第15話 以心伝心
その後僕は、少しばかり冷静になった2人から、和解の際に雨竜を巡るライバル宣言をしたことを聞かされた。名取真宵が言い放ち、蘭童殿がそれを受け入れたという。
非常によろしい話である。出遅れた名取真宵が必死に雨竜との距離を詰めようとして、蘭童殿はさらに頑張ろうと取り組む。それの繰り返し。お互いがお互いの全力を引き出し合い、雨竜獲得に向けてひたすら邁進する。僕にとってはこれ以上ない理想の展開だ。
にも関わらず、目の前で繰り広げられていたのは楽しげで恐ろしげなラリーの応酬。ライバルを意識するあまり、低レベルな煽り合いに発展してしまった。そんなことをする暇があったら、雨竜へアピールの1つでもしてほしいものだ。
そして今行われているのは、『どっちの相談を先に訊く』というこれまたホントにどうでもいい言い争いだった。
「ちびっこちゃん? あんた順番って分かる? 先にあたしが声を掛けたんだからあたしが優先されるべきでしょ?」
「それはおかしいですよ校則違反先輩、相談した順番なら私の方が先ですもん。新参者は古参に席を譲って1度出直してはいかがですか?」
「たかだか1、2週間相談が早かっただけでよく古参を名乗れるものね、即座に老害扱いされる日が目に浮かぶんだけど」
「いやいや、先輩より若い私が老害だなんて、それなら先輩この世に存在できませんよ~?」
「あっはっは、喧嘩売ってる~?」
「えっへっへ、先輩こそ~」
もうダメだ。何度矯正しようとも2人の煽り合いは決して直らない。笑顔の2人がどす黒いオーラをまとって向き合う姿は、とてもじゃないが小さな子どもたちには見せられないだろう。だって教育上よろしくないんだもん。
「だから、どっちの話もちゃんと聞くって」
「「あんた(先輩)は黙ってて(ください)!」」
「ええ……」
そして哀しい僕の扱い。おかしいよね、相談したい相手にする態度じゃありませんよね?
「だいたいあんたがどっちの話を先に訊くかはっきりしないのが悪いんでしょうが」
「はああああああああ?」
名取真宵のふざけた言い分に、僕は心の底から呆れた声を漏らした。
おいおい貴様ら、僕がそんな優柔不断な態度を取ると思っているのか?
言ったよな僕は、なら先に蘭童殿の話を聞くって言ったよな? そしたらお前、なんて言ったか覚えてるか?
『ホントロリコンキモい、キモすぎて吐き気がするわ』
お前が事実無根の極大呪文を放つから、じゃあお前から話を聞いてもいいって優しさに溢れた提案をしてやったんだぞ?
『所詮は胸ですか……貧乳に生きる価値はないですか……そうですか……』
どうしろって言うんだよ!!?
どう考えたって僕は悪くないだろ、そこまで愚痴垂れるなら自分たちで解決しろや!!
と言って突き放したものの、未だ解決する見込みがまるでない。このまま解決を待ったらあっと言う間に日付が変わる。夕食までに僕が帰らなきゃ父さんが絶対に心配する、それだけは絶対にあってはならないことである。
「あたしが最初!!」
「私が最初です!!」
「絶対に譲らないわよ!?」
「私だって負けません!!」
だがしかし、とても2人が僕の話を聞いてくれるとは思えない。そんなに最初が大事なのか、何をそこまで固執しているのかまったく分からん。話を聞くのは一緒なんだから、後先なんてどっちでもいいじゃないか。むしろ僕なら後を選ぶぞ、先の相談内容を聞き出すことだってできるわけだし。
最悪連続チョップを噛まして2人を屈服させる他ないと思っていると、
「えーっと、お忙しいところ悪いんだけどさ」
すごくバツが悪そうに名取真宵と蘭童殿の間に割って入る男がいた。
そして魔法にでもかかったかのように2人の言い合いが止まる。さすがは陽嶺高校の生きる伝説(適当)、よくぞこの場に現われてくれた。
「2人の用が終わってからでいいんだけど雪矢貸してくれない? ちょいと話があって」
男子バスケ部の次期部長と名高い男青八木雨竜が、申し訳なさそうな表情を浮かべてそう言った。
おいテメエ、何譲歩してんだ。そんなこと言ったらこの争いは終わらないだろ、さっさと僕を連れ出して逃げろ。じゃなきゃお前も今夜は体育館だぞ。
雨竜の腰抜けっぷりにひどく落胆してしまう僕。いったいどうすればこの状況を改善できるというのか。
「えっ、いいですよ、青八木先輩に貸して。私たちもう帰りますので」
「そうそう、ちょっとコイツの前で話してただけだから」
「そ、そう?」
ええええええええええええええええ!!?
何その一致団結ぶり!? あんなに最初にこだわってたじゃん、さっきまでの言い争いは何だったの!?
「それじゃあ先輩、また今度!」
「声かけるからちゃんと話聞きなさいよ」
しかしながら、本当に2人はこの場を離れ、それぞれ帰り支度を始めてしまった。
そして取り残される僕と雨竜。
「……すまん、なんかまずったか?」
「いや、完璧なタイミングだった」
帰れなくなるかもという不安からは解放されたものの、僕はまったく腑に落ちなかった。
雨竜が来たというだけで全てが解決してしまった事実に、僕は半端なく辟易しているのである。
「雨竜、僕に謝れ」
「唐突だな、やっぱ邪魔したこと怒ってんのか?」
「完璧なタイミングだったって言っただろうが」
「じゃあ俺は何を謝るんだよ」
「完璧星人として生まれてきたことをだ」
「ありがとう、父さん母さん」
「ぼ、く、に、あ、や、ま、れ!!」
畜生!! 僕だって今度は2人をうまく懐柔してやるからな!?
でもできれば今度は来ないでください! 切に願います!!
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