第16話 雨竜の頼み事

「てか何だ? 僕に用なのか?」


新たな決意と新たな願いを胸に刻み込んだ僕は、雨竜がここに来た理由を訊いてみた。あんな近寄りがたい空間にわざわざ突っ込んできたんだ、さぞ重要な用件なのだろうよ。


「いやいや~、まさか雪矢君がこんな時間まで残ってるとは思わなかったからさぁ、たまには一緒に帰ろうと思ったわけなんですよ、あはは」

「……」


なんだこの気味が悪すぎる砕けきった口調は。

君付けがキモいし丁寧語が謎だし最後のあははで鳥肌が立った、イケメンでなければ確実に警察が動き出しているレベルだ。やばいぞこれ、確実に何か企んでやがる。


「えっ、何だって?」

「いや、それは無理があるだろ。耳かき1時間してやろうか?」

「その権利を200円で売ってくれないか、女子に500円で売りつけるから」

「そんなの誰が買うんだよ。じゃなくて一緒に帰ろうって言ってんだよ」

「ちっ」


難聴からのビジネス大作戦でその場を乗り切ろうとしたが、残念ながら話を戻されてしまった。

後雨竜、おまえの耳かき券は販売した瞬間に売り切れるから。オークションに出したら20倍の値段はつくから、よく覚えとけ。


「別にいいだろ、同じ方向だし。別々に帰る方が不思議だろ」


雨竜の言うとおり、僕と雨竜は帰る方向がまったく同じである。僕の方が3駅下りへ進むというだけでそこまでは一緒、時間が合うなら一緒に帰っても不自然ではないだろう。


「ほらほら行こうぜ、学校もすぐ閉まるし。あっ、ジュース奢ってやろうか? 日頃の感謝もあるしな~」


だが僕の全神経が雨竜に気を許すなと警笛を鳴らし続けている。

今までジュースを奢ってもらったことなどないし、日頃の感謝なんて伝えられたこともない。こんなにあからさまな危険信号がどこにあるというのか、コイツってこんなに小芝居下手くそだったか。何かあるのがバレバレなんだが。



「おい、いい加減吐け。何が狙いだ?」



雨竜と一緒に男子更衣室に来た僕は、着替えを始める雨竜に早速質問した。こんな大根も真っ青な演技をずっと聞いてたらアホになりそうだ。



「おっ、おっおっ? 気になる気になっちゃう? お前がそこまで気になるって言うなら話してやらないとな~」



雨竜の狙い通りと言わんばかりの笑みを見て、僕は自分の失態に遅ればせながら気付いてしまう。

しまった、コイツ僕が質問するのをずっと待ってたな。だからあんなに露骨過ぎる態度を披露してたのか、謀られた。


「まあそうだな、端的に結論を紡いでもいいが、経緯を聞いてお前がいつ気付くかを確認するのも面白そうだ」

「何勿体つけてるんだ、さっさと話せ」

「それもそうだ。雪矢君なら優しい心で何でも聞いてくれそうだしな」


なかなか話を開始せずに焦らす雨竜だったが、制服に着替え終わるとようやく頭がおかしくなっている理由を話してくれるようだ。

気持ちの悪い前振りをされているが、そこは僕が折れなければ問題ない。ふざけたことなら堂々と断ってささっとおさらばしてやろうじゃないか。




「実はな、昨日家の玄関の改装が終わったんだ」




何故か唐突に、自分の家の事情を語り始める雨竜。深く追及をしなければ、ただの世間話程度にしか思わないだろう。


――――だが僕は気付いてしまった。思い出したという方が正しいかもしれない。むしろ何故今までその可能性を考慮できていなかったのか、自分でも不思議なくらいだった。



「4日前から始まってたんだけどそれが」

「断る」

「おーおー、さすが雪矢君。もう気付いた上で了承いただけない感じか」

「当たり前だ、そう何度も実験台にされてたまるか」

「分かる分かる。ちょっと前までは俺がその立場だったからな。だから俺はお前を逃がすわけにはいかないんだよ」



そう言うと、雨竜は僕の耳元に顔を寄せた。



「雪矢君や、君は俺に借りがあったよな?」



そう告げて僕から離れた雨竜は、女子を容易に悩殺できそうな満面の笑みを浮かべていた。

僕はいろんな意味で背筋がぞくりとする。



「な、何のことだ?」

「すっとぼけたって無駄だぞ? ちょっと前の休日に俺をデートに誘ったのはお前だったよな?」

「…………」

「その時にしっかりこれは貸しだって言ったはずだが、まさか天下の雪矢君がそれを反故にしようってことはないよなぁ?」

「ぐ、ぐぬぬ……!」



や、やられた……!

確かに僕は桐田朱里とのデートのために、雨竜トレース大作戦の一環としてこの男とデートを行っていた。その際にこれは貸しだと言われていたのは覚えているが、その時以降何も音沙汰がないからてっきり忘れてくれたものだと思っていた。



「まさかお前、この時に備えてずっと貯めてたのか?」

「当たり前だろ、そろそろ来るだろうと思ったらちょうど部活前にラインが来てたからな。何故かお前が体育館にいたし、善は急げというやつだ」

「……ちなみに聞くが、ご指名か?」

「ご指名ご指名、俺に興味がなくなってくれて助かったよ、ははは」

「はははじゃねえよ畜生め」



雨竜は僕が逃げられないと知って上機嫌になったのか、楽しげに僕の背中をバンバン叩く。

ダメだこりゃ、どちらにせよ逃げられそうにない。逃げようものなら、雨竜を使ってそれ以上に追い込んでくるに違いない。僕は覚悟の溜息をつく他なかった。



「よしよし、雪矢君が前向きに承諾してくれたみたいで俺は嬉しいよ」

「この野郎……人の弱みにつけ込んでずけずけと……」

「まあまあ、別にお前を苛めたいわけじゃないんだから。結果そうなるだけで」

「結果そうなるなら一緒なんだよ!!」



僕は思わず額に手を当てて項垂れる。はあ、とてもじゃないが前向きに生きていけない。せっかく名取真宵と蘭童殿の会話地獄から抜け出したというのに、どうして自ら死地に向かわなければならんのだ。


そんな哀しみに暮れる僕を見て雨竜は、嬉しそうに言葉を紡いだ。




「じゃあ明日の放課後、部活サボって俺ん家直行な。楽しみに待ってるらしいから――――姉さんと妹が」



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