第54話 敵前逃亡
「何やってんだあんた!!」
目に入った光景に堪えられず、僕は思わずそう口にしていた。
テレビ画面に集中していた梅雨が肩を上下させてビクつくが、我が両親は平常運転だった。母さんは無視してゲームに集中、父さんは笑顔でこちらを向く。
「あれ、ゆーくん早かったね。お風呂にちゃんと浸かった?」
「浸かりたかったけど浸かってないよ! 心配になって早めに出たら案の定だよ!」
「案の定?」
「母さんだよ! なんでこの人こんなにリラックスしてるわけ!?」
自分の話題が出てきて、ようやく面倒くさそうにこちらを向く母さん。何その『私関係なくない?』的な瞳は。この家の問題震源はだいたいあんただろうが。
「普通、私の家だし」
「客がいるだろうが! 他所様の前でみっともないと思わないのか!?」
「ちゃんと許可取った」
そう言って、母さんの視線は梅雨に注がれる。
「えっとその、いつも通り過ごしていいか聞かれたので大丈夫って答えちゃったんですが」
「そりゃそう言うだろ! 何真に受けてるんだあんたは!?」
「ゆーくん落ち着いて、お母さんお仕事で疲れてるから」
「父さんは母さんに甘すぎるんだって! そんなだから母さんはつけ上がるんだよ!」
「つけ上がってないし。普通だし」
「普通だったらこんなに言わないよ僕は!」
ああもう頭が痛くなる。普通っていったい何だよ、息子の知り合いの前でべったりくっつくのが普通だって? そんなわけあるか馬鹿野郎。
「雪矢いい加減うるさい。ゲームに集中できない」
「ああ?」
母の言葉でテレビ画面に目を移すと、バトファミ初期の映像が流れていた。1対3のチーム戦で、母さんVS梅雨&コンピュータ2体のようだが、すでにフィールドには梅雨とコンピュータ1の姿はなく、その後すぐにコンピュータ2も倒された。集中できないと言ってはいたが、余裕の勝利である。
「お母様強すぎないですか!? 雪矢さんより強い気がするんですが!」
「当然。今まで全戦全勝」
「はあああああ!?」
とうとう僕の逆鱗に触れてしまった我が母親。確かに僕はあんたに負け続けた。初心者だろうと一切容赦しないあんたに勝つために、僕は必死にバトファミを続けてきたのだ。そして母さんとは1ヶ月近く対戦をしていない、いつまでも自分の方が上だと思ったら大間違いだ。
「梅雨、コントローラを貸すんだ。お前に本当はどっちが強いのか教えてやる」
「は、はい!」
僕は梅雨からコントローラを受け取り、コンピュータ2体を非表示にする。残機が2機の1対1ガチ対戦、今日こそはゲームだけはやたら強いこの女に敗北を味わわせてやる。
「おい、いつまでその体勢でいるんだ。身体を起こせ」
僕との真剣勝負だと言うのに、未だ姿勢を変えずに寝転がる母親。どうした、負けた時の言い訳でも作ってるのか。
「これでいい。どうせ勝つし」
カッチーンきた。怒りで心臓が燃え上がりそうだ。どこまでも僕を舐めやがって、その選択が間違いだったと後悔しても遅いからな!
僕は最も慣れている恐竜キャラを赤色にして選択。僕と10年以上共に歩んできたこのキャラで悪魔のごとき母親を負かす。さあ! あんたは何で来るんだ!?
「どれがいい?」
「うーん、ピンクの丸いキャラかな」
「ん」
はいいいいい!? この女、父さんにキャラを選ばせてやがる!!?
ふざけてるのか、僕との真剣勝負だぞ? そんな適当なキャラ選択で僕が負けると思ってるのか!? ムカつくムカつく、絶対にヒーヒー言わせてやる!
フィールドはランダムでシンプルなステージが選ばれ、恐竜とピンクが向かい合う。Goの合図で僕はすぐさま距離を取ったが、母さんが一瞬で距離を詰めてくる。
そう来るのは読んでいたので投げ技に移行したが、それを読まれていきなり停止、時間差で横キックを連打で入れられる。このステージは狭いため、少しでも隙を見せるとあっさり場外へ飛ばされる。復帰の大ジャンプを試みたが、真上から下向きにキックを入れられ、真っ逆さまに落ちていく。対戦が始まって10秒足らずで僕はあっさり1機失った。
『ハーイ、ハーイ、ハーイ』
アピールの連打がウザすぎてキレそうになったが何とか堪える僕。
ふっ、焦ることはない。一瞬で倒されるということは、一瞬で倒す展開もあるということだ。いつも負けている相手に逆転勝利、実に美しい流れじゃないか。
僕は蘇生からの無敵時間を利用して母さんに詰め寄るが、回避に徹底する母さん。空中戦に強いピンクは僕のキャラだとなかなかうまく詰められない。弱攻撃を何度か入れられたが、大ダメージを与えることができずに無敵時間が終わる。
そこからお互いに適度な距離を保ち、ヒット&アウェイを繰り返す。うまくバランスを崩せればそのまま一気に機を奪えるが、お互いにそれだけはさせないよう動いている。手は素早く動かしているものの画面に彩りがなくなってきた頃、僕の目の前にアイテムが現われた。
はは、やはり神は僕に勝てと言っている。感動の逆転勝利を望んでいる。でなければこの膠着状態でアイテムなど出るはずがあるものか!
僕はそのアイテムを掴む――――――その瞬間にアイテムは爆発した。恐竜はふわりと場外へ飛んでいくと、ジャンプができずにそのまま落下。僕は母さんの機を奪うことができずに敗北した。
「余裕の勝利」
「ちょっと待て!! アイテムは無しだろ、そんなの実力じゃないし!」
「すぐに取りに行ったのに?」
「そんな記憶はない! 無しなものは無しだ!」
「往生際が悪い」
「うるさいうるさい! 次の対戦だ!」
「……どれがいい?」
「じゃあ次は赤い帽子のおじさんで」
「自分で決めろ!!」
完全に舐められたまま、アイテム無しの状況で2戦目。先ほどより広くて飛行機が攻撃してくるステージになったが、ここでも1発容赦ない連発攻撃を決められ機を失う。そしてさらに、飛行機の攻撃が2度も僕に当たり、その隙を突かれて再び吹き飛ばされた。2敗目である。
「真面目にやってる?」
「こんなに運が悪くて勝てるか! ステージは僕が決める! それで公平だ!!」
「次の言い訳は何?」
「ぼ・く・が・勝・つ!!」
しかしながら、その後さらに3戦行ったが、ついに1度も母の機を奪うことはできなかった。母さんは全部違うキャラを使っていたというのに、それでも勝利することができなかった。
「出直して?」
「ぐぬぬ……!」
何故だ。何故あんなに頑張ったのに勝てないんだ。恐竜1体に愛情注ぎまくっている僕が、こんな浮気者相手に負け続けるなんて……
「畜生!! 次は絶対勝つからな!!」
僕はコントローラをその場に置くと、捨て台詞を吐いてリビングを出た。
これは決して負けではない、戦略的撤退だ。母さんのあの体勢で僕は油断してしまった、それさえなければ勝てていたに違いない。そうだ、油断が招いた敗北だ。……結局負けてるじゃないか。
お、落ち着け僕。素数を数えて落ち着くんだ。
次こそは勝利を収めてみせる。今日の負けは次の勝利の布石だ! だいたい母さんの動きは把握した、これ以上僕が取り乱すことはあるまい。
……あれ、これ前回負けた時も同じこと思ってたような……
そんなデジャヴを僅かに感じながらも、僕は次回の勝利を決意して自室へ戻るのであった。
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