第5話 結果

桐田朱里とのいざこざがあったその翌日、学校に来ると僕の隣の席はすでに埋まっていた。


「相変わらず早いな、中折れ大魔王」

「そういうお前は歩く産業廃棄物君じゃないか、おはよう」

「誰が処理に困るゴミだ、女に困るゴミクズめ」

「むしろ困っていないけどな、そういう意味では困ってるな」

「何言ってるんだ、日本語で話せ」


この頭のおかしい日本語検定マイナス1級所持者こそ、女子生徒の人気を欲しいままにする完璧超人青八木雨竜である。


彼は、僕の発言を無視して「そういえば」と話を繰り出す。


「お前、昨日やけに浮かれてたけど何かあったのか?」

「聞くな。全部綺麗にご破綻だ」

「お前の企みがまともに通ったことなんてないだろ」

「普通に通ってますけど、あなたが知らないだけで通りまくってるんですけど?」

「そりゃ悪かった、お前の妄想の中まで踏み込めてないからな俺」


どうして僕の周りにはこんなにも失礼な奴ばかりなんだ。もっと崇め讃えられてもおかしくないというのに、残念ながら学校レベルのコミュニティ規模じゃ僕を理解できる人間は現れないようである。


「廣瀬雪矢、ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」

「また出やがったな……」


僕が学校の低次元性に嘆いていると、何やら顔を強張らせた女生徒が寄ってきた。

御園出雲みそのいずも、2年Bクラスの学級委員であり、教師の評判も良い優等生である。

青みがかった黒髪は首元で綺麗に整えられており、つり上がった瞳が特徴的。

本来僕と絡むことなどない相手だが、難癖をつけては僕にいちゃもんをつけてくる面倒くさい女だ。


「あなた、朱里に何かしたの?」

「朱里って桐田朱里のことか、コイツのこと好きらしいから相談に乗ってただけだ」


親指で雨竜を指差すと、突然御園出雲は慌て出す。


「ちょっとちょっと、青八木君の前で何言ってるのよ!」

「言わないと伝わらないから言ってんだよ、これお前宛の手紙らしいから読んどけ」

「なんだ、企みってまた俺絡みだったのか。放っておけばいいのに難儀な奴だな」

「黙れ、僕には僕の考えがあるんだ。見てろ、今にお前は僕の前で頭をひれ伏すことになるからな」

「おう、期待しないで待ってるわ」


この野郎、誰のせいでこんなに苦労していると思ってるんだ。


「廣瀬雪矢、話を逸らさないで」

「逸らしてねえよ。てかまだいたのか、用が済んだならさっさと帰れ」

「終わってないでしょ、昨日部活で朱里と会ったけどものすごく凹んでたんだからね。何かしたならちゃんと謝りなさい」

「100%善意で動いた僕が謝罪するわけないだろ。それによかったじゃないか、ライバルが1人減ったぞ?」

「ちょっ!」


反射的に頰を赤らめ雨竜に目を向ける御園出雲だったが、どうやら雨竜は手紙に夢中で話を聞いていないようだった。

今の反応で分かるように、御園出雲は雨竜に好意を持っている。直接言われたわけではないが、それだけ分かりやすい反応をしている。


僕としては大いに結構、見てくれも悪くないし学業も優秀、雨竜に並んでも違和感のない女の1人だと思う。

しかしコイツは変に臆病で姑息な性格をしている。雨竜に直接絡めないから、雨竜と話しているタイミングで僕にしょっちゅう絡んでくる。これが面倒でなくて何が面倒だというのだろうか。

素直に僕に助力を求めれば相談に乗らんこともないというのに、僕を蔑ろにする以上勝手に自爆しようが僕の知る由ではない。


「……あなたにはデリカシーってものがないわけ?」

「雨竜にも聞こえるように桐田朱里ゆうじんの話をする奴に言われたくないね」

「ああ言えばこう言う。そんなんだから女の子にモテないのよ」

「どうでもいい。僕の相手は僕が選ぶ、お前には関係ない」

「そうですか! 何でもいいけど朱里には謝っておきなさいよ、伝えたからね?」


そう言って自分の席へ戻っていく御園出雲。

ようやく去ってくれたか、あの女の相手は本当に疲れる。どうせ来るなら雨竜に色仕掛けの1つでも噛ましてもらいたいものだ、こんな弱パンチでは雨竜をKOさせるなど一生無理である。


「どうだ雨竜、手紙の内容は。くだらない内容だろう、僕も指導したんだが聞く耳を持たなくてな」

「……」


気を取り直して手紙の件を雨竜に尋ねるが、いつまで経っても反応がなかった。


「……なあ、お前これ読んだのか?」

「……そういえば読んでないな」


昨日会ったときに読むように言われたが、シュリちゃんを見せたくて後回しにしてしまっていた。


「成る程な、そういう反応になるわけだ」

「なんだ、言いたいことがあるならはっきり言え」


ニヤニヤしながら僕を見る雨竜に嫌気が差して追及すると、



「――――桐田さんだっけ、ちょっと会ってみようかな」

「………………はっ?」



この男から発せられたとは思えない肯定的な言葉を耳にした。


「もしもし雨竜君、今君はなんと仰りましたか?」

「だから桐田さんに会いにいくって言ってるんだよ、良さそうな子じゃん」

「冗談だろ、あの女がどれだけ僕を馬鹿にした言動をしてきたことか」

「正常な反応だな」


この野郎、僕が温和な好青年じゃなければコイツの頬に拳がめり込んでいるところだ。

しかしながらまったく納得できない、ミスターEDの称号を欲しいままにしているこの男が自ら女子に会いにいくだと?


「おい、その手紙見せてみろ」


絶対に手紙に面白いことが書いてあるに違いない。僕には趣味がないみたいなことを言っておいて一発噛ましてきたのか、許せない現実である。


「嫌に決まってるだろ、俺がもらったものだ」

「お前のものは僕のものだ」

「どこのたけし君だ、何を言おうがお前には見せん」

「……こんなに頼んでいるのにか、ただのクラスメイトの僕が」

「頼んでいる態度じゃねえしただのクラスメイトになんで見せるんだ、お前馬鹿なのか?」

「ぐぬぬ……!」

「ははは、精々悶々として過ごすことだな、思春期の男子らしく下半身でも弄りながらよ」

「強行突破!!」


僕は雨竜が油断している隙をついて手紙に手を伸ばした。


「っとあぶな!」


だが雨竜はギリギリのところで躱す。腹立たしくなる反射神経である。


「さっさとよこせ!」

「よこさねえって言ってるだろ!」

「なら教えろ、桐田朱里の特技を! 宇宙と交信できるのか!? 実は尻尾が生えているのか!?」

「お前の思考回路はどうなってんだ!?」


激しい攻防を繰り広げたものの、結局雨竜から手紙を奪い取ることはできなかった。

畜生、どうして神はこの男に優れた運動神経まで与えてしまったのか。顔面だけで充分甘い汁は吸えるというのに、神は残酷である。


いいさ別に、桐田朱里のことなど興味はない。師匠として弟子の修業の成果が知りたかっただけ、それ以上も以下もない。

それに雨竜が会いに行くと言っているのだ、このまま恋人同士になってくれれば僕にも平穏が訪れる。それをゆっくり待てばいい。くくく、何だか気分が良くなってきた。


「おめでとう雨竜、EDは治した方がいいぞ?」

「頼むから分かるように会話を始めてくれ」

「それより手紙の中身を僕に……」

「諦めろ、お前の負けだ」


くそう、桐田朱里は一体何者なんだ……!?

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