第4話 表現の自由
「遅い、10分の遅刻だ」
昨日と同じように屋上前で待機していると、ようやく桐田朱里が姿を現した。
僕を待たせるなんてどういう神経をしているんだ、本来なら土下座を要求するところだが生憎僕は機嫌がいい。寛大な心で許してやろう。
「ごめん、終礼が長引いちゃって…………というか大丈夫?」
「何が?」
「いや、目の下の隈がすごいと思って」
「……くっくっく、分かる者には分かると言ったところか」
「そんなパンダみたいになってたら誰でも分かると思うけど」
誰が主食は竹だこら、かぐや姫見つけ出すぞ馬鹿野郎。
まあそんな暴言にも僕は一切揺らがない。心穏やかに対応しようじゃないか。
「それよりあの、手紙書き直したから見て欲しいんだけど」
「まあ待て、その前に僕の成果を披露させてくれ」
「成果? ってさっきから気になったけどなんでパソコン持ってるの?」
「ははは、遂に気付いてしまったか。見つけてしまったのなら言うしかないだろう」
「これ見よがしに持ってたような……」
「まあそう焦るな、すぐに起動してやるから」
僕は今日のために持ってきたパソコンの電源を入れる。しばらくしてホーム画面にたどり着くと、1つのファイルをダブルクリックした。
「文字情報というのは読み手の想像力に頼る部分が出てしまい、正確に情報が伝えられない可能性がある。君だって手紙の内容が伝わらなかったら嫌だろう?」
「それはそうだけど」
「そこで僕は1つの答えにたどり着いた。君の気持ちを視覚情報で伝える1つの答えにね」
僕は本題に入る前に、ファイルの中にあるソフトウェアを立ち上げた。
「これはニコニコダンス、通称NNDと言われる3DCG作成ツールだ。僕はこれを使い、君の雨竜への気持ちを限界まで引き出し作り上げた。まったく、このせいでどれだけの睡眠時間を削られたことか、くくく」
「……ごめん、全然何言ってるか分かんない」
「簡単に言うと、君の想いを文字ではなく動画と声で伝えようと言うことだ。そっちの方が分かりやすいだろ?」
「……やっぱり分かんない、私のせいじゃない自信はある」
「ああすまん、声の説明がなかったか。これはノロノロボイスと言って打った文章を読んでくれるツールだ。声の抑揚があまり出てないのが欠点だがな」
「……おっかしいな、話がかみ合ってないのかなぁ?」
どうしたんだこの女、天井に向かって疑問を投げかけているんだが。ジプトーンは君の声を吸収しても返答はしないぞ?
ああ成る程、僕の誠意に感動するあまり神に祈りを捧げていたんだな。桐田朱里、なかなかいい奴じゃないか。仕方あるまい、さっさと本題に入ってやるか。
「どうやら待たせてしまったようだ。こちらが僕の努力の結晶、『恋するシュリちゃん』だ」
「っ!?」
動画を見始めた瞬間、桐田朱里は限界まで眼を見開いていた。
当然と言えば当然だろう、自分そっくりなキャラクターが動いているのだから。
『ウリュウクーン(→)、ワッタシ、シュリチャンダヨ(→)』
軽く腰を曲げ右手を口元に当てて自己紹介をするシュリちゃん。
完璧だ。この動作といい制服の質感といい、自分の才能が憎すぎる。
男とは女のちょっとした仕草に心を奪われるもの。動画に目を付けるという僕の発想はやはり間違っていなかった。
『ウリュリュリュウリュリュリュウリュークーン(→)、エガオノステキナウリュークーン(→)』
「見たか今の腰のうねりと胸元のラインを! この領域に到達するまでどれだけの時間が掛かったか……」
「……」
「しかし僕は諦めなかった。君の武器を活かせないんじゃ君に申し開きが立たないからな」
「あっ、はい」
淡泊な返答だった。おかしい、この最先端を走った素晴らしさが理解出来ないというのだろうか。
……いや違う。目に映る感動で言葉も出せない状況なのだ。くくく、そういうことなら最後まで堪能してくれ、僕の血と汗の結晶をな。
『イツニナッタラムカエニクルノ、ディノツクマデマッテルワ』
1分22秒の時を経て、シュリちゃんはその想いを全身で表現してくれた。
「シュリちゃん……よく頑張った……君は偉い子だ……」
まったく、目頭が熱くなる。育ての親としてはこれ以上ないパフォーマンスに涙が零れそうになる。
おっといかん、浸ってばかりではいけない。今回の主役に感想を聞かなくては。
「で、どうだろうか? 僕としてはこれで雨竜に一発噛ましてやりたいところなんだが」
「いいえ、結構です」
あれ、おかしいな。何か否定的な言葉が聞こえた気がする。幻聴だろうか。
「……神様、告白ってこんなに大変なんだね、私知らなかった」
桐田朱里は何故か、再びに天に向けて何かを唱え始めていた。それが完了したかと思うと、ニッコリと笑顔で僕に向き直る。
「いろいろ手伝ってくれてありがとう。でも、この手紙を渡してくれるだけでいいんです」
「何だと、この動画がダメだと言うのか? 言ってみろ、この場で修正してみせよう」
「いやその、修正というか、手段から見直しというか、私がこんなにダンスできると思われるとまずいというか」
しまった。確かに最後は気分が乗ってきてシュリちゃんを踊らせまくっていた。技術の進歩による本体との乖離、これは確かにいただけない。僕としたことがなんでこんなミスを。
「確かに君がダンスができるとは言われていなかった、そこさえ気をつけていれば……!」
「いや、そこさえ大丈夫だったら完璧、みたいなリアクション取られても」
「この際ダンスを覚えるというのはどうだろう、幸いなことにこの学校にはダンス部があるしな」
「廣瀬君、その動画気に入ったんだね……」
何故だか非常に憐憫に満ちた視線を投げかけてくる桐田朱里。心なしか、先程から声のトーンが変わらない気がする。ノロノロボイスをリスペクトしているんだろうか。
「やっぱ嘘、その手紙も捨てちゃっていいや。どうせ私が告白したって付き合えるわけないし」
「だからこそ僕が助言をしてるんじゃないか、この動画だって雨竜対策に万全で……」
「違うんだよ、そこまでしなきゃ向き合えないところに壁を感じちゃった。私じゃ無理だって」
「……」
僕なりに返す言葉を選んでいると、桐田朱里はスッキリした表情で頭を下げた。
「ごめんなさい、いろいろ手伝ってもらったのに。ありがとう、私はもう大丈夫です」
知らぬ内に、僕は桐田朱里にフラれたような空気になっていた。なんでやねん。
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