第5話 ちょうどいい依頼

まさかの先生エンカウントで死ぬほど笑わせてもらった後、僕はお腹を摩りながら教室へ戻る。御園出雲にはかなり鋭く睨まれたが、その厳しそうな面構えをした人間から赤ちゃん言葉が出たかと思うと再び笑いが込み上げてしまう。このままでは笑いのスパイラルに腹筋を殺されてしまうので、すぐに慣れなくてはならない。恐ろしき真面目と赤ちゃんのギャップ。


「随分長いこと話してたな、何の件だ?」

「黙れ、人類の敵め」

「何故に?」


突然の罵倒で腑に落ちない表情を浮かべる雨竜だったが、決して気を許してはいけない。


この男はロリコン、純粋な少女たちの敵である。穏やかに眺めるだけなら100歩譲って許容してもいいが、それで彼女を作らないなんて許すわけにはいかない。


そうだ、梅雨の件で若干調子が狂っていたが、僕の目的はこの男に彼女を作らせることである。そして雨竜に関わろうとする女子が減ることで、僕にも安寧とした日々が訪れるという算段だ。


なかなか前に進まない話だったが、雨竜のロリコンを矯正する意味合いもある。早急に動かなくては。


僕は勉強会の件も含めて、数学の授業中ずっと頭を悩ませるのであった。



―*―



「あら廣瀬、いいところに」


1限が終わって休憩時間、トイレをしに外に出たところで、キラキラした金色の髪が目立つ女生徒が声を掛けてきた。名取真宵である。


「なんだいいところって、僕に用か?」

「用というか、いい加減あたしの手伝いしなさいよ」

「手伝い?」


僕が首を傾げると、名取真宵は大きく溜息をついた。そして、顔をこちらに寄せて口元に手を当てる。


「青八木の件、あんた今まで何も手伝ってくれてないじゃない」


周りに聞こえないよう、囁くように言ってくる名取真宵。

確かに、体育館で蘭童殿との醜い争いは見せられていたが、その後具体的に頼られてはいなかった。球技大会が絡んでいたからだとは思うが。


しかしいいタイミングだ。これから雨竜攻略に向けて動き出したいと思っていたのだ。名取真宵のように声を掛けてくるぐらいやる気がある奴には是非とも頑張ってもらいたい。


「いいだろう、ここいらでそろそろ手伝ってやっても。で、何かやって欲しいことはあるのか?」

「やって欲しいことというか……」


名取真宵は、自身の髪を人差し指で弄ると、もじもじと言葉を濁してしまう。あまり見られない新鮮な反応に、普段の綺麗さより可愛らしさが顔を出していて、こういうギャップを見せつけるのがいいと僕は思った。


「青八木って、好きな食べ物とかって何だろう?」

「好きな食べ物?」


何だそのお見合いとかでももはや聞かなそうな質問は。判明したらそれを作って振る舞おうというのだろうか、まあそれくらいしないとロリコンの壁は突破できないのかもしれない。


だがしかし、雨竜の好きな食べ物なんて全然知らない。一緒に昼食を摂ることはよくあるが、あいつは何でも美味しく食べてる印象がある。特筆して好きなものを聞かれると僕にはちょっと分からない。


「えっ、もしかして知らないの? こんなに堂々と手伝ってやるって言っておいて?」


僕を煽りたいわけではなく、名取真宵は割と真面目に面食らっているようだ。そりゃそうだ、雨竜に恋人を作らせたいとか言っている奴が雨竜の情報を知らないんだ、目が点にもなる。


「ま、まあ好き嫌いなさそうだからいいわ。じゃあ放課後とか休日とかどこによく行くとか分かる? デートに誘うなら共感を得られた方がいいと思うし」

「……」


お、落ち着け僕。雨竜の行く場所なら分かるんじゃないか。桐田朱里のデート作戦のときに、雨竜ともデートをして回ったじゃないか。


いや待て、あの時のあいつは僕をデートの相手想定で動いていたはずだから、自分の好きな場所に行っていたわけではない。歩きすぎたら女の子に気遣ってカフェに入るとかそういうテクニック的なことは学んだが、雨竜の好きな場所についてなど到底学んでいない。


月影美晴と3人で出かけたときも似たような感じだった。ワイワイ騒いでいたらいつの間にか解散していた気がする。嫌いな場所がない優等生君の好きな場所って、いったいどこなんですか? 優等生らしく学校とかですか?


僕からの返答がないことを察してか、名取真宵はジト目で僕を睨む。



「……あんた、今まで何やってきたわけ?」



ホントですね、僕は今まで何をやってきたのだろう。

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