第3話 球技決め

「お前ホントいい加減にしろよな」


話の食い違いを修正した雨竜は、どこかげっそりとした様子で大きく溜息をついた。


「なんでだよ、僕は悪くないじゃないか」

「100%お前の過失だ、どこの世界に父親孝行をパパ活って略す奴がいるんだよ」

「世界の中心たる僕だ。だいたいパパ活という造語があったなんて知らん」

「テレビでもニュースになってたと思うんだけどな」

「知らんものは知らん、僕のパパ活こそパパ活だ」

「はあ、まあいいけどさ。とりあえずお前の父親愛がすごいってことは分かった」


雨竜が心底意外そうに腕を組むのを見て、僕は思わず眉を顰めた。


「いやいや、別にそれくらい普通だろ?」

「普通ではないだろ。俺ん家も別に仲は悪くないけど、特筆して良いわけでもないし」

「そうなのか?」

「一緒に居る時間自体が少ないからな、仲良くするタイミングもそんなにないんだよ」

「そういうもんか」


雨竜の家庭事情を聞いて、そもそもウチの家庭が特殊であることを思い出す僕。父さんとはすこぶる仲が良いけど、母さんとは絶縁レベルで仲が悪いしな。向こうは僕に関心がないだけかもしれないが。


「しかし朝から疲れたな、これから大事な決めごとがあるっていうのに」


雨竜は両手を真上に伸ばして身体を左右に動かすと、愚痴混じりにそんなことを言った。


「大事な決めごと?」

「昨日の終礼で先生が言ってたと思うんだけど、聞いてたよな?」


昨日の終礼か、そういえばよく飛ぶ紙飛行機製作のために折り紙に勤しんでいた気がする。何が言いたいかと言うと何も聞いてないですはい。


「球技大会の種目を朝礼で決めたいから1日考えとけって言われたんだが、その顔は何も覚えてなさそうだな」

「球技大会? 別に大事でも何でもないじゃないか」


勿体つけて言うから何事かと思ったら、ただの学校の小行事じゃないか。それよりも紙飛行機がどうやったら上手に飛ぶか皆で議論した方が建設的だ。ちなみに僕は昇降舵というものに懐疑的なんだが、あれをつけたら本当に上手く飛ぶのだろうか。


「お前さ、もうちょっと学校行事にやる気出せよ。去年はちゃんと参加してただろ?」

「いや、僕は左腕折ってたからサボってたぞ」

「ああ、そういえばそうだったな。あの時のお前カゲ薄かったからピンとこないけど」


別に今もカゲが濃いつもりはないぞ? お前が僕に絡んでこなければもっとひっそり平穏な生活を過ごせているはずだ。


「ちなみに去年は何だったんだ?」

「男子がバスケで女子はバレーだな」


そういえば桐田朱里が雨竜のバスケ姿を見て惚れた腫れたと添削する前の手紙に書いていたのを思い出す。じゃあ今年はバスケ以外の競技になるのか。


「球技の候補って何あんの?」

「言われてるのはサッカー、ソフトボール、バスケ、バレーボール、セパタクローの5つだな」

「せ、セパタクロー?」


普段聞き慣れない言葉を耳にし、僕の頭は少しだけ混乱した。

セパタクローってバレーボールを足でやるスポーツだよな、このラインナップに入ってると違和感が凄まじいな。というか普通にサッカーやるより難しそうなんだけど試合になるのかこれ。


「ちなみにセパタクローは25年近く選ばれた記録がない名誉選択肢らしいぞ」


外せ、このラインナップから今すぐ。3学年で25年、計75回もチャンスを与えて結果を出せないんじゃ解雇を検討すべきだろ。誰だセパタクロー好きな奴、絶対教師にいるだろこれ。


「おはようさん、ちょっと早いけど朝礼始めるぞ」


名誉選択肢ってそれ選択肢から消えてないかと思っていると、我らが担任教師である長谷川先生が白衣姿で登場した。ぼさぼさの髪の毛にあごひげがチョコンとあり少し清潔感に欠けているが、僕の計14回の遅刻を不問にしてくれているそれはもう素晴らしい教師だ。


「昨日言ったが、今から球技大会のウチのクラスの希望を決めてもらう。御園、後頼んだ」


そう言って大きなあくびを噛ますと、教員用のパイプ椅子に座って目を閉じた。あっこの人寝る気だ。


ご指名を受けた御園出雲は、もはや先生のことは気にせず教壇の前へ移動した。さすが2年間の付き合い、完全に慣れているな。


「はい! 時間もないし早速男女分かれて球技を決めたいんだけど」


そう言って、御園出雲は困ったように視線を雨竜へ移した。


「男子の進行は青八木君に任せていい?」


成る程、確かに短時間で男女両方の意見を取り纏めるのは大変そうだ。雨竜なら何でもそつなくこなすし無難も無難だろう。


「了解、任されたよ」

「ありがとう、さすがに朝礼中に決めるとなると時間がね……」

「時間なら気にするな、1限は俺の授業だし」

「先生は黙っててください」

「はい、すみません」


とても教師として信頼の置かれた対応とは思えないが、授業中以外の先生はかなり大雑把で適当なため、御園出雲としても変に口出しされたくないのだろう。1限に進行して後で泣きを見るのは生徒である僕らだしな。


「ちなみに他のクラスは既に決まっていて、女子はソフトボールとバスケが2票、バレーボールが1票って状況だ」


長谷川先生の補足に教室内が少し沸く。つまり女子はサッカーやセパタクローに入れてもあまり意味はなく、ソフトかバスケなら即決定、バレーなら3種で抽選になるわけか。進行時間を短縮できる有り難い御言葉だが、どうして他のクラスはもう決まってるんだ?


「……先生?」

「どうした御園?」

「どうして他のクラスは既に決まってるんですか?」


僕の気持ちを代弁するように鋭い目線で先生へ尋ねる御園出雲。コラやめろ、先生がいっぱい汗掻き始めたじゃないか。そんな恐ろしい目付きで睨むな。


「……どうしてだろうな」

「私の推察ですが、本当は昨日の朝礼で告知して、昨日の終礼で決める予定だったんじゃないですか?」

「…………」

「だから他のクラスは決まってる。でもウチのクラスは決まってない。何故なら告知を受けたのは昨日の終礼だから」

「………………」

「先生、何とか言ってください」

「すみません、昨日の朝礼で言い忘れてました」

「はあ、最初からそう言ってくださいよ。ウチのクラスだけ決めごとサボってるみたいじゃないですか」

「ですよね、反省します」


どちらが生徒でどちらが教師か忘れてしまうやり取りを見て笑いが生まれる我が教室。ずぼらな教師と優秀な委員長というのはバランスはいいが、御園出雲の負担は大きそうだ。


「お話中すみません。ちなみに男子の状況ってどうなってます?」


区切りの着いたところで話を進めるべく特攻した雨竜。そういえば、まだ男子の票数が聞けてないな、どういう風に散ってるんだろうか。


「そういや途中だったな。男子はすごいぞ、5クラス全て1票ずつばらけて完全にウチ次第だ」


セパタクローさん!?

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