*10話 未曾有の状況
**遠藤公太視点*************
代々木公園の周辺で中規模メイズが「魔物の氾濫」を起こした。
この情報にハム太とハム美は絶句していた。
一方、俺と里奈は、そんな話を聞かされた時点でも、正直な話まだ「ピンと」来ていなかった。俺は、場所柄「マー君」と同棲を始めた千尋の安否を心配したし、里奈は自宅マンション(賃貸だけど)が「魔物の氾濫」領域内だと知って頭を抱えた。2人とも、直ぐに発想する事は身近な問題だった訳だ。
ちなみに、千尋の方は未だマー君と米国に居たようだ。
――明日の夜のフライトで日本に戻る予定だったけど延期になったわ。お兄ちゃん、あんまり無理しないでね――
要約するとこのような内容のメッセージがスマホに届いていた。
里奈の方はと言うと、
「まぁ、こうなったら仕方ないわね。よろしくね、コータ」
ということで、俺のマンションに転がり込む事を決めたようだ。まぁ、俺としては歓迎するし、そもそも、その前から半同棲のようになっていたから問題は無い。生活用品や衣類関連など、色々と買い足さないといけないが、こちとら[管理機構]の特別要請を遂行した直後だ、それなりの報酬が出る事は確定している。
ちなみに、今回の件で[管理機構]が出す報酬は、金銭部分だけでも「金70萬圓也」と、多分歴代最高金額だ。そのためだろうか? 新しく「魔物の氾濫」が起きたと聞かされた俺達(「脱サラ会」や「東京DD」の面々)は、特にその話を深刻に受け取らず、寧ろ、
「次は代々木っすね!」
とコウちゃんが加賀野さんに言うような感じだった。
早い話が「一仕事終えたテンション」だった訳だ。
*********************
とにかく、豊洲大橋の橋詰交差点で自衛隊の装甲車部隊と合流した俺達は、状況を知らされつつも、つい先ほど
船は昨晩のものよりも立派な船(海上保安庁の船とのこと)で、往路を引き返すように東京湾を渡ると、対岸の日の出ふ頭で俺達を降ろした。その場所は、昨晩は設営途中だったが自衛隊の前衛基地があった場所だ。ただ、現場の雰囲気は1晩経った割りに、設営具合が進んでいない。
設営が完了する前に「晴海」のメイズが消滅したから、中途半端になったのだろうか? と俺は考えたが、どうやらその通りらしい。
その辺の経緯は、埠頭で待機していた車両の中で「高橋陸将補」が説明してくれた。
ただ、この辺りから、どうも雰囲気が「仕事終わりのテンション」と通じ合わないものだと気付き始めた。
振り返ってみれば、豊洲大橋の装甲車部隊も、海保の船の乗組員も、今一緒に車に乗っている高橋陸将補も、全員がかなり深刻な顔をしている。
それもそうだろう。
「今日の正午頃に1度目の救出作戦を実行した。ヘリを使って空からオリンピック第2選手村へ降りる救出作戦だ――」
もはや五十嵐心然流道場に於ける師範代「打たせ上手な高橋さん」の温和な面影など欠片も無くした高橋陸将補は、そう言って言葉を区切ると、次いで吐き出すように
「救助用の大型ヘリ1機と、護衛の中型ヘリ4機が墜ちた……犠牲者は35人だ」
と言う。
ヘリによる救出作戦の結果、尊い犠牲を35人出し、約170人を救助した。それが正午に行われていた「救出作戦」の結末らしい。
「今は、領域内の高層ビル屋上に逃れている人達をヘリで救助する作戦にシフトしているが……屋上に逃れている人々や、領域外縁部から自力で逃れてくる人々を除いても政府の試算ではまだ8万人もの人が領域内に残っている」
代々木公園付近で「魔物の氾濫」が起こったのは土曜の深夜、または日曜の未明だという。そのため、領域内に居た人の数は限られるらしいが……それでも10万人は残っているだろう、ということだ。
8万人という数が多過ぎて想像がつかない。しかし、最初の救助作戦で救い出した人数と犠牲となった人数や失った装備を比べれば、助けた数は「焼石に水」で被った損害は「甚大」なのだろう。ただ、高橋陸将補の立場では、それは「口が裂けても言えない」ことだ。俺はそう思った。
「今は第2次救助作戦の準備中だ……まぁ、それはそれとして、我々は君達を虎ノ門の[管理機構]に送るよ。いずれにしても「晴海」が何とかなったのは大きい。本当にありがとう」
車内はそれ以後、重苦しい無言の空気に包まれる。
それで、俺達が乗ったバスは妙に空いた都内の道路を駆け抜けると、虎ノ門にある[管理機構]本部オフィスが入居したオフィスビルの前に着いた。
「私は
高橋陸将補はそう言うと、そのままバスに乗って市ヶ谷の方へ向かった。
時刻は16:10だった。
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