*12話 大輝のメッセージ


 結論から言うと、疲れている所を押して首相官邸に出向いた事は全く無駄ではなかった。


 全てが終わった後、俺と里奈は政府の公用車で田有のマンションまで帰る事が出来たからだ。


 後日聞いた話によると、加賀野さん達や手島やコウちゃんらは、あの後[管理機構]オフィスから自宅へ戻るのに結構苦労したらしい。言われて見ればその通りで、現在東京はロックダウン状態になっている。幹線道路は通行止めだし、鉄道は基本的に運休だ。なのでタクシーを見つけるのに凄く苦労したらしい。


 とまぁ、そんな事はさて置き、肝心の平川官房副長官と飯沼総理との面談だが、これはもう「伝えるべきを伝えきった」という所。ちなみに、その場に居合わせたのは全部で8人。平川官房副長官と飯沼総理の他には吉池さんとその上司の瀬川局次長。そして、テレビで何度か見たことのある官房長官と、後の3人は良く分からなかった。


 そんな8人の男達は、里奈のバックパックから飛び出したハム美に文字通り「鳩が豆鉄砲を食ったよう」な顔をしていた。ただ、そんなハム美が話始め、「あちらの世界」のメイズ(魔坑)に起因する惨状と、「消えなくなる」進化の可能性、人為的に増やし進化を加速させる「播種の法」を語るにつれ、真剣な面持ちとなった。


 特に「播種の法」に関する話をハム美がした時点で、正体不明の3人はちょっとざわついた雰囲気になる。もしかしたら、何か証拠的なモノの尻尾でも掴んでいるのかもしれない。ただ、それを詮索しても素直に言ってくれるか分からないので、俺は無言でスルーした。


 ハム美の話の方は、ひとまずハム美が自分の口で語り終えた後、


「それでは、大輝様からのメッセージをお見せするニャン」


 ということになる。それでハム美は、何もないテーブルの上に向けて目から光線を出す。この時点で既に「トンデモナイ」を何回も上書きした状況なので、喋るハムスターが目からビームを出しても誰も驚かない。慣れってコワイね(俺も含めて)。


 それで、ハム美の目から飛び出した光線はテーブルの上で像を結び、その場にミニサイズの大輝の3Dホログラム映像を浮かび上がらせた。魔術による映像記録ということだ。


 テーブルの上に出現した大輝の映像は、まるで測ったかのように、飯沼総理へ向けて丁寧にお辞儀をすると、


『これは、所謂いわゆる録画映像と同じなので、質問に答えることが出来ません。その所をご了承ください。私は元々日本人で名前は広沢大輝と言います――』


 と自己紹介から始めた。


 その後の話の内容はハム美が語ったものと同じ。ただ、最後に、


『新月の夜に交信ができる可能性があります。といっても、これからこちらとそちら・・・・・・・を繋ぐ[道]を塞ぎにかかりますので、次の交信は確実なものではありません。ただ、繋げてみようとは試みますので、その場に誰か責任者が居てくれると助かります。交信するための道具は遠藤公太という人物が持っています』


 と付け加えた。まぁ、大輝からすれば、どんな状況で再生されるか分からないので、俺がこの場に居ない事も想定してこんな話し方になったのだろう。


『後は、そうですね、私と遠藤公太、五十嵐里奈は古くからの親友で且つ、幼馴染です。もしも、彼等に恣意的な不利益をもたらすような行動が有れば、このハム美は今後一切協力しなくなります』


 あと、大輝は最後に面倒な言葉を付け加えた。これは、嬉しいけれども、ちょっと余計だったかもしれない。お陰で、俺と里奈は随分先の将来まで、「保護」を名目にした日本政府の干渉を受けることになる。まぁ、不利益は無かったのでハム美も口を出さない、「鬱陶しさ」が纏わり付いた感じになった。


 ハム美の話と大輝のメッセージを聞き終えた後、飯沼総理は俺達に向かって。


「話はしっかりと承りました。メイズの危険性を……再認識しなければなりませんね。特に『播種の法』ですか、あれはマズイ。絶対に他へ口外しないでいただきたい」


 ということになった。ただ、現在の状況は兎にも角にもまず、代々木の「魔物の氾濫」を処理しなければならないものだ。そのため、飯沼総理は「そちらに注力することになる」といった。


 まぁ、ハム美の話も大輝のメッセージも、「今すぐ何かをしてくれ」という話ではない。どちらかと言えば「正しい認識」を促すものだ。なので、急に何かが変わる事はないだろう。


 ただ、俺と里奈は、取り敢えず肩に掛かっていた重荷を1つ降ろしたような気分になれた。


*********************


 政府の公用車で田有の自宅マンションに戻ったのが20:30頃。


 何故だか、2日ぶりの我が家がとても懐かしく感じたものだ。


 ちなみに、里奈を公然とマンションに連れ込んでいるが、豪志先生から自宅凸を受けることは無さそうだ。一応こちらから電話で「お断り」を入れたのだが、


『里奈もコータも大人なんだ。好きにすればいい……だが、落ち着いたら挨拶には来い!』


 と言われて電話を切られてしまった。これって、やっぱり怒っているのだろうか? だとしたら、下手なメイズのモンスターよりもよっぽどコワイんだけど……。


 そんな事を考えていると、妙にニマニマした里奈と目が合う。


「どうしたの?」

「……挨拶に来いって」

「ふ~ん、何時にする?」

「今週末、かな? 里奈の休みは?」

「合わせるわ。ねぇ、それよりお腹空かない? 何か作るわよ」


 妙に張りきった里奈が「勝手知ったる他人のナントカ」で冷蔵庫を開けて中を覗き込む。俺はそんな里奈をリビングから見ているが、その後ろ姿が何と言うか可愛くて……


 翌朝、8時前に目が覚めたのは奇跡だと思った。



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