第14話 勉強しろ

翌日、雨がすっかり止んで晴れ渡った空の下、僕はいつものように登校していた。窮屈な電車を乗り継ぎ、最寄り駅から10分弱歩いて陽嶺高校へ向かう。


結局、昨日すぐに梅雨が行動を起こすことはなかった。


リビングに行けば、遅い時間ということもあって梅雨は帰り支度をしており、僕にあっかんべーをしてからそそくさと帰ってしまった。父さんに聞いても『また色々とご相談に乗ってくださいと言われただけ』と言っていたし、今すぐ何かをやろうという訳ではないのかもしれない。まあ何をしようが僕は勉強会に行くことはないが。


我が教室たる2-Bクラスへ着くと、今日も今日とて憎たらしいほど男前な顔立ちをしたクラスメートが僕を待ち構えていたように軽く手を上げてきた。新しい顔を投げつけたらまん丸な顔にならないかなコイツ。


「おっす、ペットボトル間チュー男」

「古いネタを持ち出すな、幹事ドタキャン男め」


お互いに1発噛まし合いながら、僕は自分の席に座る。だいたい間接キスの件は疑惑で終わってるだろ、お前の言葉は一気に広まるんだから迂闊なこと言うんじゃねえよ。


「そういや雪矢、ウチの別荘借りて勉強合宿やるんだって?」


机に頬杖をつきながら、楽しげに語りかけてくる雨竜。


「梅雨から聞いたのか?」

「ああ、俺は絶対参加って不機嫌そうに言われたぞ」


梅雨のやつ、僕の不参加をまだ引き摺ってるのか。顔見知りがいなくて参加しづらいならやめとけばいいのに、そんなに雨竜の彼女候補が気になるのか。


「それで、誰が行くんだ?」

「なんだ、梅雨から聞いてないのか?」

「梅雨からは、お前が企画してる勉強合宿をウチの別荘でやるから参加しろって言われただけだからな、細かいことは聞いてないんだ」


成る程、雨竜が変に気負わないようにするために余計なことは言わなかったんだな。よくできた妹分だが、雨竜の様子を見る限り、僕が参加するつもりがないことまでは伝えてないな。


しょうがない、僕から伝えるか。どうせそのうち分かることだ、隠しておいても意味はないだろう。


「今声を掛けてるやつは……」

「ユッキー!!」


雨竜に説明をしようとしたところで、廊下の方から甲高い声が聞こえてきた。


クラスの男子の視線が集中したことで、誰が来たかは容易に察することができる。まあニックネームの時点で気付いてはいたのだが。


「ちょっとユッキー、あたし勉強会やるなんて聞いてないんだけど!」


僕の目の前で栗色のポニーテールを揺らしながら異議を申し立てているのは、陽嶺高校男子生徒から絶大な人気を誇る女、神代晴華だった。人形のように精巧な容姿を歪ませながら僕に詰め寄ってくる。


「……勉強会?」

「勉強会ってなんだ?」

「ちっ……」


神代晴華が大きな声で言うものだから、クラスメートたちが言葉を反芻し始めた。ったく、雨竜といいコイツといい自分の言葉の影響力を考えない奴ばっかりだ。


「ちょっと来い」

「えっ、あっ、ユッキー?」


神代晴華の手首を掴み、強引に教室の外へ連行する。どう考えてもタイミングが遅いが、あのまま注目を浴びながら話すよりは幾分もマシである。


「お前な、朝から声がでかいんだよ。周りに思い切り聞かれたじゃねえか」


廊下に連れてきて開口一番説教を食らわすと、神代晴華はあからさまに頬を膨らませた。


「ユッキーが悪いんじゃん! 勉強会なんて楽しそうなイベント、あたしを誘わないなんて!」

「あのな、そもそも勉強会のことをなんで知ってるんだよ?」

「さっきホーリーから教えてもらったの!」

「待て、誰だその白魔術を使いそうな奴は?」

「ホーリーはホーリーだよ! まったくもう、ホーリーが声を掛けてくれなきゃ省かれてたなんて、あたしゃ悲しいよ」


日曜18時のアニメ主人公のような口調で落胆する神代晴華。だからホーリーって誰なんだよ。


しかしまあ、案の定こうなってしまったか。誰かから話を聞けば絶対に文句を言ってくると思ったが、こんなことなら最初から声をかけるべきだったか。


いや、この女なら勉強会の趣旨を理解できず、雨竜を独占し兼ねない。他の女子へのカンフル剤として役立てばいいが、そんな器用なことをできる奴だとこれっぽっちも思ってないからな。声を掛けないに越したことはなかったはず。


「……ユッキー、今失礼なこと考えてるでしょ?」

「おっ、正解だ。なんでお前ってこんなにポンコツなんだろうな」

「ひどっ! そういうのって秘めとくものじゃないの!?」

「僕が黙ってるわけないだろ、言いたいことは全部言うのがポリシーだ」

「うう、確かにそれがユッキーだけどさ……」


神代晴華は、いつも以上に沈み込んだ様子を僕に見せる。そういえば、普段よく見る能天気な表情は見てないな。



……もしかして、勉強会に誘われていないことを気にしてるのか?



そりゃ今回の趣旨だと神代晴華を誘うつもりはなかったが、僕らが誘わずともコイツのコミュニティなら誰とだって勉強会なんてできるはずだ。実際食堂で見掛ければ、いつも異なる女子と交流している。ここまで気落ちする理由にはならないと思っているのだが。


……仕方ない。どうせ誘わなきゃいけない流れなんだ、ちょっとばかり脚色してやるか。


「勉強会の件だが、ちょっと事情が変わったんだ」

「事情?」


神代晴華が、少し潤んでいる大きな瞳をこちらに向ける。


「勉強の効率化を図ろうと思って1泊2日の合宿で検討してるんだが、それだと女子が行きづらいと思ってな。どう話そうか考えていたところだったんだ」

「つ、つまり、あたしを仲間外れにしたわけじゃないってこと?」

「まあそうだな」


思い切り虚言そらごとだが、僕の話を聞いて神代晴華は表情を一変させた。太陽のように明るい笑みを周りに発散する。


「なーんだ、ユッキーったらそういうことは早く言ってよ! 内心傷付いてたんだから」


やっぱりコイツ、気にしてたのか。友人が多いくせに妙なところを気にする奴だな。雨竜や御園出雲の優先順位が高いというなら分からなくもないが。


「というか行けるのかよ、さっきも言ったが1泊2日だぞ?」

「行くに決まってるよ、合宿なんてすごく楽しそう!」

「おい、の合宿だぞ? そこのところ分かってるのか?」


1泊2日の合宿という響きだけに流され、目を輝かせる神代晴華。目的を忘れないよう言葉を強調してやったのだが。



「ねえユッキー、合宿って何人来るのかな? やりたいボードゲームあるんだけど!」



ダメだコイツ、勉強する気が微塵も感じられん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る