きく溜息をつきそうなったのを堪え、「勉強会じゃなくて『勉強家』な? 期末試験に向けて頭の良い勉強家を探してたから、御園出雲を推薦しておいた」と自分でもよく分からない返答すると、「委員長には勝てねえなぁ」とか言いながらあっさり男子共は引き下がった。こう言っとけば御園出雲より学力のない奴らが勉強をだしに神代晴華に声を掛けることはないだろう。その基準を満たしてるの、雨竜しかいないし。
「朝から人気者だな」
「喧嘩売ってんのか?」
疲労を感じながら自分の席へ戻ると、雨竜が僕をからかうように言ってくる。僕が威嚇してもヘラヘラした様子で、まったく効いてないのが余計鼻につく。顔面もげろ。
「さっきの話の続きなんだが、勉強合宿は誰が来るんだ?」
そういえば、話の途中で神代晴華が乱入してきたんだった。
そういうわけで、僕は雨竜に改めて参加メンバーを伝えた。個性派揃いの面々に嫌気が差すのかと思いきや、雨竜は平常運転だった。
「まっ、お前が声掛けるとこういうメンツになるよな。まさか蘭童さんたちまで声を掛けるとは思わなかったが」
どうやらある程度予想がついていたらしい。僕的には堀本翔輝の方を突っ込まれるかと思ったが、雨竜的には意外ではないようだ。同じ学年だからだろうか。
「でも1泊2日にするって伝えてないんだろ? みんな来られなかったりしてな」
「それならそれでいいけどな、僕は任務を遂行したわけだし」
これで皆が行けないと言ったら、雨竜と梅雨と神代晴華の3名しか残らなくなる。参加組の気まずさより、欠席組が卒倒しないか心配になるな。よりによって残るのが神代晴華(彼氏持ち)だしな。
「あっ、そういえば文系組はそもそも来ないかもしれん」
僕はふと、昨日の放課後図書室の前で話したことを思い出す。日帰りか宿泊か以前に、月影美晴と桐田朱里からは良い返事はもらえていない。一応保留という形にはなっているが、1泊2日になることを伝えれば正式に不参加を宣言されるだろう。仕方ない、せいぜい他の参加組との差を感じて必死になってくれ。
「文系組って、月影さんと桐田さん? 行かないって言ってるのか?」
「ああ。一応宿泊になった旨は伝えようと思うが、良い返事は返ってこないだろうな」
「……」
そう伝えると、雨竜は口元に手を当てて何かを考え込み始めた。
おいおい、まさかお前まで行かないって言い出すんじゃないだろうな。せっかくまとまりそうな話がこじれるからそれだけは勘弁願いたいところだが。
「……もしかして雪矢、お前来る気ないのか?」
すると雨竜は、まだ伝えてなかった僕の出欠を言い当ててきた。
「よく分かったな。これから伝えようと思っていたが」
参加を取り止めるといった内容でなくてホッとしたが、どうして僕の出欠の話になったのだろうか。
……そうか、月影美晴か。彼女が昼食だろうがデートだろうが僕をお供に付けたがるのは雨竜も知っている。だからこそ、月影美晴が来ないかもしれないと聞いて、僕の参加を疑ったわけだ。判断基準にしては弱いところのはずだが、なかなか頭が回るじゃないか。
「……成る程、梅雨が苛ついてた理由はこれだったか」
「ん? 梅雨が何だって?」
「いや、大したことじゃない。気にするな」
雨竜は腕を組みながら満足げに頷く。1人だけ納得してるところ悪いが、教える気がないなら声に出さないでいただきたい。
「これから合宿の件、伝えに行くんだよな?」
「そうだが、それがどうした?」
「文系組には、俺から伝えに行っていいか?」
「それは構わんが、どうした急に?」
「これ以上お前が声掛けても意見は変わらなさそうだからな、ダメ元で俺が行ってくるよ」
「いやいや、お前が行けば万事解決だろ……」
僕が行かないという問題自体は解決していないものの、好意の対象が直接声を掛けてくれるのだ。断るどころか、嬉々として承諾するだろう。勿論、1泊2日の件が浮いていることは置いといてだが。
「分かった、文系組はお前に任せる。他の奴らには僕から声を掛ける」
「了解、そっちは任せたぞ」
「当日の動きはどうする? 待ち合わせ時間とか集合場所とか」
「聞かれたら俺から後日伝えるってことにしてくれ、梅雨がマイクロバス借りられるか聞いてたはずだから」
「おいおい、バスって貸し切りか? そこまでしてもらうつもりはないぞ?」
「人を招くのに電車移動はないって梅雨が言うからな、断るのも面倒だしぶっちゃけお任せだ」
「ええ……」
いつの間にか僕らより準備を進めてくれている梅雨。招くというより押しかけるというのが正しいはずだが、さすがは青八木家のお嬢様である。準備をしてくれるというならお言葉に甘えようじゃないか、2時間以上の移動費も馬鹿にならないはずだからな。
こうして僕と雨竜は、手分けして勉強合宿について説明することにした。初めは皆驚いていたが、神代晴華と同じように好奇心が勝ったのか、普通に勉強会をするよりは好感触だった。堀本翔輝に至っては参加メンバーを聞いて「こ、この人たちと、1泊2日……?」と爆発しそうになっていた。脳内桃色野郎はこれだから困る。
「……ちゃんと勉強会になればいいけど」
御園出雲が不安そうに言っていたが、全く以てその通りである。現時点でボードゲームをやることしか考えていない女がいるため、元1-Bの委員長としてしっかり導いてやることだ。
そうして、結局誰が来るのかよく分からないまま、僕には関係ないはずの勉強合宿の日を迎えた。
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