第6話 悪い予感

「はあ、ちょっと前に本気であたしを泣かせた人間とは思えないわね……」


返答が鈍い僕に対して呆れているのは分かるが、蘭童殿の件を持ち出すのは止めて欲しい。全力殲滅モードの僕に緊急停止ボタンは備わっていないのだ、任務遂行するまでは徹底的に行動するのみである。何が言いたいのかというと、少々熱くなった僕の言動などいちいち気にするなということだ。


「よく言うだろ、普段大人しい奴ほど怒らせると怖いって」

「えっ、普段大人しい奴がどこにいるって?」


名取真宵の大袈裟に周りを見渡すアクションが非常に鬱陶しい。言っておくがお前らさえ関わらなければ僕は大人しく過ごすことができているのだ。


「まあいいわ、どうせ相手の好みを攻めるようなやり方したって青八木にはあんまり通用しないんだろうし」

「おいおい、そう卑屈になるな。自分を想ってくれる人が自分の好みを知っていたら嬉しいものだろ?」

「……だからあんたに青八木の好みを聞きに来たんだけどね」

「僕は雨竜に好かれたいわけじゃない、知らなくて当然だ」

「それだけ堂々と開き直られちゃこっちも返す言葉がないわね」


くくく、返す言葉がないということはつまり僕の勝ちである。ここまで敗北を知らないとなるともう少し人生にハリが欲しいものだ。


と思ったけど母さんにバトファミで負けたばっかりだった。あれ、もしかして僕って負けてる方が多いの? それは流石にないよね?


「そうそう、もう一つお願いがあるんだった」


雨竜の件は一旦自分の中で整理できたのか、話題を変えてくる名取真宵。コイツ、僕に頼んだら何でもやってくれると思ってるんじゃなかろうな。お前に助太刀するのは雨竜に関わることだけだぞ?


「期末の勉強、手伝いなさいよ」


案の定雨竜絡みではない用件を言われ、肩を落としたくなってしまう僕。どうして予感って悪い方ばっかり当たるんだろうな、こんなに日頃の行いが完璧だというのに。


「お前、僕の成績知った上で言ってるんだよな?」

「いつもなんか満点取ってるじゃない、余裕でしょ?」

「あのな、僕は1教科満点取るのに精一杯なんだよ。他の教科なんて教えられないぞ」

「あれ、でもあんためっちゃ成績良かったタイミングなかったっけ? みんな騒いでたじゃん」

「あれは夏休み丸々使えたからイケただけだ、ノーパソも懸かってたしな」

「なんだ、あんた使えないのね」


カッチーンきたが、事実なので追及して不利になるような真似はしたくない。そもそも勉強の件を僕に依頼するというのが間違っている。


「こういうときこそ雨竜を頼るべきだろ、勉強なら普通に声掛けたって違和感ないし」

「そりゃ頼りたいけど、馬鹿晒すの恥ずかしいじゃない」

「馬鹿なんだから仕方ないだろ。馬鹿なんだから」

「あんた、なんで2回言ったの」


ギラリと睨まれたが僕は右から左へ受け流す。僕を使えない認定した仕返しである。


「じゃあ御園出雲でいいだろ、去年一緒のクラスだし話しづらいってことはないだろ」

「嫌ね、あいつくそ真面目だし。スパルタされたら耐えられないっての。後3日に1回くらい髪染めろってウザい」


とても勉強を教わる側とは思えない好き勝手な言い分である。よくよく考えたらコイツと御園出雲って風紀という点で考えれば水と油なんだよな。球技大会の時は普通に仲よさそうではあったが。


「残念だが、お前の要望に合う物件は見当たらないな」

「だから事故物件に頼んでるんでしょうが」

「誰が曰く付きだ、てかその言い方だと僕が安い男みたいじゃないか」

「高く見積もって5000円ね」


僕というお住まいは名取真宵にあげたボイスレコーダーと同じ値段だった。いくら何でも扱いが酷すぎではなかろうか。その扱いに若干慣れつつあるのが何よりまずい状況である。


「とりあえずお前の要望は無視するが、例えば土日に勉強会するって言ったら来るか?」

「何そのまったくそそらない会は。ちなみに誰が来るわけ?」

「御園出雲と雨竜(強制)だな」

「学年首位が集まって勉強会って、論文でも作成するわけ? ものすごく堅苦しそうなんだけど」


うーん、試験期間だし雨竜の名前を出せば食いついてくると思ったが、名取真宵は乗り気ではなかった。もともとこの2人には勉強を教わりたくなさそうだったし当然と言えば当然なんだが。


しょうがない、奥の手を使うか。


「後、蘭童殿も来るぞ」

「行くわ。行くに決まってるでしょ」


びっくりするほどあっさり釣れた。さすがは恋愛会における犬と猿、戦場があれば闘いに赴かなければいけない性分らしい。そりゃ勉強を通じて雨竜と蘭童殿が仲良くなったら困るよな、こういうところで自尊心が邪魔しないのは美徳だと思う。どちらが犬でどちらが猿かは皆の心の内に留めておくように。


「了解、細かいこと決まったらまた連絡するわ」

「ちゃんと言いなさいよ、抜け駆けとかあたしは許さないから」

「それ、僕に向けて言う台詞じゃないからな?」


その言い方だと、僕がコイツを出し抜いて雨竜と仲良くなるみたいじゃないか。僕はセッティングだけしたら参加するつもりはない。絶対面倒事が起こると思っているし。


「うっさい、ブラジルまで吹っ飛べ」


しかし名取真宵は、本人ご愛用の物騒な挨拶で返してくる。うーむ、やっぱり『死ねば?』の方がキレがあった気がするな。しょうがないので、『ブラジルまで吹っ飛べ=空気摩擦で焼け死ね』と拡大解釈することにした。ボケが強烈じゃないと突っ込む方も大変なのである。


そのまま名取真宵と別れ、僕の膀胱が限界を迎えそうだったので急いでトイレへ向かう。


今日か明日、蘭童殿にも声を掛けなくては。せっかくの雨竜との交流機会を逃すわけにはいかない、蘭童殿と名取真宵にはバチバチ争ってもらわなくてはな。これで蘭童殿が来られなかったら盛大に転けてしまいそうだが。


後は、月影美晴と桐田朱里にも声を掛けなくてはフェアじゃないだろう。2人は文系組だから微妙に試験範囲は違うが、一緒に勉強するという行為に良いも悪いもないからな。


……となると、Cクラスのポンコツ代表が「あたしも混ぜろ!」と割り込んできそうだが、まあそれは致し方ない。回避しようとした方が痛い目を見るのは明白だからな、何かあったときの緩衝材として機能してくれることを期待しよう。


まあいいさ、どうせ僕は参加しない。勉強会で何が起きようが無関係だ。御園出雲含む計5人の女子が雨竜を奪い合ってくれたらそれはもう最高の展開である。


僕は用を足しながら、雨竜や取り巻きから解放される自分を想像してご満悦になる。



だがしかし、荒れに荒れまくった現実という名の混沌は、いつもの事ながら僕の思い通りには動いてくれないのであった。

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