第4話 思春期馬鹿野郎
もしかしたら僕は、陽嶺高校の歴史的瞬間に立ち会ってしまうのかもしれない。
このクラスの意見次第で25年(?)ぶりにセパタクローが球技として採用されるというのだ、こんなに熱い展開はなかなかあるまい。
「おい雨竜、これセパタクローあるぞ?」
「ねえよ馬鹿」
僕の意見をあっさり切り捨てると、雨竜は男子をまとめるためか教壇の方へと歩き始めた。
そして男子を窓側に集めて、球技の相談を始める。
「とりあえず第一希望に挙手してくれ、それで決定するつもりはないから気軽にな」
まずはどの意見が多いかを見てみるつもりのようだ。票数自体ではなく票数の多い意見を聞いて納得できるかに重きを置くのだろう、悪くない案である。
しかし雨竜よ、僕は貴様の暴言を決して許さん。セパタクローという伝説にも残る選択肢がありながら容赦なく切り捨てるその考え方、必ず自分へ返ってくる。何が言いたいか分かるか。
セパタクローは今この場で脚光を浴びるってことなんだよ!!
「セパタクローは1票だな」
「嘘だろ!?」
最初の選択肢に上げられた教師の癒着セパタクローは、無情にも僕の右腕と共に葬られてしまった。
何なんだコイツら、伝説より一時の愉悦を取るって言うのかよ。畜生、そんなものに一体何があるって言うんだ……
すみませんでしたセパさま、僕の力不足が原因で……
「てかセパタクローって何? スポーツなの?」
「それ去年も言ってる奴いたな、いわゆるサッカーバレーだろ?」
「じゃあサッカーバレーでいいじゃん。なんでセパタクローって言うの?」
「タクローさんが作ったからだろ」
「あり得るなそれ」
くっ……! 好き放題言われてやがる! 真っ向から対抗してやりたいが、セパタクローの知識が浅い僕ではセパさまの傷口をさらに広げかねない。悔しいが、伝説は諦めて次の選択肢へ進んであげることがセパさまにとって1番だ。
「……雨竜、次にいってくれ」
「なんだ、意見を述べなくて良いのか?」
「ああ、セパさまの良さは僕が分かってればいい」
「セパさま……?」
世の中の無情さに触れながら、僕は快晴の空を窓から見上げた。
こうしてまた1年が経過するのだな。セパタクローよ! 永遠であれ!!
「票数が高かったのはサッカーの7票とバスケの6票か」
僕がセパタクローの供養を済ませている間に、どうやら集計は終わっていたようだ。
ちょっと待て、サッカーが7票? それはまずい、サッカーに決まったら僕がサボれなくなっちゃうじゃないか。
「雨竜、サッカーって何対何でやるんだ?」
「各クラス男子20人だし、2つに分かれて10対10だな」
やはり、サッカーは試合数が少なく全員参加が基本となるため逃げ場がなくなってしまう。6月の暑さの中サッカーをするなんて拷問にも程がある。他の球技を応援すべきだ。
2位は6票のバスケ、5人いればできるスポーツだが4チーム作るのか?
「雨竜、バスケは何チーム作るんだ?」
「4チーム作ろうと思えばいけるんだが、1日で回せないから各クラス3チームだぞ。6~7人チームだから交代で入る感じになるな」
これだ!! バスケは基本的に5対5、僕がサボってもメンバー不足で困ることは絶対にない。バレーだと6人チームになったときに必ず参加しなくてはいけなくなるし、安全を担保するならバスケ以外ないじゃないか!!
僕の中で球技大会の種目は決定したようなものだったが、話し合いは良くない方向へ進んでいた。
「えー、去年もバスケだったじゃん。違うのにしようぜ」
「でも青八木いるしバスケの方が優勝できるくね?」
「いやいや、青八木ならどのスポーツでも活躍できるしバスケである必要ないだろ」
まずい。まずいまずい。この流れ、民衆の意見がサッカーへ傾いていくやつだ。
バスケは去年と同じスポーツ、それが一番尾を引いているらしい。
どうしたものか、雨竜がいたら優勝できそうという理由は先ほど一蹴されている。この意見でバスケを取りに行こうと思っていただけに別案がまだ思い付かない。
「御園さん、女子はどんな感じ?」
「えーっと、もう少しでまとまりそうかな」
「了解、ありがとう。こっちもそろそろまとめないとな」
おい雨竜、女子の進行なんて今はどうでもいいだろ。1限までに間に合えばいいわけだから女子に合わせる必要だってないのに、何の確認だったんだまったく。
…………待てよ、その手ならイケるか?
僕は議論を続ける男子の輪から外れ、女子の議論を見守っている御園出雲の隣へやってきた。
「なあ、質問があるんだが」
「何よ急に」
「女子の球技、何になりそうだ?」
不機嫌そうに眉を顰める御園出雲だが、どうやら質問には答えてくれるようだ。
「ソフトとバスケで議論中だけど、このままならバスケになりそ――――」
「本当か!? 本当だな!?」
最高なまでの朗報。僕は御園出雲の手を取ってその喜びを伝えた。
「ちょっ、なっ……!」
「健やかなるときも病めるときも球技はバスケでいくことを誓うか!?」
「誓う誓う! 誓うから手を放しなさい!」
「それだけ聞ければ充分だ」
僕は顔を真っ赤にした御園出雲から手を放し、急いで男子の輪へと戻る。
サッカーに決定する前に、僕はコイツらを説き伏せなければいけない。
「よく聞け皆の衆」
僕の一声で視線が一気に集中する。こんなに僕の言葉を待ってくれているというのに、顔と名前が全然一致しない。誰だコイツら?
「先ほど女子の球技を聞いてきた。バスケに決まったようだ」
「へー、それがどうかしたのかよ」
「鈍い奴らめ、どうやらサッカーが悪手だとまだ気付いてないらしい」
「何? どういうことだ?」
疑問符を浮かべる男子共に、僕は敢えて小さな声でその事実を伝えた。
「女子の応援、多分来なくなるぞ?」
その瞬間、男子の半分以上が真顔で静止した。何を言ってるのか理解できないのか、それとも理解してまずいと思ってくれたのか。
いずれにせよ、ここが勝負所だと感じた僕は一気に畳みかける。
「だって男子は屋外で女子は屋内だぞ、わざわざ応援しにあっつい外へやってくるか? しかもグラウンドと体育館はけっこう距離があるわけで、僕なら面倒で行く気も起きないな」
「…………」
「だがバスケならどうだ? 第一体育館と第二体育館は渡り廊下挟んですぐ移動できるし、お互いの試合なんていくらでも見に行ける。しかも女子と同じ球技、一緒に練習して仲が深められるかもな」
「………………」
僕の打開策、『女子を思いきり意識させる』は想像以上に効果があった。男子たちはお互いを気まずそうに見つめ合い、そして目を配り合い、今までの議論などなかったように意見を1つにした。
「バスケだな」
「ああ、バスケしかない」
「むしろバスケ以外の選択肢があったのか?」
「ないだろ、俺たちバスケ命だし」
「違いねえ」
くっくっく、愉快だ愉快。思い通りに人を動かすというのはなんて楽しいんだろうか。さすが思春期馬鹿野郎共、女子で釣ったらあっさり心変わりしてくれたよ。
「雪矢お前、チーム人数聞いてバスケにしたな?」
目の前の惨状に呆れてしまった雨竜が、原因を作った僕に詰め寄ってくる。
「サボる気満々だろお前?」
「当然だろ、じゃなきゃ誰が前立って話すかよ」
「お前さ、その人心掌握術をまともに活用できないのか?」
「人心掌握術ってまともに活用するものじゃないだろ。それより僕はお前と同じチームで決定だからな、僕がいなくても上手くフォローしてくれよ」
「……もう溜息しか出ねえ」
額に手を当て俯いてしまう雨竜。
ははは雨竜よ、分かったか。これがセパタクローの呪いだ。
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