第2話 期末試験準備期間

「おはようさん、今から朝礼始めるぞ」


トレードマークである白衣を身につけた長谷川先生が、頭を搔きながら面倒くさそうに声を出す。やる気のなさが顕著に表れているのだが、この人に担任をやらせて大丈夫なのだろうか。去年から思っていたことだが。


「まず最初に、球技大会お疲れさん。特に男子、優勝おめでとう。すごいのかよく分からんのだが、優勝したクラスに賞金とか出たりしないの?」


知るか。だいたいなんで先生がそれを把握してないんだよ。仮に出たとしても、クラス一丸となってあんたに供給されないよう取り組むと思うぞ。


「……先生?」

「嫌だな御園、先生ズジョークに決まってるだろ。だから怒らないでください」


ギラリと御園出雲の視線に晒され、あっさり言葉を取り消す先生。この人、ホント教師の威厳的なものがないな。体裁を考えれば生徒に敬語で謝っちゃいけないと思うが、こんな光景を1年近く見てきたからさすがに慣れてしまった。慣れって怖いね。


「んん、気を取り直して。まあ球技大会はお疲れさんということで、今日からは期末試験の準備期間に入る。来週の火曜日から4日かけて10教科、毎度のことながらハードだが頑張ってくれ。部活も休部になるから、うまく時間を作ってくれればいいと思う。物理化学と数学少しなら先生も教えられるから、質問があったら気軽に声を掛けてほしい」


陽嶺の期末試験では、国語、数学2種、英語、物理、化学、地理、保健体育、家庭科、美術(または音楽)の10教科のテストを受けることになる。勿論これはA、B、Cの理系クラスだけであり、文系クラスは世界史や日本史、生物を受けることになる。理系の中でも物理から生物へ勉強科目を変えたい生徒がちらほらいるようだが、今はこの形式で進むようだ。


「あと、受験に関係ないからといって期末の3科目を蔑ろにしないように。ウチのクラスには保健体育を何度も満点取ってる猛者がいるんだ、そこはちゃんと見習え。そこは」

「ははは雨竜、言われてるぞ」

「どう考えてもお前のことだろ」

「うっそ……」


納得がいかない。確かに僕は1年から3回あった期末試験で、保健体育は3回とも満点を取得している。


しかしながら、去年の2学期と3学期は雨竜も保健体育で満点を取っている。だから先生の指摘が僕を差しているとは限らないはず。畜生先生め、意味深な言い方しやがって。これでは真相は闇の中じゃないか。


「ちなみに廣瀬、お前のことだからな? お前はもう少し満遍なく勉強しろ」


真相は光へ到達したが、僕としては闇に葬り去りたい気分だった。


だが僕が人柱になることでBクラスに笑いが生まれている。これから期末試験という鬱屈とさせられる時期を迎えるにあたり、後ろ向きな姿勢にならないよう僕は犠牲になった。名誉の犠牲か、びっくりするほど嬉しくないな。


「とまあそんな感じだ。今週の授業も試験範囲に含まれてるからな、ちゃんと聞くように。以上」


最後に大きな欠伸をかましてから、長谷川先生は教室から出て行った。朝礼の時間はまだあるが、特に話すことはないらしい。


「雪矢は期末、何を勉強するんだ?」


隣の席の雨竜からそんな質問が飛んでくる。


「愚問だな、保健体育に決まってるだろ」


僕は父さんから、頭ごなしに勉強しろと言われたことはない。僕のしたいことをすればいいと思ってくれているからだ。


ただ、勉強をしたいと思ったときにそれまで怠けていたらスタートが遅れるから、勉強の仕方を忘れないために1教科は取り組むよう言われてる。だから僕は、中間試験や期末試験のときは勉強科目を1つに絞って勉強する。中間は物理か化学、期末はずっと保健体育に絞って勉強してきた。


「たまには美術に心奪われたりしないのか?」

「確かにシュルレアリスムに心を動かされることは多々あったが、美術は日常生活の副産物に過ぎない。保健の魅力には到底敵わないな」

「美術が日常と共にあることを見出せないとは、お前も堕ちたものだな」

「黙れ、別に僕は美術を蔑ろにしているわけじゃない。優先順位をつけるなら保健体育に劣るというだけだ」

「ほう、ならシュルレアリスムで好きな芸術家は?」

「ダリ一択だ」

「なかなかいいチョイスだ。好きな作品は?」

「『水の影に眠る犬を見るために非常に注意深く海の皮膚を持ち上げている少女である私』だ、水をそれこそ皮膚のように持ち上げる少女の姿はシュルレアリスムを代表するに相応しい」

「記憶の固執ではなくそっちか、俺もそっちの方が好きだが。ちなみに『水の影に眠る犬を見るために非常に注意深く海の皮膚を持ち上げている少女である6歳の私』な、6歳が抜けてるから」

「はあ!? 正式な名前はこっちだろ!? 6歳に拘るとかお前ロリコンか!?」

「英文には『age of six』っていうフレーズがあるんだよ。まあ気にするな、美術の優先順位が低い雪矢君が知らなくても無理はないから。うんうん」


うっざ。ちょっと美術について勉強してるからって知識を披露してきやがって。アリの時といいなんでコイツの知識ってちょっと尖ってるんだ、勉強し過ぎて頭がおかしくなったんだろうか。断言するが、6歳かどうかなんて絶対試験に出ないからな。英文の日本語訳なんて翻訳者のさじ加減だし、そもそもダリは6歳じゃないし、少女でもないし。


「ん? そういや家庭科は何がダメなんだよ。衣食に関わる日常の大事なファクターじゃねえか」

「家庭科の勉強など不要だ。僕には父さんがいるし」

「……どういうことなんだ」


ふん、貴様の理解を得る必要はない。家庭科なんて学校で習わなくても、父さんから教わる方がよっぽどためになる。父さんを労っていない雨竜には分からないだろうがな。



「廣瀬雪矢」



結局保健体育こそ1番学ぶに相応しいと雨竜に説こうとしたところで、我がクラスの委員長さまたる御園出雲が気まずそうに声をかけてきた。

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