第18話 大層なお出迎え
こうなってしまえば前に進む他ない。氷雨さんの命令となれば、雨竜はテコでも動かないからである。小さい頃から植え付けられている本能が姉に逆らうなと言っているらしい、どんな家庭事情なんだ。
僕は1度深呼吸してから玄関のドアの前に立つ。クリスチャンではないが、右手で十字を2回切る。なんとなく、神様が僕を救ってくれそうな気がした。
いざ旅立たんとドアの取っ手を触った瞬間、ビリリと指先に衝撃が走った。反射的に手を放したものの、僕の頭の中はパニックを引き起こしていた。
「おい雨竜! 電気だ! 電気による攻撃を受けているぞ!!」
一瞬で勢いを削がれた僕は、後ろで腕を組んで佇む雨竜に追いすがった。
「落ち着け雪矢、ただの静電気だろ」
「そんなわけあるか! なんでこんなジメジメした季節に静電気が発生するんだよ!?」
「お前が何度も手を拭くから乾いたんだろ」
「それだけで静電気が起こるわけがない! これは氷雨さんが予めスタンガンか何かで取っ手に電気を溜めていたんだ! だから雨竜ではなく僕を先に立たせて……これが姉弟の絆ってわけか……!」
「意味が分からない上にさらっとひとの姉を極悪人扱いするな、そんなことするわけないだろが」
「なあ雨竜、一緒に来てくれよ。このままじゃ僕、感電死しちまうよ……!」
「ホントに落ち着け。なんかお前可愛くなってるぞ?」
「可愛いわけあるか!! 僕は男だぞ!?」
「そうだな、男なら1人で取っ手くらい引けるよな?」
「当たり前だ! 後ろで僕の勇姿を目に焼き付けておけ!!」
「いってらっしゃーい」
雨竜の物言いに腹を立てた僕は、再度扉の前に立ち取っ手へと手を伸ばした。
しばらく待ったが反応は特になし、電気も流れてこない、僕は些か拍子抜けした。
ははは、なんだ余裕じゃないか。電気ごときで僕が遅れを取ると思ったのか、考えが甘すぎて糖尿病になってしまうじゃないか。
「見ろ雨竜、僕は取っ手を握っているぞ!」
「そこまで誇らしげに取っ手を握る奴って初めて見たな……」
なんだか憐憫に満ちた視線を送ってくる雨竜。どうやら僕が達成した偉業を理解できていないらしい、可哀想な奴め。
ここまで来れば中に入って氷雨さんの仕掛けを体感するだけである。まあそれが何より嫌だったわけであるが、今の気持ちのままならあっさりクリアできてしまうかもしれない。
僕は取っ手を引いて扉を開けた。子ども部屋が2つは入りそうな広めの玄関は、何故か非常に暗かった。光源は僕が開けている扉のみで、閉めれば視界は闇に覆われてしまうだろう。壁紙を変えたのかロールカーテンでも敷き詰めているのか、玄関を改装したというのは本当のようだ。
僕はゆっくりと玄関の扉を閉めていく。ここまで暗くしたということは、暗くなってから何かが始まるということに他ならない。ならば甘んじて受け入れるしかあるまい、氷雨さんから逃れる方法はないのだから。
扉が閉まる。想定した通り、視界が闇に包まれる。音も聞こえないため、何だか別世界に隔離されたような感覚がしてきた。一体これから何が起こるんだろうか。
そう思った矢先、天井からもの悲しげな音楽が流れ始めた。電子音のような音質のせいか、やけにぞくぞくと背筋を走っていくものがある。
刹那、目の前に夜の山道が映し出された。漆黒の景色に僅かに浮かび上がる森の木と、終点が見えないトンネル。正面と両脇の3面にその映像が映し出され、あたかもその場にいるような錯覚を覚えた。これはまさか、プロジェクションマッピングというやつか。
音楽に石を踏む音が混じり、視界は徐々にトンネルで占められていく。そして数秒後、完全にトンネルの中へ入っていった。音楽がゆったりしたものから焦燥を掻き立てるスピード感のあるものへ変わっていく。それと同時に、水がポチャポチャ言う音が定期的に聞こえてきた。トンネルのどこかから水が漏れているのだろうか。
10秒ほど進んだところでだろうか、唐突にトンネル内が黄色く光り、すぐ消えた。どうやら1つだけナトリウム灯が生きており、点いては消えを繰り返しているようだ。真っ暗闇を歩くよりはよっぽどいい。僕は歩行者になりきり再度灯りが点くのを待った。
「えっ?」
その時だった。一瞬開けた視界の先に、白装束に身を包んだ髪の長い人間が立っていた。さっきまでは何もいなかったはずの空間に、確実に何かが立っていた。
歩行者の歩みが止まる。当然だ、得体の知れない何かがいるかもしれないのに、前に進むなんてできるはずがない。もはや完全に歩行者と同化した僕は、中腰になって警戒を強めた。
しかしながら、次の灯りが点ったときには、目の先には何も居なかった。オカルト系の定番ではあるが、歩行者はそれで安心したのかまた前へ進んでいく。その後何度か点灯したが、白装束の人間は現れない。後ろを振り返る仕草をしたが、そこにも何もいない。
まさかそのままトンネルを抜けて終了ではないだろうなと思った瞬間、僕は違和感に気付いた。
――――水の滴る音の間隔が、前より短くなっている。ゆっくりと雨漏れを示すかのように響いていた音が、やけに耳へ伝わってくる。違う、確かに音が大きくなっている。
歩行者の足が再度止まる。音の正体を探ろうと耳を澄ませたすぐ後、一筋の滴が映像に貼り付いた。歩行者が慌てて左右を見る挙動をして、水が歩行者についた演出なのだと理解した。
そしてもう一筋、画面に水滴がつく。歩行者は、恐る恐るといった様子で視線を真上に上げた。
「おわっ!!?」
そのタイミングでナトリウム灯が光り、天井に張り付いていた白装束の人間が歩行者目掛けて落ちてきた。恐ろしい形相の顔が近付いてきて、僕は逃げるように身体を動かし、転けてしまった。
水滴の正体はどうやら白装束の人間のよだれだったようだ、トンネルの中心部まで誘い込み食べるつもりだったのだろう。最後に仰々しい音楽とボリボリという骨を砕くような音が流れ、映像は終了した。
「…………」
床に尻餅をついたまま、僕は動けなかった。僕はオカルトなど信じていないが、急に現われて驚かすようなものは苦手だ。というか得意な奴がいたらこの場に呼んできてほしい。
ビビった、めちゃめちゃ怖かった。映像も音楽も凄かったが、上を見た瞬間に人が落ちてきてアップになるところは衝撃的すぎた。思わず避けようとしてしまったのがその迫力の凄さを物語っている。どうしよう、あれ絶対夢に出てくるぞそのうち。
少し冷静になって、僕は思った。なんだこれは。他人様の家を訪れて、恐ろしい映像を見せられて尻餅ついて、一体何なんだこれは。
そう思ってすぐ、玄関の照明がパパパッと点灯した。呆然としたまま両手を床についていると、左側の方にある扉から1つの影が飛び出した。
雨竜と同色の黄み掛かった茶髪を携えた女性。首元まで伸びたそれは顔の方にウェーブが掛かっていた。
神代晴華ばりの抜群の美貌とスタイルを兼ね揃えたその女性は、僕を見下ろして満足そうに微笑んだ。
「ごきげんようユキ君、今日も相変わらず滑稽ね」
初っ端から無茶苦茶な挨拶を噛ますこの人こそが、雨竜が絶対に敵わない相手だと豪語する青八木家の長女、青八木氷雨さんである。
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