第4話 彼女を作らない理由
「誰かさんが試合に出て、戦局が変わって逆転優勝だなんて、そりゃ感化もされるわ。だってあなた、バスケの経験ほとんどないんでしょ?」
「体育でやる程度だな」
「そんなあなたが自分のできる範囲でプレイして活躍して周りを楽しませて、正直置いて行かれているような感覚だった。だから私も、自分でやれることはやりたい、頑張って挑戦してみたいって思ったの。勇気が出ないなんて言ってるうちに、時間はあっと言う間に過ぎちゃうから」
僕が出なくても試合は勝てていた、なんてはぐらかすことは可能だが、僕はそうしなかった。
御園出雲の志が立派だと、素直に思ったからだ。真面目で意固地な彼女だからこそ、ようやく停滞することの罪深さを理解したのだろう。それを理解して雨竜に向き合おうと言うなら、これまでのことは清算して応援してやりたいという気持ちが沸かないでもない。
「後、そろそろ青八木君に総合で勝ちたいのよね。ずっと2位だなんてやっぱり悔しいし」
そして、ただ雨竜との交流の場で終わらす気がないのも好感が持てる。例外を除き、ずっと雨竜と1位2位を確保してきた御園出雲。2年になり、文系理系と分かれてテスト内容が変わってからも、総合偏差値ではその地位を譲ることはなかった。ここらで雨竜に土をつけたいというのもなかなか熱い展開である。
「分かった。勉強会の件は僕が何とかしてやる。お前は勉強に励んで雨竜を負かす準備でもしてろ」
「断言するあなたはとても心強いわ、ありがとう」
「借りを返すだけだ。お礼を言われる筋合いはない」
「それくらい素直に受け取ればいいでしょうに」
「ちなみになんだが、土日で何かするのはありか? 平日で企むのは現実的じゃない気がしてな」
「私は大丈夫よ、どうせ勉強するだけだし。環境を変えて勉強できるならそれに越したことはないわ」
「了解だ」
土日がありなら、できることは格段に増えてくる。時間や場所の縛りもないしな。ただ、学校と違って人が集まるかどうかだが。
「あっ、ちょっと!」
今度は御園出雲が教室に入ろうとする僕を呼び止めた。その瞬間に1限開始のチャイムが鳴ってしまうが、彼女は教室に入ろうとしない。
「おい、いいのかよ?」
「先生が来るまで1分ちょっとある、まだ大丈夫よ」
とてもクラス委員の口から出た言葉とは思えないが、それだけ後回しにしたくない内容だということが理解できた。ちょっと面倒だが、廊下にいれば先生が来るのも分かるし付き合ってやるか。雨竜絡みならスルーはしたくないし。
「で、何だ?」
「その、さっきのあなたと青八木君の会話が聞こえてきたんだけど」
御園出雲は、勉強会の話を切り出す以上に言いにくそうに視線を逸らす。さっきの話といえば、雨竜と美術の話で盛り上がっていたときか。実はダリ派ではなくマグリット派だと告げられるのだろうか、僕はマグリットも好きだから特に問題はないのだが。雨竜はもっと詳しいだろうし心配することはない。
そもそもシュルレアリスムではなくキュビズムが好きなのかといろいろ思考を巡らせていると、御園出雲は僅かに頬を紅潮させて僕に視線を合わせた。
「青八木君って、ロリコンなの?」
あっ……
僕は悲しくも繕うことができずに顔に出してしまった。
だがそれは仕方ない。青八木雨竜は紛れもなくロリコン代表だからである。雨竜に好意を持っている御園出雲にもその事実を伝えた方が良いだろう。
「残念ながら、事実だ」
僕は言葉に重みを込めてそう言った。御園出雲がショックを受けたように口元に手を当てる。彼女とて、なかなかすぐには受け入れられないだろう。
「どうやら容疑者は、6歳が好みのようだ。先ほど僕にも6歳の重要性を語ってきたばかりだ」
「そんな……!」
「否定したい気持ちも分かる。だが、奴はそのこだわりを捨てられずにいた。完全にクロだ」
僕は雨竜に彼女がいないのは、女が強い青八木家に育ったことで女性に対して苦手意識があったせいだと思っていた。その上姉妹は美人、目が肥えて無意識に理想が高くなっていたとしてもおかしくないと思っていた。
しかしながら、無情な現実が僕に教えてくれた。青八木雨竜に彼女がいないのは間違いない、奴がロリコンだからだ。少女である6歳の私しか愛せないからだ。これでは雨竜に彼女などできるはずもない。
「私、どうすればいいの? 赤ちゃん語でも使えばいいのかしら?」
相当混乱しているのか、御園出雲は少々僕の理解から外れた提案をしてきた。さすがに6歳は赤ちゃん言葉ではないだろ。雨竜だって困惑するわ。
「引き出しは多い方がいいな、試しに何か喋ってみてくれ」
「えっ、今ここで!?」
「当たり前だろ、僕以外に誰に試せるんだ?」
「そ、それもそうね」
しかし僕は、堅物委員長さまの赤ちゃん言葉を聞いてみたかったので、実に真面目な顔つきで御園出雲にそう言った。そして何故かやる方向になった。間違いなく彼女の思考回路はショートしている、寸前ではなく。
「えっと、それじゃあ……『みそのいじゅも、いちのくらいはろくさいでしゅ』」
「ぶふっ!!」
無理だった。堪えることなど不可能だった。御園出雲が赤ちゃん言葉で自己紹介をしたこと自体面白いのに、その内容がやけに応用力があって僕のツボに入ってしまった。1の位は6歳って、天才の発想だな。
「ちょっと、何笑ってるのよ!?」
「あまりによくできていてな、お褒めの嘲笑だ」
「嘲ってるじゃない!?」
御園出雲は顔を真っ赤にしてツッコミを入れてくる。ちょっと頭が冷えてきたのかもしれない、どう考えたって赤ちゃん言葉を使う意味が分からんからな。
「……御園」
――――――僕は瞬時に口を押さえ、笑いを堪えるのに必死だった。
あろうことか、御園出雲の赤ちゃん言葉は、これから1限の授業をしてくださる数学の先生にばっちり聞かれていた。先生のどこか遠くを見つめる目が僕のツボを刺激してきて大変だった。
「せ、先生! これは違うんです! 相手を出し抜くための手段の1つなんです!」
「……そうだな。先生も今、ばっちり出し抜かれたよ」
「ホントに分かってます!? 今のは冗談みたいなものなので広めないでくださいよ!?」
「……わかりまちた」
「先生!!?」
も、もうやめてくれ……!
お腹がよじれて死んでしまう、先生まで加担するとかズルいだろ……!
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