第12話 企み✕企み
「それにしても、勉強を教わりに来たってなんだ?」
しばらく梅雨と雑談を続けていた僕は、梅雨がここに来た理由について振り返った。
「父さんは僕の成績を知ってるんだぞ、雨竜のことも知ってるのに僕に教わるっておかしいだろ」
「でもお父さま、快く了承してくださいましたよ?」
「そりゃ僕の知り合いが訪ねてきたいって言ったら了承するよ、理由なんて関係無しに」
僕は今まで知り合いを家に招いたことはない。梅雨の件というイレギュラーさえなければそんな予定は一切なかった、父さんが喜んでしまうのも無理はない。
「でも、雪矢さんって頭が良くないわけじゃないですよね?」
そう前置きをして、梅雨は少し浮かれた様子で言った。
「お兄ちゃんから聞きました。雪矢さん、去年の夏の実力テストで全教科満点取ったんですよね?」
名取真宵のように古い情報を引き出され、僕はあからさまに表情が歪んだ。
確かに僕は、去年の2学期始業式に行われた実力テストで満点を取った。2位である雨竜と32点差付けた堂々の1位だった。
だがそれは、夏休み前にウチの
試験範囲が分かりきっている中間や期末試験ならいざ知らず、実力テストで5教科490点以上とか尋常なノルマではない。はっきり言って鬼畜の所業である。
だが僕は、『どうせ取れないだろうけど』的な母親の憎き表情が忘れられず、絶対に見返してやろうと夏休みの全てを勉強につぎ込んだのだ。1日12時間、地獄のような毎日だった。
そして僕は、490点どころか全て満点でノルマを達成した。母さんの驚愕した顔は今でも思い出せる、それほどまでに傑作だった。バトファミで負け続けていた僕にとって、初めての白星なのである。
後から父さんに聞いた話なのだが、490点というのは母さんがかつて陽嶺高校で修めた試験の最高得点だったらしい。つまり勉強しか取り柄のない母さんを上からねじ伏せることに成功したのだ、そりゃ僕も感極まるというものだ。ノートパソコンも手に入ったわけだしな。
「そこからお兄ちゃんと仲良くなったんですよね?」
「いや、全然仲良くなってないんだが」
しかしながら、この話には最悪のオチがある。
個人用の成績表は配られていたから僕が1位であることは知っていたが、念のため学年掲示板に貼り出される成績上位者を見に行っていた。
堂々の1位であることを改めて確認して満足げに頷いていると、雨竜が声を掛けてきたのだ。『今回は負けたけど次は負けない。お互い頑張ろう』的なことを爽やかに告げるものだから、僕ははっきり言ってやった。『ノーパソのために頑張っただけ、次はない。また1位に戻れるから安心しろ』って。これをきっかけに馴れ馴れしく話しかけられても堪らないし、突き放すように嘲うように僕は言った。
だがしかし、何故か雨竜は普段聞いたことのないような大笑いをすると、先ほど以上に親しげに声を掛けてくるようになったのだ。勉強地獄が終わった後の雨竜地獄である。
しかも神(くじ引き)は、雨竜を応援するかのように席替えで僕と雨竜を隣同士にした。これにより雨竜と話す機会は格段に増え、雨竜と仲が良いと勘違いされた僕は、名取真宵を筆頭に恋愛相談を受けるようになった。ノートパソコンと引き替えに、僕の平穏は失われてしまったのだった。
「お兄ちゃんが雪矢さんと仲良くなってくれてホント良かったです。じゃなきゃ雪矢さんと知り合う機会もなかったわけですし」
「だから、雨竜とは仲良くない」
「まあ別にお兄ちゃんと仲良くなくてもいいんですが、わたしと仲良くなってくれれば」
ニコニコしながらここぞとばかりにアピールを組み込んでくる梅雨。彼女の世界では、お兄ちゃんは刺身ではなくパセリのようである。
「……話を戻すぞ。僕に勉強を教わるくらいなら雨竜に教えてもらえ、その方が効率的だ」
「むう、雪矢さん分かってて言ってます?」
「何がだ?」
僕がそのまま疑問を口にすると、梅雨は大きく落胆したように溜息をついた。
「勉強なんて、雪矢さんに会うための口実に決まってるじゃないですか?」
「……」
「勿論、教えてもらえるに越したことはないですが」
どうやら僕が鈍かったあまりに溜息をつかれたようだが、今度は僕が溜息を返してしまうことになる。
「お前、受験ナメてるな?」
「ナメてませんよ? 雪矢さんと会う以外は勉強に時間費やすつもりですし」
「そ、そうなのか」
先輩らしく説教の1つでも返してやろうかと思ったが、真顔で梅雨に返されたので僕がたじろいでしまう。そういえばコイツ、成績が学年トップなんだった。僕が心配するだけ無駄なのだろう。
「それどころか勉強地獄です。夏休みだって別荘で缶詰しなきゃいけないですし」
「缶詰?」
げんなりと心の内を語る梅雨に聞き返す僕。勉強地獄、別荘、缶詰、気になるワードはいっぱいあった。
「あっはい。陽嶺高校を受ける条件で、2週間神奈川の別荘で勉強しなきゃいけなくなったんです」
「うぇ……」
夏休みに勉強地獄というトラウマに直結する話を聞き、僕は若干吐きそうになった。
「お手伝いさんの監視付きで籠もって勉強なんて、いつの時代の教育なんですか……」
「いやまあ、受験期なんだしおかしくないだろ」
「別荘に行かなくたって勉強なんてできるのに。はあ、この期間は雪矢さんにもお会いできないしなぁ」
つまらなさそうに呟いた梅雨だったが、何かを思い付いたように両手を合わせた。
「そうだ! 雪矢さんも一緒に来るというのはどうでしょうか!?」
「はあ!?」
梅雨は名案と言わんばかりに笑みを零す。先程までの浮かない表情が嘘のようである。
「お手伝いさんの代わりに雪矢さんがわたしを監視するんです。サボらずに頑張れたら雪矢さんがわたしの頭を撫でてくれる、最高に素敵な勉強地獄です!」
「待て待て、なんで僕が行く前提になってるんだ?」
「心配しなくても大丈夫ですよ、別荘と言うだけあって建物は広いしお部屋だっていっぱいあります! 雪矢さんを不自由にはさせません!」
あっこれ、僕の話を完全に聞いてないやつだ。さすが氷雨さんの妹、似て欲しくないところがそっくりである。
「それにですね、近くに温泉があるんですよ?」
「温泉!!?」
素晴らしき言葉の響きに僕は分かりやすく食いついてしまう。梅雨は一瞬驚いていたが、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「はい! 勉強の疲れもすぐさまリフレッシュ、露天風呂で景色も楽しめちゃいます!」
「サウナは……? サウナはあるのか!?」
「勿論です!」
「おお……!!」
梅雨のプレゼンテーションを聞き、ますます瞳を輝かせてしまう僕。心が揺れ動き、気持ちが傾きかけたところだったが、
「……どうですか? 一緒に行きたくなりました?」
梅雨の企むような笑みを見て、僕は何とか我に返ることができた。危ない危ない、梅雨の勉強地獄に付き合わなければいけなくなってしまうところだった。温泉は魅力的だが、2週間も行動が縛られるのはさすがに嫌だ。
「残念だが、監督責任と釣り合いが取れんな」
「そんなぁ、雪矢さんのいけず」
「誰がいけずだ」
「はあ、お泊まりだし雪矢さんと進展できると思ったのにな」
このお嬢さん、随分恐ろしいことをさらっと言ったな。そりゃ一緒に宿泊すれば何かしら進展はするかもしれないが、それを僕に対して言うのはどうなんだ。
――――その時、僕は梅雨が来る前に今日しようとしていたことを思い出す。
勉強地獄、別荘、宿泊。もしかして、これが1番最適なのでは?
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