第52話 両親の承諾

梅雨を落ち着かせた後、僕は1人でリビングに戻っていく。


雨竜に大見得切って見せたが、そもそも順番を間違えた。父さんの許可を得ていないのに、梅雨を泊めることはできない。


まあ父さんが僕のお願いを無碍にするとは思えないので、分が悪いとは思っていない。どんなに厳しいことを言われたとしても、父さんなら僕が乗り越えられることしか言わないはずだ。


「父さん、1つ相談があるんだけど」


そういうわけで、リビングに入るや否や、母さんと向き合って夕食を食べる父さんに声を掛ける。


「ん? どうかしたのかな?」

「その、梅雨を今日この家で預かってもいいかな?」


父さんは一瞬驚いたように目をパチクリさせたが、やがていつもの優しい微笑みで答えてくれた。


「ここへ来たときもそうだけど、何か事情があるんだね?」

「うん、悪さを働くような奴ではないからそういう心配はしなくて大丈夫なんだけど」

「ゆーくんのお友達にそういう心配はしてないよ。ご家族の承認が取れていれば特に問題ないかな」

「そっか! ありが…………とう?」


強引ではあるが、ご家族うりゅうの承認は取っている。つまり我が家の承認も無事下りたのだろうと喜びかけたが、やけに強調された『お父さんは』という言葉が気になった。


言うまでもない、こういう言い方をするときの父さんが次にする行動なんて手に取るように分かってしまう。



「お母さん、ゆーくんがお友達を一晩泊めたいらしいんだけどどうかな?」



予想通り、父さんは自分の了解だけでは良しとせず、向かいに座って夕食を頬張る母さんへボールを投げかけた。


まったく、どうして父さんはわざわざ母さんの確認を取るんだ。そんなこと聞いたって、「ん……」とか「そっ……」とか言って終わるだけなのに。


母さんは口の中いっぱいに詰め込んだものをゆっくり消化してから、僕の方に目を向けた。



「女の子?」



母の疑問を聞いて、そういえばこの人には何も伝えていないことに気付く僕。玄関にある梅雨の靴を見てるからなんとなく想像はついていたのだろうけど。


「クラスメイトの妹だけど」


ぶっきらぼうにそう答えると、母さんは1度口元に手を当ててから、表情を変えずに再度僕を見た。



「エッチなこと、しちゃダメよ?」

「はあ!?」



よもや母からそんな言葉が出てくるとは思わず、僕は反射的に大きな声を出してしまった。この人、急になんてこと言い出すんだ。


僕の怒声に一応驚いているのか、母さんはチラリと父さんを見て、再び僕へと視線を戻す。相も変わらぬ不思議な挙動で会話のテンポが悪くなる。ただでさえ表情から何を考えているか分からないというのに、言葉をくれないとますます分からなくなってしまう。



「……恋人じゃないの?」

「クラスメイトの妹だって言っただろさっき!」

「それじゃあ恋人かどうか分からない」



正論ではあるが、母さんに言われると腹が立つ。いつもは適当に流して終わるくせして、どうして今日はこんなに食いつくんだ。



「とにかく、エッチなことはダメ。学生のうちはダメ」

「そんなことするわけないだろ! 変な心配するんじゃねえよ!」

「するわけないことない」

「いや、そりゃそうかもしれないけど」

「お父さん、学生の頃エッチだった」

「…………えっ?」



あまり耳にしたくない言葉を聞いて、僕は思わず被告人扱いされている父さんへ目を向ける。

嘘でしょ、あの父さんがエッチだった? 無口で無愛想なちんちくりんの母さんに対して? こんな爽やかで健全と表裏一体になっている父さんに限ってそんなことあるはずがない……とは言い切れないな。


父さんは紳士だけど、母さんのことは溺愛しているし、何かの弾みでそんな過ちを起こしてしまっても無理はない。大丈夫父さん、父さんは何も悪くない。どうせ父さんの気も知らないで母さんがすり寄ったりワガママ言ったりしたに違いない。エッチ裁判が起きても僕は父さん側に付くぞ、任せてくれ。



「……お母さん、ゆーくんの前でそういう話はちょっと……」



父さんにしては珍しく、困ったような笑みを浮かべて母さんに言う。全くもってその通り、子どもに聞かせる話じゃないだろどう考えても。



「? 何がダメなの?」



しかし母親、何がダメが全く理解していない。純真な瞳で父さんを真っ直ぐ射抜いている。さすが父さんにおんぶに抱っこで生きてきた人生(祖父母談)、常識が備わっていない。この人本当に社会人としてやっていけてるんだろうか。



「お父さんだってエッチなんだから、雪矢も気をつけなきゃダメ。これは戒め」

「戒めって言われるほど酷いことはしてなかったと思うんだけどなぁ」

「してた。隙を見せたらすぐに抱き締めてきた」



えっ、それってエロいことなのか? 20年前はそんな貞操観念が強い時代だったのだろうか、よく分からんが。



「それくらいは仲良しの範疇だと思うんだけど」

「それだけじゃない。私が心霊特番をうっかり見たときは」

「はいおしまい! 分かった分かった、エロいことしなきゃいいんだな!? 了解したからこの話終わり!! 解散!!」



母の暴露が続きそうだったので強制終了を行う僕。



頼むからやめてくれ、どこに親のイチャイチャ事情を聞きたがる息子がいるんだ。そういうのはよそでやれ。

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