第11話 面と向かって
「なんで梅雨が……というか玄関に靴がなかったんだが」
そもそも不意を打たれたのは、父さんが玄関に来なかった以外特におかしな点がなかったからだ。玄関に梅雨の靴があれば事前に心の準備ができていた。
「はい! 雪矢さんを驚かせようと靴はビニール袋に入れてリビングに持って来ちゃってました!」
何という愛らしい仕草。ニコニコした表情や両手を結んで軽く首を傾げる動作など評価したい部分は多々あるが、僕をからかおうとする思考回路でプラマイゼロである。僕を弄るなんて100年早いぞ。
「父さん、どうして梅雨が?」
梅雨に聞いても真面目な返答が返って来なさそうなので父さんに尋ねることにした。いくら顔見知りとはいえ、息子の知り合いの異性に2人きりで会うというのはいかがなものだろうか。父さんが間違いを犯すとはこれっぽっちも思っていないが。
「お昼頃に梅雨ちゃんから連絡があってね、ゆーくんにお勉強教わりたいんだけど訪ねていいかって訊かれたから通してあげたんだ」
「わたしが訪ねたときにちょうどお父さまが夕食の準備をされるとのことだったのでお手伝いしてたんです、花嫁修業も兼ねてですね!」
ダメだ、情報量が多すぎて何から突っ込めばいいか分からない。とりあえず、真っ先に気になった疑問を解消しなければいけないだろう。
「梅雨、どうやって父さんに連絡したんだ? 家の電話番号でも聞いてたのか?」
先週末、梅雨が泊まりに来たとき、梅雨と父さんが僕の居ないところで話す機会は多々あった。その時に家の番号くらい訊くことはできただろうが、そうなった経緯を僕は知りたかった。
「あっ、違います。お父さまにわたしのラインIDを教えて登録してもらったんです」
「ラインID!?」
経緯なんてどうでもよくなるくらいに僕の脳内は混乱させられた。何なのその行動力、兄の知り合いの父とラインを交換するのって普通なの? 僕の居る世界の普通と違う気がするんだけど。
しかしながら、僕の反応がお気に召さなかったのか、梅雨はムスッとして軽く頬を膨らませる。
「雪矢さんが悪いんですよ? 気軽に連絡取りたいのにスマホ持ってないから」
「だからって父さんに訊くか? そりゃ父さんに言えば僕にも伝わるが」
「ゆーくんは要らないって言ってたけど、スマホ買ってあげた方が良さそうだね」
「あっいいですね! スマホ買ったらちゃんとラインID教えてくださいね?」
どうやらそのうち、僕の手元にスマホがやってくるようだ。緊急で父さんと連絡できたらと思うことはあれど、それ以外で必要性は感じないんだけどな。
「じゃあこれでお父さんはお役御免かな?」
「そんなことないです! お料理のこといっぱい教えて欲しいので、いろいろ訊いてもいいですか?」
「勿論だよ、答えられる範囲でちゃんと返答するから」
「ありがとうございます!」
2人の会話を聞きながら、本当に仲良くなったものだと若干心がざわつく僕。梅雨に父さんが取られないか心配になってきた。
それ以前に、今朝のことがある。梅雨とこうして面と向かう機会ができたのだ、僕なりにしっかり区切りをつけたい。
「父さん、梅雨借りても大丈夫?」
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「ちょっと梅雨と話したいことがあって。梅雨、ついてこい」
「あっ、はい!」
僕は料理の準備をする父さんから梅雨を借りて、2人で僕の部屋まで来た。別に廊下で話してもいいが、帰宅した母さんとうっかり遭遇するのは嫌だ。絶対に面倒なことが起こる。
「とりあえず座ってくれ」
「はい」
僕は梅雨をクッションに座らせ、僕はその正面に座る。未だに身につけている三角巾とエプロンが気になったが、構わず話をすることにした。
「今朝の電話の件だ」
「雪矢さんが大好きって件ですね、勘違いでも何でもないですよ?」
「そうか」
梅雨は照れる様子もなく、さも当然のように笑顔で答えた。電話越しではなく直接気持ちを訊きたかったが、どうやら間違いはないようだ。
であるなら、僕もその先に話を進めなければならない。
「返事はすぐにしなくていいって言ってたが、いつまでにしなきゃいけないっていうのはあるのか?」
正直これを告白した当人に訊くのはどうかと思ったが、雨竜は直接話をした方がいいと言っていた。回りくどいことはせず面と向かって話す、これが最善というなら僕はその選択肢を取るだけだ。
「いつでもいいですよ、雪矢さんにお任せします」
「えっ?」
予想外の返答に面を食らってしまう僕。僕の反応を見ても、梅雨は穏やかな姿勢を崩すことなくニコニコしていた。
「勿論わたしの希望はありますよ? 30過ぎてからお断りされるのは年齢的に厳しいですし、高校に入ってイチャイチャしたいから3月までには返答をもらえたらって思いますが、まああくまでわたしの希望ですので」
「いや、そういう期限を教えて欲しかった訳なんだが」
「うーん、でもわたし、期限は決めたくないです。いつまでに決めなきゃいけないなんてマイナスな気持ちでいられたら、前向きな気持ちでわたしと一緒にいてくれなくなるかもしれないじゃないですか」
正論だと思った。筋を通すために期限を決めて返答をすべきだと思っていたが、梅雨の言うことも一理ある。
「だから雪矢さんが返答したいタイミングで大丈夫です。あっでも他に好きな人がいるわけでもないのに断るのは無しですよ、そんな返答は一切受け付けないので」
両手で大きく×マークを作る梅雨を見て、ちょっとだけ心が軽くなった。どうしていいか分からなかったからこそ、指標を与えてくれた梅雨に感謝する。ここまで頭を悩ませられたのも目の前の少女のせいではあるのだが。
「でも大変じゃないか? 僕が靡くか断るまで梅雨はアプローチをし続けるわけだろ?」
「当然です、前者のためにわたしはいっぱい雪矢さんにアプローチするつもりです!」
「僕が返答するまで?」
「返答するまで!」
「何年かかっても?」
「何年かかっても、です!」
エネルギッシュに溢れた梅雨の返答に僕は呆れてしまう。好きという感情はここまで強固に形成されているものなのだろうか。自分が対象になっていると思うと、妙に恐ろしさを感じてしまう。
「もしかして雪矢さん、ずっと返答しないのが悪いことだと思ってます?」
梅雨から心境をばっちり言い当てられて狼狽えてしまう僕。その反応を見て、梅雨はクスッと笑ってから真っ直ぐ僕を見つめた。
「雪矢さんってホントに真面目ですよね」
「兄と同じこと言うな、僕は普通だ」
「普通じゃないですよ、わたしが雪矢さんだったら好意につけ込んでいろいろ相手に要求しちゃいますもん」
「いやいや、恋人でもない相手にそんなことしたらダメだろ。そんなに施して結局付き合えないんじゃ相手が可哀想すぎるだろうが」
「あはは、そういうところが真面目なんですよ。学生の恋愛なんてもっとテキトーに考えてください、ハグ程度ならわたしはいつでもウェルカムですよ?」
「お前、それが言いたかっただけだな?」
「えへ、バレちゃいました」
梅雨の頭に軽くチョップをすると、梅雨は頭を摩りながら嬉しそうに笑った。こういう態度を見ると、本当に僕のことが好きなんだと改めて感じてしまう。
「それに雪矢さんは1つ勘違いをしてますよ?」
そう告げる梅雨の表情は、少しだけ真面目なものに変わっていた。僕は背筋を伸ばして梅雨を見つめ返す。
「結局相手と付き合えなくても、施した過程に文句を言うのはお門違いです。付き合えるのが前提の施しなんて契約と一緒です、そんなの恋愛とは言えません。そもそも、愛っていうのは見返りを求めないものなんですから」
右手を胸に当て、微笑みながらゆっくりと目を瞑る梅雨。
聖母のように愛を語る姿がとても年相応には見えず、思わず僕は吹き出してしまった。目の前の少女は本当に中学生なんだろうか。
「ちょっと、なんで笑うんですか?」
「いや、随分達観してると思ってな。末っ子の甘えん坊のくせして見返りがいらないなんて」
「……わたしのこと、馬鹿にしてます?」
「褒めてるんだよ、これでも一応」
「だったら頭撫でてください」
「撫でてもいいが子ども扱いするぞ?」
「じゃあやっぱいいです! NGです!」
「そこであっさり否定するから子どもなんだよ」
「ああズルい! そういう2択はズルいですよ!」
「帰宅した僕を驚かせた仕返しだ、存分に苦しめ」
「まあそういうところも含めて大好きなんですけど」
「……仕返しか? 間を一切置かないクロスカウンターか?」
「えへへ、どうでしょうね?」
楽しそうに笑う梅雨に釣られるように僕も表情を綻ばせる。
今は妹のようにしか感じていない存在ではあるが、それがこれから変わることはあるのだろうか。
こんな風に時を一緒に過ごすことで、変わっていくことはあるのだろうか。
少なくとも、今の僕には分からないことだらけであった。
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