*9話 東京ロックダウン⑦ 飛竜隊の戦い、作戦の顛末


「人だと?」

「足元のビル1階から飛び出して来ます。数は4人――」

「!」


 後方乗組員の声を受けて、村山3佐は下方を覗き込む。するとそこには、確かに4人の民間人の姿があった。彼等はヘリコプターに向けて両手を目一杯に振りながら、ゆっくりと道路の中央に進んでいる。


「ヤツの姿が見えていないのか?」

「わかりません。どうしますか?」


 村山3佐と副操縦士の会話。副操縦士は「どうする?」と訊くが、こう成ってしまっては取れる手段は限られている。


 見たところ、「四本腕の黒い巨人」と自機の距離は300~400m。相手が巨体だから目測が狂うが、多分その位だ。一方、眼下の路上を進む4人の民間人はほぼ自機の真下。高度は少し下がって18m。


「降下して4人を収容する」と村山3佐。

「了解」と副操縦士。

「ドアガン、射撃用意」と村山3佐。

「りょ、りょうかい!」とは後方乗組員の上ずった声だ。


 その後直ぐに、「飛竜ゼロ」機はドアガンを取り付けた左側を「四本腕の黒い巨人」へ向けつつ、急速に道路へ降下する。


「たすけて――」

「乗って! 早くしてください!」

「まだマンションに妻と子供が――」

「いいから、早くしてください!」

「そんな!」

「早く乗って!」


 後方キャビンではそんなやり取りが交わされる。どうやら道路に飛び出してきた4人は他の救助を待つ人々の方へ自衛隊のヘリを誘導しようとしていたらしい。そんな彼等と、若い後方乗組員の言い合いが続く。結果として、後方乗組員にドアガンを撃つ暇はない。


 一方、300m先に居たと思われた「四本腕の黒い巨人」は、着陸したUH-60JAへ目掛けて駆け出している。巨体だからか、その動きは緩慢に見えるが、体躯に見合った歩幅の為、みるみる内に巨体が迫って来る。


「早く乗せろ!」

「やってます!」

「距離、100m! 早く離陸を!」


 機体の向きの都合上、左側の副操縦士は迫って来る「四本腕の黒い巨人」が良く見える。そのため、悲鳴のような声で離陸を叫ぶが、後方ではまだ「乗れ」「他に人が」とやり取りが続いている。


「無理やり、引っ張り込め!」


 それにしびれを切らした村山3佐が怒鳴る。


 後方で短い悲鳴と怒鳴り声が起こるが、直ぐに、


「全員乗せました」


 という後方乗組員の声と、「バンッ」とドアが閉まる音が上がった。


「何かに掴まれ! 離陸する!」


 もう、ドアガンを撃っている暇も、搭乗者に安全具を装着させる暇もない。村山3佐は操縦桿とフットペダルを操作すると、急速に斜め上空へ機体を跳ね上げるように上昇を開始する。完全に操作マニュアル違反の急離陸だ。ただ、


「き、きちょ――」


 地表を走っていた「四本腕の黒い巨人」は、既に機体の間近10mまで迫っており、急速離陸を開始した機体に飛び掛かる素振りを見せた。4mを超える巨体がその瞬間、屈伸運動のように屈みこみ、跳躍力を脚部に溜め込む。その光景が良く見えている副操縦士が悲鳴を上げ――


――ドドドッ、ドドドッ、ドドドッ


 その瞬間だった。不意に上空から重たい発砲音が響き、巨人の周囲のアスファルトが弾け飛ぶ。僚機の1機が上空から牽制射撃をしてくれたのだ。


 結果として跳躍寸前だった「四本腕の黒い巨人」は、不意に上空から撃ち込まれた銃弾を嫌がるように、その場で両腕を掲げて頭部を庇う。


「飛竜5か? 山下1尉、助かる!」


 無線が使えない状況だから、僚機と通信は出来ないが、恐らく「飛竜5」の機内では普段から神経質な山下1尉が(心の中で)盛大に悪態を吐いているだろう。「万が一の時には」撃っても良いと言われているが、撃ったら撃ったで山のような報告書を書かなければならない。それが自衛隊というものだ。


(帰ったら手伝ってやるか、それに一杯奢ってやろう)


 緊張の中でフッとそんな考えが村山3佐の脳裏に浮かぶ。


 自機の高度は20mで尚も上昇中。少し離れた東側の路地上空に留まる山下1尉の「飛竜5」も同じ高度だが、「飛竜5」はその場に留まって牽制を続けるつもり・・・に見えた。その証拠にドアガンの銃口を下方に向けたままだ。


 無線が通じるなら「もう大丈夫だ」と声を掛けたい所。ただ、流石に山下1尉なら気が付くだろう。村山3佐はそう考える。


 果たして「飛竜5」はそんな村山3佐の予想どおり、直ぐに機首を上げて上昇姿勢を取った。ただ、その瞬間に隙が生まれた。恐らく20mも下の地表から・・・・なら、如何に「四本腕の黒い巨人」だといっても「何も出来ないだろう」と油断したのだろう。


 まだ誰も、このモンスターの実力を知らない時の話だから仕方がない。


 しかし、現実はそんな「無知」が罪であるかのように代償を迫る。その代償が「飛竜5」の乗組員だった。


――バゴンッ!


 その瞬間、ローターが起こす風切り音とは別種の轟音が響いた。


「なんだ?」


 その音に村山3佐と副操縦士は音の方を見る。ちょうど、上昇を開始しようとしていた「飛竜5」の方向だ。そこには信じられない光景があった。


 なんと、20m下の道路から三角錐状の岩が突き出し、それがキリのように「飛竜5」の胴体に下部から突き刺さっているのだ。


「何?」


 突き刺さった岩の錐は、2基のエンジンの間を通り、メインローターの軸部分を貫き通している。結果として空中に縫い留められた「飛竜5」は、メインローターをまるで失敗作の「竹とんぼ」のように吹き飛ばし、動力を失う。ついで、2基のターボシャフトエンジンが白煙と共に炎を吹き出す。


――ガシャン


 衝撃から、岩の錐で分断されるようになった機体の前部、操縦席側が胴体から千切れて岩の錐を滑るように地面に落下。


 それを地表で待ち構えていた「四本腕の黒い巨人」は、憎しみを晴らすように、その操縦席部分に遠慮なく飛び乗った。


 4mの巨体が跳躍してから操縦席を踏みつける。金属が拉げる音が響き、錐の上に残ったエンジンの爆発音がそれをかき消す。


「――山下!」


 叫んでも無駄だと思われたが、それでも村山3佐は叫ぶ。そして、怒りのままに後部乗組員へドアガンの発砲を命じる。


 結果として、搭載した600発の12.7mm弾を撃ち切っても、「四本腕の黒い巨人」は千切れた操縦席を「おもちゃにする」事を止めなかった。怒りなのか執拗な食欲なのか、散々に操縦席を踏みつけた「四本腕の黒い巨人」は、そこで潰れてしまった残骸をこじ開けるようにして、中にあった肉片を指でつまみ上げるようにして口へ運ぶ。


 その光景を高度40mから呆然と眺める村山3佐以下、「飛竜ゼロ」の搭乗員は、全員が表情を失った蒼白な顔色をしていた。


*********************


 代々木オリンピック記念青少年の南側路上では、そのような戦闘とも言えない一方的な虐殺と捕食行為があった。ただ、それだけで被害の全てを語れる訳ではない。


 降下地点の東側、代々木公園の園内上空に展開した3機のUH-60JA(飛竜1~3)は3機とも消息を絶っていた。乗員の安否は絶望的だと思われた。


 一方、その間に行われた「第2選手村」からの救出劇は、2機のチヌークと1機のV-22オスプレイが避難民の収容に成功。最後のV-22オスプレイが残った18人の日本人スタッフと自衛隊員(最初のチヌークから降下して、以後地上の避難民の誘導をおこなっていた)を収容しようと地表に降りる。


 所要時間は23分。ほぼ試算・計画通りに事が進んだのは、最後の機体に乗り込む事になったスタッフと誘導役の自衛隊員の活躍に拠るところが大きい。


 そんな功労者の彼等が最後のオスプレイに乗り込む。機体は独特なパラレル・ティルトローターを真上に向けてヘリコプターのような垂直離陸を始める。


 機体は高度2m、5m、10mと宙に浮き、25m前後に達したところで、徐々に水平方向にも移動を開始する。そして、斜め上方に滑るように高度を上げる機体が地上35mに達した時、その姿は代々木公園の木立の間からも良く見える状況となる。


 この時、公園側から突如として飛び出して来た巨大な火球が、上昇中のオスプレイの右側面に直撃した。その火球の直撃で、エンジン1基が破裂するように爆発し、姿勢制御を失った機体は短く錐もみしながら公園の木立の中に墜落。


 程なくして、爆音と黒煙が公園内から立ち上がった。


 搭乗員22名の安否は不明。ただ、日本政府は救助隊を派遣する余裕も合理性も見つけられなかった。



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