第10話 お早い再会
2人の後輩と駅で別れた僕は、これから真っ直ぐ家に帰宅する。陽嶺高校の学生が溢れる駅のホームで電車を待ちながら、勉強会のことを考える。
……うーん、ホントにこれでいいんだろうか。
僕の目的は、雨竜が女子たちと親交を深めること。恋人同士になってくれれば言うことはないが、あのストイック中折れ大魔神にそれを期待するのは無理だろう。
勉強会という場を作って強引にでも距離を近づけるのは悪くない。勉強という大義名分があるから雨竜も無碍にはできないし、逆に女子たちはグイグイいこうと思えばいける。その上学校生活の延長にしか過ぎない平日ではなく普段会うことのない休日で行うというのも良い点だと思っている。こちらは平日に行うタイミングがない故の苦肉の策だが、結果として休日にも交流できる場を作れているので問題ない。
だがしかし、ホントにこれだけでいいのだろうか。
朝より空間に余裕のある電車に乗り込み、つり革を掴みながら考える。
勉強会という名目で集まったのだから当然勉強をするのだが、仮にその中でアプローチされたとして、雨竜の心が動くようなことがあるのだろうか。
雨竜が勉強を教えてもらう側なら教えてくれる相手に好感を覚えるような展開があってもおかしくないが、いかんせん雨竜は中間や期末試験で1位をとり続けている化け物である。そういう展開に期待するのは望み薄だ。
だとすると、熱心に勉強の質問を重ねる相手に好意を抱く程度しか雨竜攻略のヒントは思い付かない。女子側が衣服を着崩して色香で攻めるという戦略もなくはないが、それを強要するつもりもないし、そもそも雨竜に効くイメージが沸かない。考えれば考えるほど迷宮に呑み込まれていく状況に僕は辟易した。
「勉強してる場合じゃないんだよなぁ」
勉強会の意義を根本から否定してしまう僕。ファミレスに集まって、普段とは違う環境で勉強して、帰宅して。これでは何も進まない気がする。せめてもう1つ要素を加えられればいいと思うのだが、それが何であればいいか僕には思い付かない。カラオケやボウリングのような別の交流を挟みたいが、それはもはや勉強会ではないし、おそらく時間も足りない。
くそ、僕の納得がいかないまま御園出雲に引き渡したくないのだが、明日までに何か思い付くだろうか。今日は帰ったら勉強会の整理だな、ファミレス以外にも良い環境があるかもしれないし。
電車を乗り換え最寄り駅に着いた僕は、視線を上げて薄黒く空に漂う雲を見る。あれほど強かった雨は放課後には既に止んでいて、傘を差さずとも歩けるようになっている。明日は晴れてくれるのか、夜に休憩を挟んだら再び産声を上げるのか。気温が高くなりすぎなければ僕はどちらでもいい。雨の日は雨の日で楽しいし、でっかいカエルでも見つけたら嬉しくなるしな。
僕は手に持った傘をぐるぐる回しながら帰路につく。勉強会のことは一瞬忘れて父さんに癒やされよう、父さんと話してたら何かアイデアを思い付くかもしれないし。
「ただいまー」
玄関の鍵を開け、挨拶をしながら中に入るが、珍しく父さんが出てこない。リビングの方が明るいからいるとは思うのだが、夕食の準備中だろうか。普段ならとっくに終わっているはずなんだけど。
傘をしまって靴を脱ぎ、洗面所で手洗いうがいを済ませてからリビングへ向かう。
「父さん、今日は準備が遅い、ん、だ、ね……」
扉を開けながら、キッチンの方に見慣れた後ろ姿と、最近よく見た姿を確認して言葉に詰まる。
「お帰りゆーくん、ごめんね今手が放せなくて」
前者は言わずもがな僕の愛すべき父さん。今日も今日とて爽やかな笑顔が眩しすぎて発光している。今からでも問題なくアイドルデビューができる、僕が事務所の社長なら面接なしで即採用だ。
――――と、現実逃避している場合ではない。
後者の存在が、僕を硬直させるには充分だった。
白の三角巾を頭につけ、肩まで伸びる髪を後ろでまとめる女子。知らない人間なら母さんが卒倒しかける状況だが、そんな人間を父さんが家に通すわけがない。
……お嬢さん、どうして我が家に居るのかな?
「こんばんは雪矢さん! 朝のお電話振りですね!」
どういうわけか、父さんと並んでキッチンには、制服にエプロン姿という一部の男心を全力でくすぐりそうな格好をした青八木梅雨の姿があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます