第17話 青八木さんのお家
雨竜から青八木家出向の宣告を受けた翌日、僕と雨竜は放課後が終わると同時に下校を開始した。
部活入部が必須であるウチの学校では原則部活終了時間まで校内にいることが義務づけられているが、部活動にそこまで力を入れているわけでもないので、受験勉強のため部活を辞めた3年に紛れて帰宅することは案外簡単なのである。
「お前、部活サボっていいのかよ?」
往生際の悪い僕は、何とか逃走手段を考えるべく雨竜に話しかける。バスケ部の絶対的エースが練習に来ないのは部内のモチベーションに関わるのではないだろうか。
「別にいいだろ、インハイ予選も負けたしな」
「はっ!? お前負けたのか!?」
雨竜があっさりと告げるものだから、僕の方が驚いてしまった。
昨年のインターハイ予選では、スーパールーキーの雨竜の加入により、しがない弱小校がブロックベスト4まで進んだと聞いていた。
それが既に負けたとなれば、さすがの僕も耳を疑ってしまう。
「スーパーシード漏れした強豪校と2回戦で当たってな、そりゃマークがキツかったキツかった。結構競ったけど5点差で負けちまったよ」
「5点なら充分健闘だが、随分お前のこと研究されてたんだな」
「去年はっちゃけ過ぎたから仕方ない。まあ本来のウチのレベルならこんなもんだろ」
「意外とあっさりしてんな、悔しくないのか?」
「そりゃ悔しいけど引きずっててもしょうがないだろ。本気で勝ちたきゃここに来てねえし」
「それもそうか」
雨竜と一緒に電車に乗り、語らいながら帰宅する。都度都度女性からの視線を集める雨竜を見て、校内だけでなく一般的に見ても容姿が整っているのだと再認識した。
「あれ? ってことはもう3年生は引退したのか?」
「ほとんど引退したけど、たまに身体が動かしたいのか練習に来る先輩ならいるぞ」
「ちゃんと言ってやれよ、部活しないで受験勉強しろって」
「言ってやりたいけど部員が減ってやりづらい部分はあるし、来てくれて正直助かってるんだよ」
「よし。なら練習中に問題出して、分からなかったらペナルティで走らせようぜ」
「そんなことするくらいなら部活に来るなって言う方がよっぽど楽だわ」
雨竜は呆れたように僕の提案を否定する。
いやいや、身体動かしながらの方が知識の吸収って早いんだぞ。勉強サボって部活来るような相手なんだから、むしろそうしてあげた方が立派な先輩孝行だと思うけどな。
そうこう会話を続けるうちに、青八木家最寄りの駅へと到着する。3ヶ月ほど前の記憶ではここから7,8分歩いたところにコイツの家がある、何だか憂鬱になってきた。
「まあそんなに気落ちするな、前回に比べれば今回は可愛いものだって」
「じゃあ訊くが、お前は自分の姉が前よりスケールダウンすることを仕掛けてくると思うか?」
「…………」
「黙るなよ!! 不安になるじゃないか!?」
コイツは本当に僕を慰める気があるのだろうか、余計な問答のせいでますますテンションが下がってきたんだが。
「ちょっと待て、向かう前にコンビニに寄らせてくれ」
「おい、ここまで来て時間稼ぎしてるんじゃないだろうな」
「アホ、お前が言ったんだろ。姉さんが2つ僕に要求していることがあるって」
「あっ、そういえばそうだった」
僕は昨日、珍しく雨竜と帰宅した際、来るなら雨竜の姉さんこと
ちなみにその内容は具体的に挙げられておらず、こちらで考えて提示しなければいけないという雲を掴むような話になっている。
しかしながら、1つは見当がついていた。去年の12月、3度目の青八木家連行事件の際、氷雨さんが12月に誕生日だと知らされていた。当然プレゼントなど用意してなかったが、氷雨さんもそれを怒ることはなかった、だってその時に伝えられたわけだしな。
だが3月、4度目の青八木家連行事件の際、僕は誕生日プレゼント用意して来なかったことで氷雨さんに酷い目に遭わされた。まさか3ヶ月後にプレゼントを要求されるとは思わなかったので完全に見落としていたが、その件もあって今回は事前に準備することができる。酔うまでVRの刑など2度と味わいたくはない。
でも、2つ目の要求は見当がつかなかった。前回の訪問で氷雨さんが怒ってたのはこの件だけだし、思い当たる節はない。とはいえ無茶苦茶なことを言う人ではないので、きっと考えればしっくりくる何かがあるはずなのだ。
僕は昨日、男子更衣室で雨竜に言われたことを思い出す。
『じゃあ明日の放課後、部活サボって俺ん家直行な。楽しみに待ってるらしいから――――姉さんと妹が』
――――あっ、そういうことか。
氷雨さんに拘ってたから分からなかったけど、ちゃんと雨竜の言葉にヒントは残されていたじゃないか。
僕は2つ目の要求に答えを出し、その準備を進めていく。違ったら何も教えてくれない雨竜を生け贄に進呈しよう、1人だけ安全地帯に逃れやがって許さんぞ。
「おっ、いろいろ買ったな」
「ご機嫌取らないと何されるか分からんからな」
「……いや、これで姉さんの機嫌取るのか?」
「絶対イケる、3回会ったことがある僕が言うんだから間違いない」
「16年以上一緒にいる俺はこんなに不安なんだけどな」
雨竜の呟きを無視して駅前のコンビニから出発した僕らは、今度こそ青八木家へ足を進める。
コンビニで装備道具を購入した僕に今や怖いものはない、堂々とした態度で向かってやろうじゃないか。
そして5分後、閑静な住宅街に、一際目立つ大きな建物が僕の視界に入り込んできた。
隣の家の4倍近くの敷地を保持し、前面には自動車置き場と石ブロックの壁が展開されている。その間にある鉄門を抜けると芝生の庭があり、その先には、この辺りの地主でも名乗るかのごとく立派な豪邸がそびえ立っていた。
いつ見ても恐ろしい、青八木さんのお家である。
「どうした雪矢、ボーッと立ってないで入るぞ」
声を掛けられ、正面の鉄扉を開ける雨竜に着いていく僕。1人になった瞬間にどこかに隠れているSPに捉えられそうでバクバク心臓が跳ねる、とてもじゃないが雨竜の側から離れられない。
僕はガーデニングが施されている庭に少しだけ癒やされながら、住居の入り口前に辿り着いた。
玄関の扉を見て、僕は思わず喉を鳴らす。雨竜は昨日、玄関を改装したと言っていた。氷雨さんが何かを仕掛けているならいきなり何かが起こるはず、警戒を怠るわけにはいかない。
「雨竜どうした、入らないのか?」
緊張に身を固くしてしまう僕だが、それ以前に、前に立つ雨竜がスマホを弄るばかりでなかなか中に入ろうとしない。どうしたんだ急に。
と思いきや、「成る程」と小さく呟いてから雨竜は、僕に道を譲るように横へ移動した。
「……何の真似だ雨竜?」
嫌な予感を覚えながら雨竜へ尋ねると、その予感を肯定するかの如く雨竜は爽やかな笑みを浮かべた。
「姉さんから。鍵開いてるからユキ君1人で入ってこいって」
それはもうまったく容赦のない死刑宣告であった。
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