第1話 梅雨対策会議

まだ梅雨が止むことのない6月中旬の季節。


僕にとっては想定外のことが起こった球技大会を終え、クラスは期末試験に向けて動き出す。


しかしながら僕こと廣瀬雪矢は、さらなる想定外をぶつけられ、それどころではなかった。


「おい雨竜、いつまでも呆けるな。作戦会議だ」

「おっ、そうだな。って何、作戦会議?」


雨竜にとっても頭になかったことのようで、若干放心気味だったがすぐに現世に連れ戻す。朝礼まで約8分、時間は限られている。



「梅雨対策作戦会議に決まってるだろ、さっきの話はちゃんと聞いたろ?」

「……ああ」



僕は数分前、ネットでイケメンと検索したらトップページに出てきそうな目の前の男、青八木雨竜の妹である青八木梅雨に告白された。


元々第二の兄のような感覚で好意を持ってくれていたようだったが、彼女の進路の相談に僕が乗ったことで、恋愛感情が芽生えてしまったようだ。深夜テンションによる勘違いだと思っていたが、どうやら気持ちは本物らしい。


この話を兄である雨竜にするのはどうかと思うが、恋愛事と言えばこの男。ここで頼らずしてどこで頼れと言うのやら。


「さて雨竜、僕はどうすればいいんだ?」

「作戦会議という名の丸投げだな」


冒頭から雨竜が茶々を入れてくる。なんだその気怠そうな態度は。


「しょうがないだろ、僕は恋愛のれの字も知らないんだ。ウチの両親もそういうのには疎いし」

「お前な、両親が疎いってそんなわけないだろ」

「見くびるなよウチの両親を。恋人として付き合ってた期間は0日らしいからな」

「どういうこと……?」


雨竜が驚くのも無理はないが、紛れもない事実である。祖父母曰く、幼なじみとして長く居すぎた2人は、幼なじみのまま同棲を開始し、祖父母に『いつ結婚するんだ?』と指摘されてようやく結婚することにしたらしい。だからお互い、恋愛をしていたという自覚はない。ただただ一緒に居ただけなのである。


「まあウチの両親の話はいい。今は僕の話だ。さあ、アドバイスしろ」

「アドバイスって言ったって、何を言えばいいんだ」

「こういうときお前はどうしてるんだ?」

「どうしてるも何も、まずお前がどうしたいんだよ?」

「どうしたいって?」

「梅雨と付き合いたいのか?」


雨竜の問いに、僕は一瞬だけ沈黙した。


「それが分からんから聞いてるんだよ、お前はいつも告白されて何を思ってんだ?」

「何も考えてないぞ、普通に断るだけだしな」

「なんだそれ、自分の中で葛藤とかないのか?」

「ないよ、その人と付き合いたいって思ってないんだから。断って終わりだ」


それは雨竜にしては随分、低く冷たい声だった。


「だから訊いただろ、お前は梅雨と付き合いたいのかって」

「だったら僕も、恋愛のれの字も知らないって言ったはずだ。付き合いたいかどうかなんて分からん」

「本当にお前も難儀な奴だな。それなら断ればいいだろ、梅雨に告白されたんなら」

「告白はされたが、返事はすぐしなくていいって言ってた」

「ならお前の考えがまとまるまで放置してればいい。梅雨だってすぐ付き合えると思ったら返事を先延ばしにはしないよ」

「お前はそうやってきたってことか?」

「微妙に違う。俺は基本的にその場で断って終わらせる。それでも俺と付き合いたいと思ってアプローチする人が居るならその人のことを考えるようにする。俺としては前向きに取り組んでいるつもりだけど、相手から見れば放置されてるように感じるかもな」

「……」

「どうした? 言いたいことがあるなら言ってくれ」


僕がいろいろ頭の中で思考を巡らせていると、雨竜が声を掛けてきた。


それを口にしていいのかよく分からないまま、僕は雨竜に返答した。



「……そんなんでいいのか?」



不思議そうな表情を浮かべる雨竜に、僕はそのまま言葉を続ける。


「お前は慣れてるからある程度要領はいいんだろうが、僕ははっきり言って不安だ。放置なんかせずにしっかり向き合った方が早く解決するんじゃないか。告白の返事が前向きなものになるかは別として」


僕は自分の恋愛はよく分からないが、周りの恋愛は雨竜絡みでよく見てきた。どの女子も真剣で、とにかく一生懸命だった。少しでも振り向いてもらえるように工夫する様は、簡単に放置していいものではない。少なくとも僕はそう思う。


僕の返事が意外だったのか、雨竜は目をパチクリさせてからニヤリと笑った。何が嬉しいのか分からないが、なんとなくイラッとした。


「……ホント、お前は真面目だよな」

「真面目か? 普通のことだろ」

「だとしたら俺は普通のことができてないな」

「相手が多すぎるお前と僕じゃ比較にならんだろ」

「心意気の問題だからな、人数が多くて大変だとしてもみんなに気を配れる奴はそうできる。俺はそうする気がないからできない。まあそういうことだ」


雨竜が周りに気を配れていないとは思えないが、本人がそう言うならそうなのかもしれない。とはいえ真摯に対応するだけが手段でないなら、1つでも方法は教えてほしいものだが。


「まああれだ、梅雨とよく話をしろ。それで解決方法を探ればいい、付き合う付き合わないは別にしてな」


雨竜の助言は、まさかの告白した当人と話し合いをすることだった。それはまだいいが、解決方法って付き合う以外に何かあるのか。少なくとも梅雨にとっては付き合う以外の解決方法がない気がするのだが。


「とはいっても、僕と梅雨はそんなに会わないんだが」

「告白した以降も会う頻度が変わらない相手なんて無視すればいい。どうせ大してこちらのことを想っていないさ」

「そ、そういうものか」

「まっ、梅雨に関してはそんなことはまずないから覚悟した方がいいが」


なんだコイツ、急に怖い話をし始めたんだが。あのお淑やかで可憐な梅雨ちゃんが恐ろしいことをするわけないさ、きっと、多分。


「念のため訊くが、お前は僕と梅雨が付き合うことに疑問はないのか?」

「別に。梅雨が選んだ相手に口出しする権利は俺にないよ。てか余計なこと言って梅雨に怒られたくないし」


うん、どうみても後者がコイツの本音だな。さすがは女性君主の青八木家、相変わらず雨竜の肩身は狭そうだ。


そんなことを話していると、長谷川先生が教室にやってきてしまった。残念ながら梅雨対策会議はこれでおしまいである。


「言っとくが僕は放置はする気がない。できるだけ早く答えが出せるよう尽力するぞ」

「お前がそれでいいならそれが1番だと思うぞ。結局は本人の意志が1番大事なんだから」

「それでここまで一刀両断だけをしてきたお前って凄いんだな」

「付き合いたいと思えた相手がいなかったんだから仕方ない。俺は妥協する気はないからな、自分の幸せのためにとことんまでやりきるぞ」



あらやだ、この人格好いい。


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