第7話 パセリは必要

その日の昼休み、僕が今日こそ冷やし中華を食べに学外への脱出を試みようとしているときだった。


「ひ、廣瀬君!」


なよっとした男の声に呼び止められ、僕は面倒くさそうに振り向く。


「……誰だっけ?」

「またその流れ!? 2週間前に話したのに!?」

「僕の記憶は的確に不要な情報を削除してくれるんだ」

「ひ、ひどい……」


何だか本気で泣きそうな表情をしていたので、最初のお約束挨拶を切り上げて話すことにした。


「で、なんだ? 昼なら一緒に食べないぞ?」


髪をワックスでしっかり固めたそれなりイケメンこと堀本翔輝は、ようやくホッとしたように笑みを零した。いちいち大袈裟な奴だなコイツ。


「そ、その、実は相談があって」


堀本翔輝は少しばかり深刻そうに廊下の床を見ながら話を始める。いや、だから、なんで当たり前のように僕が相談に乗る形になってるんだ。球技大会の件は出血大サービスだっただけだぞ?


「そういえばお前、あの後どうなったんだよ?」

「あの後?」

「神代晴華と一緒にバスケの練習したんだろ、進展はあったのか?」


僕は2週間ほど前、神代晴華のことが好きだというコイツのお供をして第一体育館まで足を運んだことがあった。神代晴華と球技大会の種目であるバスケの練習をしている姿を見届けた以降は何も聞いていないが、進展はあったのだろうか。球技大会の日も特別コイツからは声掛けられなかったし。


「え、えっと、その件なんだけど……」


堀本翔輝はあからさまに口ごもりながら僕から視線を逸らす。元々あまり期待していなかったが、この反応だけで充分結果は見て取れた。経緯が気になるのでもう少し黙っていようか。


「あの日、結構遅くまで練習して、実は帰りも駅まで一緒に行ったんだ」

「ほう」


初っ端話された内容は、想像よりやることをやっている印象だった。さすがは距離感ブレーカーこと神代晴華、同じクラスの友達とはいえあっさり帰宅するんだな。まあ遅くまで一緒に居た人間と別々に帰る方が不自然かもしれないが。


「練習中もだけど、神代さんバスケのこといろいろ教えてくれて。こういう動画見たら感動するってラインに情報くれたり、休日でもリングが使えそうな場所を教えてくれたり、まあずっと雨だったからその情報は活きなかったんだけど」


話を聞きながら、雲行きが怪しくなってるのほんのり感じてしまう僕。せっかく2人で練習したり帰ったりしているのに、話題がバスケの話しか出ていないのだが。


「それでいろんなバスケの動画を見てたんだけど、スーパープレイに鳥肌が立ちっぱなしで。僕ももっとバスケが上手くなりたいと思うようになって」

「なって?」

「……球技大会までチームのメンバーとバスケの特訓をしてました」


懸念通り、コイツの話からいつの間にか神代晴華は消滅していた。恋愛とは別の青春を送り始めている。なんでやねん。


「で、でもさ! 僕らのチームなんとかリーグ突破できたんだよ!? トーナメントの相手が同じCクラスのバスケ部チームだったからすぐ負けちゃったけど、達成感はあったんだよ!?」

「で、神代晴華との関係は?」

「……ぼ、僕からも声を掛けられるようになった、とか?」

「じゃ、僕はこれから昼食行くから」

「ちょちょちょ待って! 待ってください!」


このヘタレ青春野郎では神代晴華からニックネームをつけてもらうことすら無理だろうなと思いながら去ろうとすると、妙に高い声を上げながら追い縋ってきた。


「オイコラ離せ鬱陶しい」

「まだ僕の相談事言ってないよ!?」

「どうせ神代晴華と再度何か取り次げって言うんだろ、気まぐれは終わりだ」

「違うって、神代さんのことは僕で何とかしなきゃって思ってるから!」

「ん? じゃあなんで僕に声掛けたんだよ?」


そう言うと、堀本翔輝は困ったように顔を曇らせて後頭部を搔いた。


「その、一緒に期末試験の勉強できないかと思って」


お前もか。名取真宵といい、どうして成績上位じゃない僕を頼ろうとするんだ。僕はいい加減うんざりしてきた。


「雨竜に頼めばいいだろ、話せない仲じゃないだろうに」

「それはそうだけど、廣瀬君がいないと声が掛けづらいというか」


この野郎、男のくせして月影美晴みたいなこと言いやがって。雨竜なんて鼻ほじりながらでも声掛けられるだろ。


「というかお前、勉強もそこそこ頑張れるようになったって言ってなかったか?」

「あっ、覚えててくれてたんだ」

「気色悪いこと言ってないで答えろ」

「その、2年になってから難しくなってきて、中間の成績は芳しくなかったというか」


うじうじと言い訳を並べ始める堀本翔輝を見て頭が痛くなってきた。神代晴華の件は自分で何とかすると言い切った点は褒めてやりたいが、最後まで完璧には決まらないのがこの男の悲しい点である。


「はあ、仕方ない」


僕は大きく息を吐いてから堀本翔輝と目を合わせる。


「土日は外出できるよう準備しとけ、勉強会の予定立てるから」

「えっ、いいの!?」

「やっぱよくない」

「行く行く行く行く行きます!」


この高すぎるテンションに引いてしまいそうになるが、勉強会の参加自体は別に問題あるまい。


むしろ僕が参加しないとなると、男子が雨竜だけになってしまい、雨竜が参加しないと言いかねない。それなら堀本翔輝もメンバーに加えて雨竜の抵抗を減らしてやる方がいいだろう。スーパーにある刺身だってパセリがあった方が彩りがあって購入しやすいというものだ。


「ありがとう廣瀬君! 廣瀬君が教えてくれるなら僕も頑張れるよ!」


そしてここ1番の爽やかスマイルを浮かべる堀本翔輝。どうして僕はこの男にここまで信頼されているのだろうか、何かを勘違いされているな確実に。


僕は教えるどころか参加する気はないのだが、それを言うと話がこじれるので言わないことにした。せいぜい雨竜や御園出雲を頼ろうとする気持ちを養うことだ。そこまで面倒を見る気はないからな。


堀本翔輝と別れ、僕は急いで生徒玄関へ向かう。傘を差して、雨の中堂々と学外へゴー。


僕はなんとかおばちゃん特製の冷やし中華にありつくことができた。つゆの酸味が強すぎて一瞬腐ってるんじゃないだろうかと思ったが、美味しく食することができた。ありがとうおばちゃん。


そしてこれから雨の中、学校へ向かう僕。


恐らく授業に遅れてしまうが、何の偶然か午後一の授業は長谷川先生の物理だった。そんな偶然が15回も続くなんて不思議な話だが、誠意を持って謝罪をし許してもらおう。先生の授業があったから冷やし中華を食べに行ったわけじゃないしね。


そういうわけで僕は、雨に濡れる草木を見ながらゆっくり学校へ戻ることにした。

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