第24話 気になったこと
その後、氷雨さんの命により僕が買ってきたカカオ99%のチョコレートが10粒同時に僕の口に入ることになった。カカオの苦みで精神が吹き飛びそうになるのを必死に堪える様子は、青八木三兄弟にはとても好評だったようだ。青八木家に来るとこういった許容しがたいオチがついてくるため、毎度僕は2度とここへ来るものかと誓いを立てることになる。残念ながらその誓いを果たせたことは1度もないが。
「バトファミ、今度こそ私たちが勝利するから。首を洗って待ってることね」
「雪矢さーん、また来てくださいね! いつでも待ってますから!」
未だゲームの勝敗を引きずる氷雨さんと、さっきの事故などなかったかのように笑顔で手を振る梅雨の声を受け、僕は青八木家を後にする。てか氷雨さん、まだ諦めてないのか。ゲーム変えてくれれば僕だって皆と同レベルなのに、さすがは僕をも凌ぐ負けず嫌いである。
「お疲れ雪矢、今日来てくれて助かったよ」
「ホントに疲れたぞ馬鹿野郎」
まだ青い空の下を僕は雨竜と一緒に歩く。付き添わなくていいと言ったが、駅まで送ると雨竜が言って聞かなかった。何だか女子扱いされてるみたいでイラッとする。
「姉さんも梅雨も楽しみにしてたからな、お前と遊ぶの」
「まったく、なんでこんなことになってるやら」
「そりゃお前が梅雨と仲良くなったからだろ、俺の知らないところで」
「いやいや、こっちは説教してたつもりだったんだぞ?」
初めて雨竜の家に来たとき、雨竜が部屋着に着替えるからとリビングで1人で待たされていた。
ちょうどその時、学校から帰ってきた梅雨とリビングで遭遇したのである。
初対面の僕に『どちらさまですか?』と訊いてくるものだから、『まずは自分から名乗るべきだろう』と説教し、礼節について説いてやったのだ。ただそれだけのことで、仲良くなったつもりは毛頭なかった。
「それが梅雨からすれば楽しかったんだろ、お前は無駄に知識広いし」
「無駄って言うな、僕を形成する要素に無駄などない」
「まあそれは置いといて、雪矢に懐いた梅雨が姉さんにお前のこと話して、姉さんもお前に会いたいってなって今に至るわけだな」
「はあ、ちょっと話しただけなのに。梅雨ってチョロすぎやしないか?」
「いやいや、あいつ俺の交友関係にめちゃめちゃ厳しいんだぞ?」
「そうなのか?」
僕が聞き返すと、雨竜はげんなりしたように頷いた。
「ウチって姉さんが好き勝手やって父さんとよく喧嘩するからさ、俺は空気を読んで行動を自粛することが多々あるんだけど、そのせいで梅雨が俺に対して過保護気味なんだよ」
「……どういうことだ?」
「俺が父さんの言うことにできるだけ忠実だからさ、ちゃんと自分を持って日常生活を楽しく送れてるか心配なんだとさ。やれ『友達はいるの』だとかやれ『好きな人はいるの』だとか、少し前まではずっとそんな感じだったんだから」
「……全然想像つかないな」
梅雨が雨竜を好いているのは勿論知っているが、それがこじれて過保護になっているというのは正直驚いた。姉の代わりに父の期待を一身に背負う兄を心配しているとなれば、気持ちは分からなくもないのだが。
「まあそんなだから去年のクラスメートとかバスケ部の連中とかを家に連れてったんだけど、後で梅雨に怒られる怒られる。『ホントに仲良いの?』とか『沢山連れてきて誤魔化してない?』とか『わたしを見る目がいやらしい』とかね。面倒な妹だけど俺を想ってのことだし、前2つは図星だからな」
「なんだお前、今言った奴ら仲良いと思ってないのか?」
「友達とは思ってるけど、親友とは思ってないな」
「よく分からんが、梅雨のお眼鏡に適う奴はいなかったと?」
「そういうことだな。まあお前が来てから、梅雨にキツく言われることはなくなったけど」
「……僕は梅雨のお眼鏡に適ってるのか?」
「じゃなきゃあんなに慕われないだろ」
「慕われてるか……」
雨竜の言葉を反芻しながら、僕は1つ気になったことを雨竜に訊いてみようと思った。自惚れだったら恥ずかしいが、雨竜の目線でどう見えるか知っておきたかった。
「何だろ、梅雨はお前のことを第二の兄みたいに思ってるんじゃないか?」
――だが、雨竜が付け加えてくれた内容により、わざわざ質問する必要はなくなった。
兄……兄か。僕は独りっ子でその感覚は分からないが、言われてみればそういう風に思われているのかもしれない。僕は安心したように息を漏らした。
「何だよ、息なんてついて」
「女子校育ちで世間知らずの未来を奪ってなくてホッとしたんだよ」
「はっ、何言ってんのお前?」
「黙れ、ただの独り言だ」
そう話してるところで駅へ到着、僕は雨竜と別れて改札の方へ向かう。
よくよく考えれば、あの鈍感クソ野郎の雨竜の言葉を鵜呑みになどできないが、さすがに妹の気持ちまで適当には考えないだろう。
ならばやはり、雨竜へ質問などしなくてよかった。自意識過剰で思い切り恥を搔くところだった。
――――梅雨が僕のことを好きかどうかなんて。
それは兄妹愛に近いものだという、答えが出ているのだから。
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