第53話 仲良しこよし

これ以上不要な会話を聞くまいと母さんとの会話を終わらせ、僕は洗面所の前で待つ梅雨のところへ戻っていく。


「とりあえず、両親の了承は取れたから」

「ありがとうございます、何から何まで」


感謝の意を示す梅雨に先ほどの母の言葉は伝えない。余計なことを言って不安を煽っても仕方がない、言う必要がないことは別に言わなくていいのである。


「ん? なんだそれ?」


先程洗面所から出てきた時にはなかったであろうビニール袋を梅雨は持っていたのだが、それを指摘すると意味もなく後ろに隠した。いや、中身は知らんが隠す意味はないだろ。


「これは、その、気にしなくても大丈夫です!」

「そ、そうか」


割と大きめのボリュームで言われたので、これ以上の追及はしないことにする僕。梅雨が洗面所のものを何か盗んでいるとは思えないし、まあいいか。


「話を戻すが、というわけで父さんたちに改めてお目通しだ。困ったことがあったら全て父さんを頼れ、税率を変えたくないとか無茶言わない限りは対応してくれる」

「雪矢さんがそう仰るだなんて、本当に素敵なお父さまなんですね」

「ふふふ、その通りだ。父さんを超える人格者など存在しない、よく覚えておくことだ」

「はい! 頭に叩き込みました!」


にこやかに返事をする梅雨。一旦家に帰らなくてもいいと分かり、気持ちが落ち着いたのかもしれない。


「だが梅雨、ウチの母親には気を付けろ。不意に真顔で爆弾を投げてくる世界屈指のお騒がせ人間だ」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。もし何か同意を求められたら、『それはあなたの世界での話ですよね?』って返しとけ。質問を受けたら、『ちょっと言葉が分からないんですが』って言って凌ぐんだ」

「それ、わたしが変に見られないですか!?」

「大丈夫だ、どうしようもなくなったら父さんを頼ればいい。母さんの通訳をこなしてくれるはずだ」

「……雪矢さんのお母さま、外国の方じゃないですよね?」

「バリバリの日本人だが?」

「そ、そうですよね」


僕の的確なアドバイスが理解できなかったのか、首を傾げて考えこむ梅雨。うーむ、難しいことを言ったつもりはなかったんだが何か引っかかることでもあるのだろうか。


「よし、それじゃあ出陣だ!」

「はい!」


梅雨はあまり緊張する様子もなく、むしろ楽しげに僕の後に着いてくる。先に父さんに会えたのは良かったのかもしれないな。


その後僕は梅雨をリビングへ連れて行き、父さん(と母さん)に紹介する。流石に面と向かうと自己紹介が少ししどろもどろになる梅雨だったが、父さんのフォローで和やかに進んだ。母さんは僕らの会話には入ってこず、ひたすら夕食を口に詰めていた。前世はハムスターか何かだったのだろうか。


「じゃあ父さん、僕シャワー浴びてくるから。しばらく梅雨のことお願いね?」

「任されたよ」

「あと、僕の分の夕食、梅雨に出して欲しいんだ。バタバタしててご飯食べていないはずだから」

「えっ!? 大丈夫です、そこまでしていただくの悪いですし!」


さすがに聞き逃せなかったのか、すぐさま梅雨の遠慮が入ってくる。僕が今日ファミレスに行ったことを知らないし無理はない。


その辺りを梅雨に説明して納得してもらってから、僕は洗面所に向かうことにした。少しとはいえ球技大会にも参加したし、本来ならゆっくり湯船に浸かりたいところだが、梅雨が心配なのでシャワーだけ浴びて戻ることにする。


母さんがいつもより関心有り気なのが僕は気掛かりだった。父さんで母さんの対策はできるが、父さんが母さんの行動を止めることはまずない。汗だけ流したらすぐに梅雨と母さんを引き剥がす、それが僕に与えられた使命だ。


そうは言っても身体のメンテナンスは大切、頭から足の指先まで綺麗にしていたら、15分ほど経過していた。まあそうは言っても15分程度で何かが起きるわけないか。僕はしっかりドライヤーで髪を乾かしてから、リビングへ戻っていく。



ここで一つ補足をすると、リビングの扉を開けてまず見えるのは食事をする机と4脚の椅子であり、その左手にキッチン、右奥の方がレストスペースになる。


僕はまだ、梅雨が食事をしていると思っていた。だから目の先に映るのは梅雨だと思っていた。父さんがあの梅雨に付き合っていたら、仲良く話している光景が目に入ったことだろう。そんな平和な光景を想像していた。



だが、現実は違った。

目の前の机には誰もおらず、料理が置いてあった机の上はすでに綺麗にされていた。

そこで視線をゆっくり右に動かせば、テレビの前で座る廣瀬夫妻とその息子の知り合い。


いや、正確に言えば違う。


テレビの前でゲームのコントローラを持ちながら脚を崩す梅雨。それはまったく問題ない。何故ゲームをすることになっているのか小一時間問い詰めたいが、そこは全然問題じゃない。



問題は、あぐらをかく父さんを座椅子のように扱い寝そべっている母親だった。



この人、お客さんが来てるのにどこまでマイペースなの?

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