第3話 決意した理由

この場では話せないからと廊下の外へ誘導される僕。少し前なら有無を言わさず断っていたが、今のコイツの場合は十中八九雨竜の件である。話を聞いてやる価値はある。


「で、何の用だ? あんまり時間はないぞ?」


朝礼が早く終わったとはいえ、1限までの時間はそんなにない。回りくどく話している余裕はないはずなのだが、御園出雲はなかなか話を切り出さなかった。口をまごつかせて、視線を180度彷徨わせている。1番面倒なやつだ。


「用がないなら戻るぞ」

「ちょ、ちょっと待って!」


痺れを切らして素っ気なく言うと、ようやく観念したように御園出雲は口を開いた。


「そ、その、球技大会の日に言ったこと、覚えてる?」


頬を僅かに染めて勇気を振り絞る彼女を見て、ようやく僕はピンときた。そうかそうか、そういうことだったのか。道理で言いづらそうにしているわけだ。


「スマンスマン、チャック全開だったな僕」

「そんな心配土日挟んでするわけないでしょ!? だいたい体操服にチャックなんてないじゃない!?」

「おお、いいツッコミ」


キレのあるリアクションに賞賛の拍手を送りたくなったが、時間もないので本題に入ることとする。御園出雲の緊張も解けたようだしな。


「冗談だ。勉強会の件だろ?」

「……あなたが言うと冗談に聞こえないのよ」

「嘘と無縁の包み隠さないスタイルで生きてきたからな」

「そのせいで被害を被る私の身にもなってほしいんだけど」


額に手を当て溜息をつく御園出雲。委員長である彼女を困らせているのは長谷川先生だけだと思いきや、どうやら僕もエントリーされているらしい。非常に心外である。


「話を戻すが、勉強会の人集めだっけか? そもそもどういう趣旨で開催するんだよ?」

「趣旨って、そんなの学力向上でしょ?」

「違う。僕が言いたいのは人の方だ。クラスのメンバーで勉強するのか、親しい間柄で勉強するのか」

「ああ、そういうこと」

「委員長様ならクラスの成績を上げたいって言い兼ねないからな。それだと僕は雨竜を呼ぶくらいしかできないぞ」

「確かに、あなたクラスで浮いてるものね」


浮いてないわ。地に足着けて生活してるわ。人間だもの。


「別にそんな指令出てないし、普通に親しい人同士でいいわよ。気を遣わなくて済むし」


さらっと言ってのけたがコイツ、長谷川先生から指令が出ていたら実行していたのだろうか。……うん、間違いなくしてるな。その上でクラスの平均点をしっかり向上させそうではある。委員長としてのバイタリティは雨竜を凌駕してるからな、そういうところは誇ってもよさそうなものだが。


「しかしそれだと問題が」

「問題?」

「親しい人なんていないから、結局雨竜しか誘えないんだが」


雨竜は強制的に連行でもすればいいが、そんな間柄は他にいない。人集め、どう考えても人選ミスである。


「いやいや、晴華とか美晴とか誘えるでしょ。球技大会でも一緒に居たじゃない?」

「偶然か気まぐれのどっちかだ、別に仲良くない。というかそいつらならお前が誘えばいいだろ?」

「私が誘ったらガチっぽくて断られそうじゃない。その点あなたなら『適当にやるんだろうなぁ』と思って乗ってくれるでしょ、2人とも好奇心強いし」


コイツ、タオルの恩があるとはいえ失礼過ぎではなかろうか。このどんなときでも全力ど真ん中ストレートの僕が適当にやるはずがないだろ。勉強は多分しないけど。


「仕方ない。声は掛けてやらんこともないが、いつやるんだ? 集まって話しながらできるスペースなんてないぞ」

「それなのよね」


試験期間中は、本来の部活終了時間まで学校内での勉強が義務づけられている。厳しく取り締まっているわけではないが、部活をしているときとは違って途中で帰ろうとすると先生からすぐに指導が入る。僕は3回経験しているから間違いない。意外と脱出は難しいのだ。


そうなると当然、放課後とはいえ教室でワイワイ騒ぐわけにはいかない。原則自習中は教室か図書室、質問があるときは職員室にいなければいけないため集まるのは難しい。


「昼休みはご飯食べなきゃだし、時間があまり取れないものね。学校が終わった後だと少し遅いからなぁ」

「朝やるか? 早く来て勉強するなら文句は言われないだろ」

「私はそれでもいいけど、朝にやるって言ったらあなた来る?」

「行くわけないだろ、父さんとの楽しい朝食時間を潰せるか」

「ちょっと予想外の返答だけど、まあそうよね」


さらっと決まるものかと思ったが、縛りが多くてまったく話が進まなかった。思った以上に勉強会のハードルが高い。


「もう時間ないわね、明日の朝までにお互い案を考えましょ。メンバーはあなたに任せるから、あなたの知り合いなら私も知ってるだろうし」

「勉強なんて誘っても来るとは思えないけどな」

「試験前じゃなきゃね、それじゃあお願いね?」

「ちょっと待て」


話を終えて教室に戻ろうとした御園出雲を僕は引き留めた。1限開始まで残り2分、おそらくオーバーするが気にしない。



「雨竜の件、どうして急にやる気になったんだ?」



今回の勉強会、相談を受けたのは球技大会の決勝の時だった。本心を明確には漏らしていなかったが、雨竜との場をセッティングして欲しいということに他ならないだろう。


それまではこんなことはなかった。他の女子が雨竜に告白しても、蘭童殿が大々的にアプローチしても、御園出雲は変わらなかった。頑なに雨竜への好意を隠そうとした。どういった心境の変化があったのか、僕は知りたかった。



「……そうね、強いて言うなら、球技大会の男子決勝戦で、誰かさんに当てられたからかしら」



御園出雲は、雨竜の件をはぐらかすことなく、穏やかな笑顔で返答した。

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