第23話 ワザとじゃないんです
バトファミは20年ほど前に発売されハードが新しくなるごとにリメイクされているが、僕は初代が一番好きでずっとそれをやりこんでいる。原点だからという理由もあるが、単にリメイク版が家に置いていないという根本的な理由もあった。
青八木家にはバトファミシリーズは全て置いてあり、僕が初代を要望したときもさして文句は出なかった。全シリーズやっている青八木兄弟も初代が一番好きらしいので、自然と初代をプレイすることになったのだが、前回は僕が飛び抜けすぎていて勝負にならなかった。
おそらく氷雨さんも雨竜もそんなに弱くないと思う。レベルの高いコンピュータに比べたら充分動けているし、友人たちと遊べば充分1位を取れる強さは持ち合わせているだろう。
だが、バトファミに関しては僕に並ぶのは並大抵のことではない。何故なら僕は、憎たらしいくらい強い相手と何度も闘い、鍛えられたからである。そのせいで対人戦は超がつくほど負け越している。今日この3人をボコボコにしても僕の勝率はほとんど上がらないだろう、本当に悔しいことではあるが。
ゲームを起動し、大きなテレビ画面から少し離れた位置にあるソファに座る僕ら。有線のコントローラの関係上、左から氷雨さん、雨竜、梅雨、僕の順で並んでいる。
「ストック制で1人2機で勝負よ、アイテムはアリだけどユキ君が使った瞬間私たちの勝ち、無敵アイテムをうっかり取っちゃったらそのまま落下してもらうから」
氷雨さんから言われたルールは、とても正々堂々とは言えないおぞましいものだった。かぐや姫も若干引くレベルの要求である。そこまでして勝ちたいかと詰問してやりたいが、「当たり前でしょ?」と悪びれもせず返ってくるに違いない。
「2つだけルール追加してもいいですか?」
「何かしら?」
「アイテムを場外に捨てるのと、ダメージ0%のときに回復アイテムを使うのは許可してください」
「それくらいなら別にいいけど、そこまでして勝ちたいの?」
こめかみがピキピキしそうなくらいの極大ブーメランを投げる氷雨さん。さっきの追加ルールをものすごく訂正したくなったが僕は冷静に踏み留まった。このハンデがどれだけキツいかまだ分からない以上、青八木兄弟にアイテムを使わせない選択肢はあった方がいい。様子を見て必要なさそうだったら、煽ると同時に取り下げることにしよう。
「それじゃあキャラ選択よ!」
テンションが上がってきた氷雨さんをよそに、僕は恐竜のキャラを選択し、色を赤に変えて待機した。前回このキャラを選んだときは復帰がしにくいことを散々馬鹿にされたが、そのお礼に復帰力が低くてもいかに強いかを教えてあげた。
「出たわね、赤の悪魔め……」
氷雨さんは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。前回のトラウマを思い出しているのかもしれない。
「だけどね、あなたのおかげで私たち兄弟はまとまることができた。その成果を見せつけるわよ!」
「「おお!!」」
なんともノリのいい姉とその子分たち。きっとゲームの世界だと、こういう絆を育んだチームがギリギリのところで勝利を収めるのだろう。
だが残念、ここは現実である。
僕はこれまで培ってきた全てを遺憾なく発揮し、チーム戦であろうとも残機を減らすことなく勝利を手にした。
とりあえず操作が得意でない梅雨を手始めに場外に出して追撃、ネズミキャラを使っておきながら復帰が苦手な梅雨はそれだけで残機を削ることができた。
しかもこのお嬢さん、悪気はないのだろうが味方の残機を奪って参加するため、氷雨さんたちの攻略も楽勝になった。チームバトルの弊害が顕著に見られた哀しい試合だった。
「ちょっと梅雨、あなたは電撃とアイテムで後方支援って言ったでしょ!?」
「無理だよ、雪矢さん詰めてくるのすごく早いんだよ!?」
「俺と姉さんが雪矢を逃がしてる時点でアウトだな」
「何言ってるのよ、雨竜がボコられてでも足止めできてればアイテム使う時間もあったのよ?」
「そうそう、お兄ちゃんが全部悪い!」
「うそぉ、7割くらいは梅雨のせいだろ……」
3人の責任のなすりつけ合いを見ながら、一体何がまとまってたんだろうと疑問に思う僕。こういうときは男1人の雨竜がちょっとだけ可哀想に見えるな、たいてい2人から攻撃受けてるし。
「まあいいわ、今のはほんの小手調べだし。誰も1回で勝負を決めるなんて言ってないし」
「ほんと清々しいですね氷雨さん」
「でしょ、これが私のいいところだから」
皮肉を言ったつもりだったが、額面通りに受け取られ僕は困惑する。僕も負けず嫌いの方だが、この人にはとてもじゃないが及ばない気がする。
「作戦Bよ、次こそ勝つんだから」
そう言って氷雨さんは、ゴリラのキャラを選択した。それに習って雨竜もゴリラのキャラを選ぶ。それだけで何をやってくるか容易に想像できた僕は、2人とはあまり近寄らずヒット&アウェイを徹底した。
おそらくゴリラの投げ技による相討ちを狙いたかったのだろうが、それが分かった以上簡単に近寄ってやる義理はない。まあ掴まれたところで抜け出すのはそんなに大変じゃないんだけどさ。
結果だけ言えば、策に溺れた今回はさっきより簡単に勝つことができた。余裕の2連勝である。
「梅雨! なんであなたはゴリラを選んでないの!?」
「だって可愛くないんだもん、ゴリラよりネズミだよ」
「俺もゴリラ得意じゃないんだよな、そのせいでさっきより早くやられたし」
「じゃあ全部雨竜のせいね」
「お兄ちゃんのせいだ」
「あれ、またこの流れ……?」
再び雨竜に矛先が向いてしまう反省会という名の雨竜イジメ。絆って随分歪な形をしてるんだなあと3人を見て思うが、哀しいことにこれが通常運転なのである。雨竜が彼女を作らない理由がなんとなく透けて見える光景だった。
「仕方ない。ここまで私たちを弄ぼうものなら、こちらも封印してた奥の手を使わざるを得ないわね」
いちいち仰々しいセリフを吐いてくる氷雨さん。言葉に悔しさが滲み出ているので正直結構可愛らしい。そんなことは口が裂けても言えないが。
奥の手を使うらしい青八木チームだが、選出は1戦目と同じだった。オーソドックスな戦い方に戻すのか、1戦目で使わなかった何かがあるのか、読めない展開に僕は少しだけ楽しみになる。
フィールドがランダムで選ばれ、開始のカウントダウンが始まった瞬間――――――奥の手の合図があった。
「梅雨! やってしまいなさい!」
「はい!」
氷雨さんのかけ声に元気よく反応した梅雨は、あろうことか目の前のテーブルにコントローラを置いてニコニコしながらこちらを向いた。
「雪矢さん、失礼します!!」
「にょわわ!?」
そして梅雨は、僕の脇に向けてくすぐり攻撃を放ってきた。全身を襲うこそばゆい感覚に変な声が出た。
堪えきれずにコントローラを放しそうになったが、そんなことをしたら氷雨さんと雨竜にやられてしまう。嘘でしょ、もしかしてこれが奥の手? この卑劣な盤外戦術が?
「ひ、氷雨さん!? こ、これはさすがに、ずるいのでは!?」
「勝てば良かろうなのよこの世はね」
まったく以て同意だが、この場において納得するわけにはいかなかった。梅雨から逃れるように身体を右側に寄せてプレイをするが、当然梅雨は僕に引っ付いてきて攻撃をやめない。集中できないうちに僕の恐竜は雨竜の攻撃によって倒されてしまった。
「よっしゃ! 後一機!」
「いい調子よ梅雨!」
妹に悪行を被らせ、まったく悪びれる様子を見せない姉と兄。こんなふざけた内容でも、勝てば堂々と誇ってくるに違いない。それを見せつけられるのは堪えられない、ならば僕とて反撃に移るしかないではないか。
僕は落下から生き返るまでの無敵時間を利用し、一旦コントローラをテーブルに置いて梅雨の脇をくすぐり返した。
「ひゃっ!?」
甲高い声を上げ、自分の役割を忘れたように動作が止まる梅雨。反撃を想定していなかったようだが、やられたらやり返すのが僕の主義だ。
「ま、負けないです!」
だが梅雨は、初めこそ怯んでいたものの、僕に対抗して攻撃を再開してくる。お互いがお互いをくすぐり合う不思議な光景、そこでようやく思った以上に距離が近いことに気が付いた。
「やばっ!?」
そこで恐竜の無敵時間が終わる。まずい、このままだとさっきの二の舞、なんとかして梅雨を止めなければいけない。
僕はテレビ画面を見ながら、右手の親指でスティック、人差し指でジャンプを駆使しながら逃げに徹することにした。そして左手で梅雨への攻撃を続ける。勝つには梅雨が攻撃を止める他ないのだから。
「ちょっ、ひゃ、ゆ、雪矢さん!?」
画面に集中していた僕は、隣からのやけに焦ったような声への反応が遅れた。いつの間にやら梅雨の攻撃が止んでいる。どうしたのか分からないが僕に考えている余裕はない、梅雨への攻撃は止めなかった。
「雪矢さんそこ脇じゃないです! 座標が右にずれてます!!」
「あっ……」
そう言われて、先程までと左手に伝わる感触が違ってることに気付く僕。ゲームの方に集中していたからがむしゃらに梅雨を攻めていたが、どうやら女性のデリケートな場所に移動していたらしい。
「大丈夫だ梅雨、柔らかさはあんまり感じない。下着ってすごいな」
「何の話をしてるんですか!?」
「言っとくがお前がやめなきゃ僕はやめんぞ?」
「もうやめてます! やっ、やめてますからぁ……!」
「そうか」
梅雨のギブアップを聞き、僕は左手をコントローラへ戻した。梅雨が僕へ反撃せずに隣でへこたれていたため、なんとか氷雨さんと雨竜相手に逆転勝利を収めることができた。不正のオンパレードだったが、今までで一番いい試合だったな、残機的な意味でだけど。
「おめでとう雪矢君。悔しいけど、奥の手を使っても勝てないんじゃ私たちの負けを認めるしかないわ」
「ありがとうございます。恐縮です」
立ち上がって満面の笑みを浮かべて賞賛してくれる氷雨さん。僕も立ち上がって軽く会釈をする。どうやらようやく僕のバトファミの実力を認めてくれたらしい。よかったよかった、これで僕は心置きなく帰ることができそうだ。
「でも、それはそれ、これはこれ」
しかしながら不思議なことに、いつの間にか氷雨さんの笑みからは百獣の王も裸足で逃げ出すどす黒いオーラが漏れ出していた。
「なーんでウチの梅雨ちゃんがこんな風になってるか、教えてもらえるかしら?」
「ふみぃ……」と可愛らしい声を上げながら顔を上気させる梅雨。そんな梅雨を見て怒り心頭している氷雨さん。我関せずとソファから抜け出す雨竜。
聞いてはもらえないでしょうが言わせてください、これは立派な不可抗力であると。
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