第2話 勘違い
僕は高揚とした気分のまま、登校を終え教室へ到着した。
朝食は基本的に家族3人で摂るというルールがあるため嫌でも母さんと顔を合わさなくてはいけないが、父さんの愛の言葉で完全に乗り越えた。明日はもっとお手伝いできるよう頑張ろう。
「おはよう雪矢、なんか嬉しそうだな」
机の上にカバンを置くと、陽嶺高校が誇るイケてるメンズ選手権堂々の1位(適当)である青八木雨竜が声を掛けてきた。今日は僕より先に登校していたようだ。
「くくく、やはり伝わってしまうか。幸せのオーラというものは」
「オーラというか、表情筋だな」
「現実的なこと言ってんじゃねえ、ロマンのない男め」
「馬鹿いえ、アリにロマンを感じていた2週間前を忘れたか」
何を主張してるんだコイツは。さすがの女子たちもこんな雨竜を見たら若干引きそうだな、それは僕にとってよろしくないが。
「で、朝から何かあったわけ?」
「まあな、愛を囁かれるというのは良いものだな」
「えっ、お前そういう相手居たの?」
「失敬だな、居るに決まってるだろそれくらい」
「……」
僕が返答すると、雨竜は鳩が豆鉄砲でも食らったような顔でこちらを見ていた。口を開けたまま静止していてかなりだらしない。なんだこの反応、いくら何でも失礼すぎるだろ。
「……いやすまん、意外というか何というか、いつの間にそういう活動をしていたかとか訊きたいことが山ほどあるな」
相変わらずの日本語不自由検定1級の語彙力、何を言ってるかさっぱり分からん。
そういう活動ってなんだ、父さんと仲良くする活動、略してパパ活のことでいいのか。
「……ちなみに、いつから居るんだ?」
雨竜はこちらへ少し身体を寄せて、周りに聞こえないようボリュームを落として訊いてきた。
うーん、別に隠したい話でも何でもないんだが本当にコイツと噛み合ってるのか? 勘違いしたまま話すのも嫌だし、ちゃんと認識が合ってるか訊いてみるか。
「おい雨竜、今話してるのってパパ活のことでいいんだよな?」
「パパ活!? お前パパ活してんの!?」
「うっさ! 急になんだお前!?」
顔を寄せてきた雨竜が唐突に叫ぶものだから耳がキンキンした。
何をそんなに驚くことがあるんだ、父と仲良い家庭ならいくらでもやってるだろ。
「えっ、いや、えっ? ちょっと待て整理させてくれ、パパ活ってパパ活だよな?」
「当たり前だろ、それ以外何があるんだ」
「そうか、そうだよな。念のため訊いてみるけど…………どっち側?」
「はっ? どっち側?」
「いやその、何ていうか、尽くす方なのか尽くされる方なのか」
「尽くす方に決まってるだろ」
「はぁ~~」
突如変な声を発したかと思うと、両手で頭を押さえて思い切り後ろに仰け反る雨竜。
すごいショックを受けてるな、僕のパパ活がそんなに意外だったんだろうか。
「……意味が分からん、今は男も受け付けてるのか……? いや、コイツなら女装していけなくもないのか? というかどうした、そこまでお金を欲しているのか……?」
天を仰ぎながら、ボソボソと何かを呟く雨竜。なんだかものすごく深刻そうだ。
……成る程、僕の話を聞いてパパ活していない自分にショックを受けたんだな。よし、雨竜も父親と絆を深めたいというなら僕が相談に乗ってやらんこともないぞ。
「雪矢、いろいろ訊きたいことがあるんだがいいか?」
「おう、いくらでも訊いてくれ」
雨竜は、地に足を付け椅子に深く腰掛けると、組んだ両手を口元に当ててこちらを見てきた。
おっ、いつになく真剣だな。仕方ないから僕も真面目に応対してやるか。
「その、何だ、いつから始めてるんだ?」
「まあ意識して始めたのは中学入ってからだな」
「……随分早いな、そんな年齢からお前は……」
「いやいや、もっと早くから始めとけばよかったと思ってるくらいだ」
「もっと早く!? 中学よりも!?」
「別におかしくないだろ、何かできることないかって日々思ってたんだからな」
「そ、そうか……」
雨竜は狼狽しながら額の汗を拭い始める。しまった、実践が早い僕の話を聞いて萎縮してしまったか。落ち着け雨竜、大事なのは気付いたときに始めることだ。今からやって遅いなんてことはない、気後れしないで始めようぜパパ活!
「雪矢はさ、金に困ってるのか?」
「お金? まあちょっと前まではきつかったな」
見栄張って蘭童殿とあいちゃんに昼食奢っちゃったしな。まあ名取真宵から臨時収入が入る予定だからかなり潤うが。
……って今の質問何か意味があるのか。急に毛色が変わったんだが。
「そうか……コツコツ貯めてきたんだな」
「何の話だ?」
「いやパパ活頑張ってお金貯めてきたんだなと思って」
「はあ!? パパ活でお小遣いもらうわけないだろ!?」
「ええ!? 無償!?」
「当たり前だ!! お小遣いもらうパパ活なんて偽りだ! 損得勘定を一切抜きにして相手のことだけを考える、本物の愛とはそういうものなんだよ!」
「……すげえなお前、ボランティアでそこまで頑張れるのか……」
「ボランティアじゃない! パパ活だ!!」
まったくコイツは、お手伝いしてお小遣いをもらおうとしてたのか。そんなのバイトと一緒じゃないか、雇用先が父親ってだけで。そんなものはパパ活とは言わん、それをコイツに伝えられたのは収穫だったかもしれんな。
「お金はいらない、愛は壮大、お前の客はさぞ喜ぶことだろうよ」
「客? 父さんのことか?」
「父さん!? 客のこと父さんって呼んでる!! 際限なきサービスマン魂!!」
「落ち着け雨竜、一体どうしたんだ?」
朝からびっくりするほどハイテンションな雨竜。思わず僕が心配してしまうほどである。
しかし逆を言えば、それだけパパ活に気合いが入ったってことか。くくく、同士が増えたというのは嬉しい限りだ。
「よし、じゃあ雨竜も明日からパパ活だな」
「なんでそうなるんだよ!? 無理に決まってるだろ!?」
「はあ!? まさかお小遣いなきゃやらないって言うんじゃないだろうな!?」
「金もらってもやらねえよ!!」
「ふざけるな! 僕の話を聞いた以上、一緒にやってもらうからな!?」
「お前がふざけるな! だいだいこういうのって女子がやるものだろ!?」
「戦前の亡霊め! お前は家事が女子の仕事だと思ってるのか!?」
「家事!? お前お客さまの家に上がり込んでんのか!?」
「だからお客さまじゃなくて父さんだ!」
「その下りはいいよもう!」
「よくない!! さっきから父さんを他人行儀に呼びやがって!」
「思い切り他人じゃねえか!?」
「お前酷いな!? 血の繋がった相手を他人って言ってんだぞ!?」
「はっ? 血の繋がった……?」
何か引っかかったのか、雨竜はデッドヒートしていた討論を唐突に止め、『血の繋がった』という言葉を何度も復唱していた。僕としても先程からの雨竜の暴論は聞くに堪えん、言い訳があるなら言って欲しいものだ。
長考する雨竜を見守っていると、しばらくして引きつった笑みを浮かべて僕へ視線を移す。
「……雪矢、俺たち何の話してたんだっけ?」
「パパ活だろ、何を今更」
「ざっくりその内容は?」
「いつも頑張ってる(実の)父さんのお手伝いをしよう」
「……ああ……やっぱお前か……」
「はっ?」
「ま、ぎ、ら、わ、しいんだよいつもいつも!!」
そこで僕たちは、大きな勘違いをしてることにようやく気付いた。
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