第22話 ゲーム大会
「雪矢さん、ホントにありがとうございます! ケーキ大切にします!」
「するな、食え」
梅雨は僕に満面の笑みを浮かべて感謝の気持ちを伝えてくる。プレゼントを喜んでくれるのは嬉しいが、生ものなので大切にはしないでください。2週間経って地獄を見ることになります。
「ふふふ、やるわねユキ君。たった5回会った程度で梅雨の評価をここまで上げるなんて、ライバルとして不足はないわ」
先程まで床と仲良くしていた氷雨さんが、立ち上がってよく分からないことを言ってきた。
なんで氷雨さんの中で僕とこの人は梅雨を取り合っている形になっているのだろうか、そんな話は1度も上がったことがないのに。
そもそも氷雨さん、僕と梅雨に結婚して欲しいんじゃなかったっけ? シスコンをこじらせすぎて理解できない方向に進んでいるような気がする。まあこの人を理解できないのはいつものことだが。
「だが私もここで引き下がるわけにはいかない、可愛い可愛い梅雨を簡単にくれてやるわけにはいかないわ」
「そうですか、なら僕は負けを認めて潔く引き下がりますね」
「……ふふ、そうね。ここで引けないのが男って生き物よね、分かっていたわ」
ダメだ、全然会話が通じない。自分の世界に入り込んで別の誰かと会話をしている。
チラッと雨竜へ視線を送るが、諦めたように首を左右に振っていた。相変わらず僕に退路という言葉は残されていないようだ。
「だったらお互いの全力を以て戦うしかないわ! 梅雨を賭けてゲーム勝負よ!!」
「ええ……」
ビシッと指差す氷雨さんは容姿さながらそれなりにキマっていたが、内容が内容だけに僕は溜息が出そうになった。
「ちなみにゲームって」
「バトファミに決まってるでしょ、今日こそユキ君に勝利するんだから」
「ですよね……」
あろうことかこの人は、1度も勝利を収めたことがないゲームで勝負を仕掛けてきた。賭けに出されている梅雨からしたら堪ったものではないはずなんだが。
ちなみにバトファミとは、『大喧嘩!バトルファミリーズ』の略称で、様々なコンテンツの主人公や主要キャラが集結したお祭り格闘対戦ゲームである。4人まで同時に楽しめるため、前回青八木家に来た際にこの兄弟と一緒に対戦したのだが、弱すぎてまったくお話にならなかった。途中でコントローラーをテーブルに置いて両人差し指だけを使ってプレーしろと言われたが、それでも3人をボコボコにしてしまった。氷雨さんにとってはかなり屈辱的だっただろうが、まさかリベンジを要請されるとは。
「この日のために私は3ヶ月バトファミに打ち込んできた。作戦だって立てた。今日こそユキ君を天下から引きずり下ろさせてもらうわ」
「成る程、1対1のガチ勝負ってことですね?」
「そんなわけないでしょ、1対3じゃなきゃユキ君と釣り合うわけないじゃない」
「…………」
情けなさ過ぎる氷雨さんの言葉を聞いて頭を抱えそうになる僕。そして2人の子分たちは、示し合わせたように僕に向けて親指を立てていた。
えっ、そういうこと? お互いの全力を以てってそういう意味なの? 1対1って意味じゃなくて?
「前回はバトルロワイヤル制だったからね、今日はチーム戦で青八木家の絆ってものを披露するわ」
「雪矢、覚悟しろよ」
「いっぱい練習しましたからね!」
いつの間にやら梅雨の隣に雨竜が移動し、青八木家VS僕の構図が出来上がっていた。なんでこの人たち、多勢側なのにこうも堂々としていられるんだろうか。少しは恥じらいというものはないのだろうか。
「そうと決まれば準備よ、雨竜手伝いなさい」
「了解」
そう言って氷雨さんはチラリと僕を見てから、玄関から見て右側にあるリビングの方へ向かっていった。雨竜もそれについていき、僕と梅雨がその場に残される。
「なあ梅雨、いいのか氷雨さんに好き放題言われてたけど」
僕は玄関で靴を脱ぎながら梅雨に話しかける。
賭けの件なんて僕が気にしなければ問題はないが、とはいえ梅雨としてもいい気はしないだろう。氷雨さんの通常運転が妹を傷つけていないか少しだけ気になった。
しかしながら梅雨は、僕の心配を理解できていないように首を傾げる。
「何か言われてましたっけ、わたし?」
あっ、もしかして賭けのことをそもそも分かっていないのか。それならわざわざ追及してやる必要はないか、梅雨がびっくりするだけだし。
……理解した上で勝っても負けてもいいと思ってるわけではないよな、さすがにな。
「それよりも勝負、楽しみですね!」
梅雨は笑みを浮かべながら、両手を胸の前で軽く握った。気合いは充分のようだ。
「おっ、僕に勝つつもりか?」
「それは勿論ですけど、わたしは正直勝敗は二の次でよくて。あっこれお姉ちゃんには内緒ですよ?」
「そうなのか?」
「はい。お姉ちゃんもお兄ちゃんも昔みたいに構ってくれなくなったから今日のために一緒にゲームできてたのがすごく嬉しくて。だから今日もわいわい楽しくできたらそれが何より幸せです」
「……そうか」
氷雨さんが梅雨に愛情を注ぐように、梅雨も自分の姉と兄をとても好いている。だから彼女からすれば、姉と兄と遊べるこういう場ができていることが嬉しくてしょうがないのだろう。末っ子らしい思考回路は僕もそれなりに微笑ましく思う。
「それもこれも雪矢さんが我が家に来てくれてから増えてますから、雪矢さんには感謝してもしきれませんね」
「そうだな、僕を褒め称えて後世まで語り継ぐといい」
「そのためにはもうちょっとウチに来る頻度を上げてほしいです」
「嫌だ、そもそもここに行こうという気持ちにならん」
「そう言って来てくれるのが雪矢さんですよね」
「気まぐれだ。僕は僕のペースでしか行かんぞ?」
「だったらわたしが雪矢さんのお家にお邪魔しますよ、いつも来てもらうの申し訳ないですし」
「そうか、地図を頼りに頑張って来てくれ」
「えっ、住所教えてくれないんですか?」
「別に来て欲しいって思ってないからな」
「むう。そんなこと言ったら意地でも行きますからね?」
「期待しないで待ってるよ」
「ちょっとあなたたち、イチャイチャしてないで早く来なさい!」
ちょうどいいタイミングで氷雨さんからお声がかかった。イチャイチャなどしていないが、否定するのも面倒なのでスルーする。僕たちもリビングへ向かった。
「雪矢さん、一緒に楽しみましょうね!」
「ああ、お前とは別のベクトルでな」
「はい?」
さてと、今日も今日とて3人をボコボコにしてやるか。
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