第13話 それぞれの思惑
「梅雨、その別荘って今の時期誰か使ってるのか?」
「えっ、今ですか? 今は誰も使ってないですね、お手伝いさんが週に1度清掃に入ってくれてますけど」
「この辺りからだと移動にどれだけ時間がかかりそうだ?」
「えっと、電車で2時間ちょっとでしょうか」
「成る程、じゃあ今週の土日で使わせてもらいたいって頼んだら融通利くか?」
「えっ?」
梅雨は呆気を取られたように目を見開く。
御園出雲に頼まれた勉強会、ずっと何かが足りないと思っていたがようやく理解した。
ずばり、何かが起こりそうという高揚感というかワクワク感というか、そういうものが欠けていた。
ファミレスでの勉強会では確かに勉強は捗るかもしれないが、公共の場ということもあり自由度も低く、勉強会にかこつけた雨竜攻略の方が進展しない可能性は充分にある。
そこへいけば、青八木家の別荘は完全にプライベート空間。ゼロ距離でいちゃつこうが赤の他人を巻き込むことはない。その気があればやりたい放題できるはず。
その上宿泊もできるとなれば、夜の遅い時間まで一緒に過ごすことができる。若い男女が集うこの会、当然何も起こらないはずはないだろう。
遠方で宿泊と言うことで参加のハードルが上がってしまうが、来られない奴は他の奴らと差が開くことを身に染みて味わえばいい。僕からすれば勉強会はついで、雨竜に恋人ができることが第一優先だ。
「それは大丈夫だと思うんですが、何に使うんですか?」
「もうすぐ期末試験だからな、雨竜含めて勉強会をやろうと思うんだ」
そこで梅雨に勉強会の詳細を伝える。雨竜もいるから利用自体に問題はないと思っていたのだが、梅雨は話を聞くと少し訝しげに目を細める。
「……どうして女性の方が人数が多いんですか?」
参加人数と男女比を聞かれたのでとりあえず今声を掛けている人数を伝えたのだが、女子が多かったことに納得がいっていないらしい。確かに僕と雨竜が絡む勉強会となれば男子の集まりを想定したはず、そもそも高校生という多感な時期に男女で集まること自体良いと思っていない可能性がある。
……仕方ない、あくまで勉強会というテイを保ちたかったが、協力を仰ぐ以上梅雨には本当のことを伝えておくか。
「実は事情があってだな」
そうして僕は、雨竜へ好意を持っている人間を集めたことを梅雨に伝えた。勉強会にかこつけて、雨竜との仲を進展させるために青八木家の別荘を借りられないか改めてお願いする。あんまり分のいいお願いだと思っていなかったが、
「……なんだ、そういうことでしたか」
梅雨は安心したように息を吐く。むしろ不安を煽るようなことになるかと思ったのだが、梅雨は「そっかそっか、よかったよかった」といつもの笑みを浮かべていた。男女の不純異性交遊的なことを心配していたわけじゃないのか、梅雨の心境がよく分からんな。
「それで使わせてもらってもいいのか?」
「お兄ちゃんもいるなら大丈夫ですよ、さすがに誰と利用するかを馬鹿正直に伝えるのはまずいと思いますが」
「そりゃそうだ、すまん助かった」
「あっでも、1つだけお願いがあるんですが」
「お願い?」
聞き返すと、梅雨は思い切り瞳を輝かせて言った。
「その勉強会、わたしも参加していいですか?」
「はっ!?」
想定していなかった提案をぶつけられ、分かりやすく混乱してしまう僕。この子はどうしていつも突飛なことを言い出すんでしょうね。
「だって、わたしも期末試験ありますしちょうどいいじゃないですか?」
「何がちょうどいいんだ、取り繕ってないで本心曝け出さんか」
そう追撃すると、梅雨は隠す素振りもなくあっさりと白状した。
「お兄ちゃんの彼女さん候補がいらっしゃるんですよね? 妹として、変な人が居ないかしっかり見ておきたいじゃないですか?」
そうだった、このお嬢さんは雨竜に対してものすごく過保護な一面があるんだった。こんな話をすれば梅雨が食いつくのは目に見えていたはず、僕としたことが思い切りやらかしてしまった。このままだと雨竜の周りの女子が変な人しか居ないのがバレてしまう。
「そうは言っても居づらいだろ、初対面の人間しか居ないんじゃ」
「えっ、雪矢さんもいらっしゃるんですよね?」
「いや、僕は行かないが?」
「ええっ!!?」
僕の声に負けず劣らず、心底驚いたような声を漏らす梅雨。そういえば梅雨にちゃんと伝えてなかった気がする。
「なんで雪矢さん行かないんですか!?」
「行くメリットがないしな、勉強するつもりもないし」
「じゃあなんでこんな計画してるんですか!?」
「借りがあった奴に頼まれたからな、渋々というやつだ」
「さっき男性は2人参加するって言ってました!」
「ああ、ちょうどいいパセリが居たからな」
「パセリって何ですか!?」
「えっ、お前パセリ知らないのか? 日本では料理の飾りに使われることが多い野菜だが、食用や飲用でも活用されることがあって」
「そういう意味じゃないですよ!」
聞かれたことに丁寧に答えているつもりだが、梅雨はヒートアップするばかりで全然納得してくれていない。女子比率が多いときより口がへの字だし、そんなに怒ることもないだろうに。
「……分かりました」
ようやく頭が冷えてきたのか、声のトーンを下げて話す梅雨。そして徐に立ち上がると、無礼にも僕に向けて指を差してきた。
「絶対雪矢さんには参加してもらいますから! 週末会えるの楽しみにしてますから!」
「あっ、おい!」
そう言い残すと、梅雨は忙しなく僕の部屋から立ち去ってしまった。
「だから行かないって」
行かないと言ってる人間に行かせるなんて至難の業だ。僕が来ないなら別荘を貸さないと言われるかと思ったが、梅雨はそういう手段を取ってこなかった。つまり何かしら案があるのだろうが、僕には見当もつかない。僕が行かないと言ったら当然行かないんだから。
相変わらず梅雨は何を考えているか分からないと思いながら、夕食のために僕も1階へ下りるのであった。
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