第8話 予想外の返答

いつも通り完璧に午後の授業を切り抜けた僕は、放課後に1年教室に寄ってみた。蘭童殿とあいちゃんに会うためだったが、1-Aクラスには2人の姿は見られなかった。


放課後の自習時間となれば居る場所は3ヶ所、教室にいないとなると考えられる場所は2つ。


職員室に入ると謎の発作が出てしまうので、図書室へ向かうことにした僕。普段僕が利用しているときはポツポツとしか埋まっていない席だが、試験期間は駅前のコーヒーショップのように人が座っている。


普段勉強している教室ではなく、本に囲まれて静謐な雰囲気を醸し出す図書室を利用したくなる気持ちは分かるが、少々現金な気がしないでもない。


そんなことを考えながら図書室に入ると、やはり図書室は生徒で埋まっていた。テーブルに教科書と参考書を広げて、皆が皆勉学に励んでいる。シャーペンを走らせる音と教科書をめくる音がよく耳に残った。


邪魔にならないよう座っている人の顔を確認しながら歩いていると、窓際の席に向かい合って座る2人の姿を発見した。


声をかけようかと思ったが、2人とも集中して勉強しているようだったので、僕は近くの本棚から適当に書籍を取り出して時間を潰すことにした。話しかけるのは最悪自習時間が終わってからでいいだろう。



「雪矢君……?」



10分程本棚が並ぶ場所で立ちながら読書していると、横から小声で声を掛けられた。


横目でそちらを見ると、日本人形のように美しい黒髪を携えた微笑みが似合う美少女がいた。


「珍しいな、こんなところで」


僕は本を閉じて本棚に戻すと、膝の前で両手を重ねてこちらを見ている月影美晴に返答した。


「確かに珍しいかも、今日は朱里ちゃんと一緒に来たんだ」

「そうなのか」


桐田朱里を名前呼びしていることに何となく感動を覚えながらも、そういえばこの2人にも声を掛けなければいけないことを思い出す。


「すまん。今ちょっと時間いいか? できれば桐田朱里にも声を掛けてほしいんだが」


そう言うと、月影美晴はあっさり首肯して桐田朱里を呼びに行くとその場を離れていった。本棚の方に来ていたわけだし、今は休憩時間なのかもしれない。あんまり長引いてもよくない、さっさと済ませて勉強に戻ってもらうか。


「連れてきたよ」

「廣瀬君、こんにちは」


少しだけその場で待っていると、月影美晴が桐田朱里を連れてきた。早速本題に入ろうと思ったが、図書室で本格的に会話するのはよろしくないな。


「図書室の前でいいか?」

「あっ、ここで話すのよくないもんね」


桐田朱里に頷き返し、僕ら3人は1度図書室の外へ行く。部活動が行われていないため廊下も静かなのだが、図書室内とは別空間のような感じがした。


「悪いな、勉強中に」

「それは構わないけど、どうしたの?」

「雪矢君からお話って珍しいね」


にこやかな表情を浮かべる文系ガールズと向かい合いながら、僕は話を切り出した。


「今週の土日に勉強会をやろうと思ってるんだが来ないか?」


そう言ってから、僕は詳細を話し始める。御園出雲が近しい仲の人間同士で勉強会をしたいと言ったこと、人集めや日時を僕に一任していること、雨竜も参加すること。


「場所は明日伝えられたらと思うが、無難にファミレスでも想定しておいてくれ」


そこで一旦話を終えたが、月影美晴も桐田朱里も何かを考え込んでいるようですぐに返答はなかった。


「それって勉強会なんだよね?」


ようやく口を開いたと思いきや、趣旨が分からない質問をしてくる月影美晴。


「さっきからそう言ってるだろ?」

「念のため聞くんだけど、雪矢君も来るんだよね?」

「いや、僕は行かないつもりだが」

「……やっぱり」

「えっ、廣瀬君来ないの?」


桐田朱里は心底意外そうに僕へ質問してくる。そりゃ人集めをしている人間が来ないってのは不思議なことかもしれないが、勉強会をしたいと言ったのは御園出雲で僕じゃない。そんなに驚くことでもないだろ。


「行ったってしょうがないだろ、僕はお前たちと違って勉強する気はないし」


僕は保健体育の試験が行われる来週木曜日の3日前から勉強に勤しむ予定だ。それまでは好き勝手にさせてもらう。勉強会はやる気のある人たちで取り組んでくれればいいだろう。


まあ勉強会に興味がなくとも、雨竜に興味のある2人には是非とも参加してもらいたい。そのために文系組の2人にも声を掛けたんだから。




「……雪矢君、悪いんだけど保留ってことでいいかな?」




しかしながら、笑顔を浮かべる月影美晴の返答は僕の予想外のものだった。承諾の2つ返事をもらえなかった僕は、月影美晴に問いかける。


「あのな、僕がどういう意図で誘ってるか分かってるよな?」


桐田朱里がいる手前、僕は内容をぼかして話を聞く。2人の気持ちを煽るため、了承は得られていないが蘭童殿の名前を僕は出した。彼女が積極的に雨竜と交流を深めようとしていることは周知の事実である。だったらこの勉強会でリードされないためにも、参加の意思表示をするものだと思っていたのだが、どうしてこうなっているのだろう。



「意図は分かるけど、雪矢君が来ないと意味ないでしょ?」



まったく悪気のない笑みで言われて、僕はその場に崩れ落ちそうになる。そうだった、このポンコツ2号は僕が居ないと雨竜とは話せないと言い張るんだった。いつになったら自立してくれるんだろう、こんな調子じゃ雨竜と付き合うなんて夢のまた夢なんだが。


「そうは言っても気になるだろ、話せなくても警戒はしたいだろ?」

「何もできないんじゃその場にいても目に毒なだけだよ」

「それはそうかもだが」

「雪矢君が行くなら行くよ、だから保留にさせて?」


ダメだこりゃ、完全に行く気がないな。そりゃ雨竜の件を除けば、文系トップの成績を誇る彼女がこのメンバーで勉強会をするメリットはほとんどない。来ないと断言しないだけまだマシだ。


「桐田朱里、お前は来るよな?」


というわけで矛先を桐田朱里へ変更する。約1ヶ月前は雨竜が好きなのかどうかよく分からない反応をしていた彼女だが、最近改めて僕に相談をしてくるようになった。マイペースを崩さない月影美晴と違って前向きな返答がくると思いきや、



「えっと、私も考えさせてもらっていい?」



あろうことか、2度目の予想外が僕の前で展開されていた。経験上、100歩譲って月影美晴が承諾しない理由は分かるが、桐田朱里が首を縦に振らない理由は皆目見当がつかなかった。


「何故だ? 理由を述べるまで僕は引かんぞ」

「えっ、その、ちかっ……!」


2回連続で断られるのは僕の沽券に関わる問題である。桐田朱里から理由を引き出すべく距離を詰めると、彼女は頬を赤らめて視線を逸らす。男子慣れしていない彼女らしい反応だが、雨竜以外に照れるのは治した方がいいと思うぞ。


「言え。わけを。5秒以内に」


短く言葉を切って桐田朱里を問い詰める。こうして心理的に余裕をなくせば、楽な方に逃げたい気持ちが作用して『行く』と言うかもしれない。我ながらせこすぎる作戦だ。沽券とは一体何なのか。


「だ、だって、美晴ちゃんがいないんじゃ勉強の相談できないし……」

「あっ」


だがしかし、せこすぎる作戦は至極尤もな理由を前に砕け散ってしまった。

僕は雨竜を軸に考えていたから来るに決まっていると思っていたが、これはあくまで勉強会である。勉強がはかどらないなら来る意味がないと思われても仕方がない。ただでさえ文系組は2人しかいないわけだし。


「で、でも、廣瀬君が行くなら私も行くよ……?」

「そりゃそうだろ……」


僕が行けば、月影美晴がおまけで付いてくるんだ。ちゃんと勉強会ができる桐田朱里が来ない理由はないだろう、その上雨竜と会えて一石二鳥だ。


「……分かった。2人ともあまり行く気はないんだな」


雨竜とのイベントを勝手に開催しては申し訳ないと思って声を掛けたが、2人には不要だったようだ。


「「いや、雪矢(廣瀬)君が来るなら行くけど?」」

「そんなことまでハモらなくていい!!」


いつかのように長文をハモらせる2人を見て、僕は大きく溜息をついた。行かないって言ってるのに、なんで僕を勉強会に来させようとするんだ。行ったって僕は勉強しないからな!? そもそも勉強会に行かないからな!?


言えば言うほど嫌な気を呼び寄せているようで、僕はしばらく不安が収まらなかった。

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