第3話 添削
『
初めまして、2年D組の桐田朱里と申します。
球技大会でバスケットボールをする青八木君の姿を見てから、
あなたのことが頭から離れなくなりました。
私は、青八木君のことが好きです。
お時間ありましたら、一度お話させていただければと思います。
最後まで読んでくれてありがとうございました。
』
「……」
「ど、どうですか?」
僕は、桐田朱里の作成した手紙を見て、開いた口が塞がらなくなっていた。
あり得ない、相手に告白しようという人間からどうしてこんな駄文が生まれてしまうのか。本当にこの女は雨竜と仲良くしたいと思っているのか。そうだとしたら、この桜の木で彩られた便せんが非常に可哀想だ。
「どうもこうもない、0点だ」
「0点!?」
桐田朱里は僕の採点に強くショックを受けているようだった。しかし僕も、心を鬼にして言ってやらねばならないだろう。
「当たり前だ! なんて自己満足な手紙なんだ、こんなことで男の気が引けると思ってるのか? もしかして君は、手紙を出せば男と付き合えると思っているのか?」
「思ってないよ! どうしてそこまで言われなきゃいけないわけ!?」
「なら雨竜視点に立ってみろ、この手紙を出した人間はどういう奴なんだ?」
「どういうって……あれ?」
「君がどういう人間なのかまったく書かれていない。これで雨竜はどうやって君に心を動かすんだ?」
ましてや雨竜を好きになった経緯なんて不要でしかない。あの歩くフェロモン垂れ流し野郎が好きになられた経緯なんて気にするわけがない。
「とりあえず、雨竜の気を引けそうな君の情報はないのか? 口から火を吹けるとか満月の夜にオオカミになれるとか」
「私を何だと思ってるわけ!?」
「知らん! インパクトのあるものがないか出せって言ってるんだ」
「そんなの急に言われても……」
首を傾げる桐田朱里だが、まったく付き合いのない僕がこの女の長所など分かるはずもない。見た目の特徴であればこの場で判断できなくもないが……
「……君、けっこう胸でかいな?」
「っ!?」
桐田朱里が瞬時に僕から距離を開けた。離れた彼女の全体像を見るが、出るところが出たなかなか扇情的なスタイルをしている。冬服で分かりづらいが、これは立派な長所だ。
「1つはこれでいいとして、他にないのか君の長所は」
「ちょ、長所、というか今、なんて……?」
「何もないならこれを軸に書くしかないな。3分間待ってくれ」
「えっ、えっ?」
僕は混乱している桐田朱里を無視して、便せんの裏に文章を書いた。
こんなものはラジオのメール職人と同じ、オーバーに書いてまずは関心を持ってもらうことが大切。そうとなれば、これ以外の文章があるだろうか。
『
あろーは雨竜☆ この手紙を見たってことワぁ、
すでに朱里チャンの結界内に迷い込んだってことでイイカナ!?
そんなあなたを逃がさない、たわわなお胸で包んでシュッシュッ!
これであなたは朱里のモノ、あなたを愛する朱里のモノ。
いつになったら迎えに来るの、Dの付く間で待ってるワ。
』
「痴女じゃない!?」
僕の添削した文章を見ると、桐田朱里はこの上なく大きな声で心外なことを言った。
「人によっては痴女に映るかもしれないな」
「人によらないよ! 誰がどう見たって痴女でしょ! それに何なのこの話し方、一昔前の携帯小説でもこんなこと書かないよ!」
「だから丁寧につらつら書いたってあいつの頭に残らないって言ってんだろ!」
「それは初めて聞いた!」
「そいつはごめんなさい!」
せっかく完璧な添削をしてやったというのにまるで聞く耳を持たないこの女。頭のネジが500本ほど取れてるんじゃなかろうか。
ダメだ、今日は何を言ってもダメだろう。頭を冷やす時間が必要だ。
「――明日またこの時間だ」
「えっ?」
「一日経てば僕が言ったことも理解出来るだろう。明日も来てやるからもう一度手紙を持ってこい。僕は僕で他にいい方法がないか考えてやる」
「……分かった。もう一度手紙を書くから見て欲しい」
どうやら僕の熱い思いが通じたようだ。これで僕の文章の完璧性を理解するだろう。
僕としてもこのままでは終われない。そもそも手紙だけで個人を伝えるというのは限界があるのではないだろうか。何としてでも、より良い表現方法はないか模索してみせる。
感謝しろ桐田朱里、僕を頼ったからには必ず一つの答えを授けてやろう。
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