第25話 帰り道で

青八木家への訪問を終えた翌日以降、2年の中では球技大会に向けての動きが少しだけ活発になっていた。


部活を終えた後の利用もそうだが、昼休みにも食事を早く終わらせるなどして体育館で練習を始めているらしい。男女が仲良く練習している光景を見ると、男女で同じ球技になったのはそれなりに青春に繋がっているようだ。


雨竜もクラスメートからバスケを教えてくれと引っ張りだこのため、昼食は1人で摂っている。こうして久方ぶりに平穏の素晴らしさを実感していると、一生球技大会の日が来ないで欲しいと思う。


しかしながら、なんで今みたいに僕の周りは騒がしくなってしまったのか。

1年の1学期までは今日みたいに落ち着いて生活ができていたのに、全ては2学期に入って雨竜に絡まれ始めてからである。


まあ過ぎてしまったことを今更とやかく言ってもしょうがない。もしかしたら雨竜も球技大会を機に別の友人と昼を共にするようになるかもしれない。その可能性に賭けながら与えられている平穏を楽しもうじゃないか。


「雪矢、お前って部活の後体育館に」

「行くわけないだろ」

「だよな、じゃあまた来週か」

「地球が平和だったらな」

「いったい何が起こるんだろうな」


終礼が終わり、雨竜と軽く未来を危惧してから教室を出る。

紙飛行機のブームを終えた僕は現在、ペットボトルロケットへ強く思いを馳せているが、この間体育館前の自販機でペットボトルの空を漁っていたら清掃員のおじさんに強く叱られてしまった。


確かに捨てられたものを漁るのは良くないと反省し、ジュースを飲み終わった人へ片っ端から声をかけていたのだが、重度な変態だと勘違いされてしまった。別に間接キスが狙いなわけじゃないとしっかり説明しているのだが理解はまったく得られない、ペットボトルロケットの道はこんなにも険しかったのか。


そういう意味で今は自粛中。話を聞きつけた雨竜に爆笑されたのがとても鼻についたので行動には起こさない。大人しく図書室でイノシシの子分を引き連れた怪盗キツネの本でも読んでいよう。児童書は僕のインスピレーションを刺激するのに役に立つ、今日も今日とて何か吸収してやろうじゃないか。



―*―



そもそもこの学校、なんで児童書が置いてあるんだろうという疑問を抱いたところで、時計は部活終了15分前を指していた。これくらいなら普通に帰っても文句は言われないだろう、僕はカバンを持って学校を後にする。


電車に揺られながら、僕の頭は芋版で占められていた。あれって簡単に作れるんだろうか、細かい作業が多くて大変そうだが僕だけのオリジナル芋版を作ってみたい。風情があるし種類も増やせば凄く楽しそうだ。


数分後に電車を下り、人で溢れる駅の構内を歩きながら次なるホームへ向かう。いつもの場所で7分に1回程度でくる電車を待っていると、一昨日見たばかりのセミロングヘアーと制服姿が目に入った。



「あれ、雪矢さん?」



向こうも僕に気付いたようで、顔を綻ばせると懐きに懐いた犬のように駆け寄ってきた。

雨竜の妹である、青八木梅雨である。


「偶然ですね! 駅で会ったのって初めてじゃないですか!?」

「だな」


梅雨が驚くのも無理はない。僕と雨竜の帰る方向が同じということは、梅雨とも最後は同じ電車を利用することになる。

だがしかし、このホームで梅雨と会ったのは初めてだ。それだけ下校時間が違っていたのだろうが、僕は普段とほぼ変わらないタイミングで帰宅している。ルーティンを崩したのは梅雨の方だろう。


「随分帰りが遅いが、学校で何かあったのか?」


陽嶺高校は部活の時間がそれなりに長いため、帰る時間は必然的に遅くなる。その僕らとほとんど同じ時間ということは、学校の行事か何かだろうか。


そう思い梅雨に尋ねてみたが、梅雨は思った以上に返答しづらそうに髪を弄った。触れて欲しくない話題だったのかもしれない。


「答えたくないなら無理には聞かんぞ」

「いえ! 進路のことで先生と話してたんですが長引いちゃって」

「進路? もう大学のこと考えてるのか?」


梅雨の通う学校は中高一貫の女子校だったはず。進路というなら大学についてということになりそうだが、中学三年生の梅雨には少し早すぎるんじゃないのか。


「いえいえ、進路というのは高校についてです」

「高校?」

「わたし、別の学校を受験したいと思ってて」

「……成る程」


思った以上に繊細そうな話で、僕は1度短く切ってから言葉を選ぶ。中高一貫校なのに高校を変えたいって、随分な選択だぞ。


「なんだ、その、あんまり上手くいってないのか」

「えっ?」

「いや、学校生活に不満があるというか」

「あっ、違います! 学校は好きですよ、友達もいますし先生方とも仲良くやってますし」


僕の心配を察したのか、慌てて言葉を紡ぎ始める梅雨。

どうやらネガティブな要因での決断ではないらしい。それなら言葉を選ぶ必要はないか。


「じゃあどうして学校変えたいんだ、今のままでも楽しいんだろ?」


そう言うと同時に、構内のアナウンスが流れ始める。どうやらそろそろ電車が到着するようだ。



「なんとなくですけど、今の楽しさが頭打ちのような気がするんです」

「頭打ち?」

「はい。そのまま高校に上がっても、今みたいな楽しい学校生活が待ってない気がして」



話を聞きながら、随分とふわふわしたことを言っていると思う僕。こんな感覚だけの話で、先生と長いこと話せるだろうか。具体的に思うことがあるんじゃないのだろうか。



「梅雨、何かまだ隠してないか?」



僕の問いに、梅雨はあからさまに目が泳いだ。図星と言わんばかりの仕草を自覚したのか、梅雨は照れ臭そうにはにかんだ。



「あはは、雪矢さんには隠し事できないですね」

「お前が分かりやすすぎるだけだけどな」

「ホントは問題整理するまでは隠しときたかったんですが、ここまで知られたらどっちでもよくなっちゃいました」



そこで電車が到着。降りてくる人を待ってから僕と梅雨は電車に乗った。あまり人のいない車内で向き合うように立つ僕と梅雨。




「わたし、お兄ちゃんと雪矢さんのいる学校に行きたいと思ってるんです」




電車のドアが閉まると同時に、梅雨は口角を上げて秘密を打ち明けた。

先ほど言っていた別の学校というのは陽嶺高校のことだったのか。確かに、入学式まで隠し通されたらいくら僕でもびっくりするだろうな。



「わたしとお兄ちゃんって、あんまり自分で自分のこと決めたことなくて。お姉ちゃんが好き勝手やってるせいもあるけど、わたしたちもそこまで主体性があったわけじゃなく、学校もお母さんの母校という理由で選びました」



それは、一昨日雨竜に聞いた話とよく似ていた。

自分の道を迷いなく進む氷雨さんは父と喧嘩することが多く、雨竜は自分の意見を出さずに生活することが多かったと。今の話を聞くと梅雨も同様で、学校も自分の意思で決めたわけではない。


しかし梅雨は、そんな今を変えたいと思っている。



「でもわたし、このままじゃダメだと思うんです。お父さんのご機嫌取りばっかりしてたら、本当にしたいことができないまま終わってしまう気がして。だから、お姉ちゃんや雪矢さんを見習って陽嶺高校に行きたいって言います。自分のこと、自分で決めて進みたいから」

「……そうか」



僕を見る梅雨の瞳は、確固たる意志を内包しているように思えた。空気を読むことを止め、自分の気持ちを優先すると決めたのだ。


カッコいいじゃないか、雨竜にも見せたい決意表明だった。その気持ちが正しいかどうかは別として、ずっと顔色を窺ってきた父と向き合うのはいいことかもしれない。


「いつ話すんだ?」

「お父さんが時間取れるときですかね、忙しい人なので。来週のどこかで話せればいいですけど」

「頑張れよ、そんなことしか言ってやれんが」


僕は吊革を掴んでいない手で、梅雨の頭を撫でてやった。

兄的立場としてのエールのつもりだったが、梅雨は少し目を見開くとやがて目を細めて「えへへ」と笑った。


「雪矢さん、1つだけお願いいいですか?」

「内容によっては却下するが、なんだ?」

「うまくいったら、もう一度頭を撫でてください」


拍子抜けするほど簡単なお願いに、僕は思わず笑ってしまいそうになる。どうやら梅雨は、頭を撫でられるのが気に入ったようだ。



「まっ、うまくいったらな?」

「約束ですからね? 後から却下は無しですよ?」

「そんなに撫でてほしけりゃ雨竜に頼めよ」

「えー、だってお兄ちゃんのじゃ有り難みがないですもん」

「なんだそりゃ」



そんな風に梅雨が電車から降りるまで、僕らはバカみたいな会話を続けているのだった。

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