*8話 東京ロックダウン⑥ 代々木救出作戦
初台駅の上空、高度1,800mをヘリコプターの編隊が通過していく。2ローターを備える特徴的な外観の輸送ヘリ、CH-47J(チヌーク)3機と、これまた、2基のティルトローターを備えるV-22(オスプレイ)3機を中心とした編隊だ。回転翼機としては「超」が付くほど大型な機体6機の周辺にはコバンザメのように8機のUH-60JAが飛んでいる。
合計で14機のヘリコプターが編隊を組んで飛行する
UH-60JAを駆って先頭を飛ぶ村山飛行隊長(3佐)は、そんな事を考えながらも、口では厳しい口調で作戦内容の確認を僚機に求めている。
「[飛竜
『[飛竜
『[飛竜
『[飛竜
そのようなやり取りが無線を介して行われる。ちなみに彼等のコールサインも米軍同様に今作戦用の特別な物になっている。
現在地(初台駅)は、陸上では「魔物の氾濫」領域内だが、高度1,800mの上空ではまだ範囲の外だ。これは、氾濫を起こしたメイズを起点として「領域」が3次元的半球形状をしていることを意味する。
『アスターワンより[飛竜]各機へ。たった今、コブラをロストした。領域内に侵入したと思われる』
「[飛竜ゼロ]了解、あと2分で降下点の直上に達する」
『アスターワン、了解。そろそろ電波障害が始まりそうだ。各機の健闘を祈――』
AWACSからの通信はそこで途切れる。UH-60JA編隊の隊長機[飛竜ゼロ]の機内は緊張に満たされた。ここで、緊張を吹き飛ばすような冗談や軽口が出てこないのが、米軍と自衛隊の違いだろう。「良い悪い」の問題ではない。組織としての
「機長、降下点を目視確認しました」
「よし、降下開始する」
副操縦士の声に応じて、村山3佐は操縦桿を押し倒す同時にフットペダルを操作する。それでUH-60JAは機首を下げた姿勢のまま
グングンと近づいてくる地表の建物。それを視界に捉えつつ、村山3佐は視界の中に動く物を探す。それは救助対象者である人の姿であり、脅威の対象であるモンスターの姿でもある。
「モンスターは……現在目視出来ず」
後方キャビンからそんな声を発するのは観測手兼機銃手役の乗組員。米軍同様にカメラを片手に機体から乗り出すように地表を観察している。
「高度300……250、200、180、150、120……」
高度計を読み上げる副操縦士の声に応じて、村山3佐は操縦桿を引き起こす。丁度、高度が100mの時点で機体の姿勢は水平に戻る。その後は機体を水平に保ったままの降下に移る。
[飛竜ゼロ]が展開するのは、降下救助地点の南側100mの路上。そこで救助作戦が終了するまで、低空ホバリングを維持しつつ、周囲の脅威に目を光らせる。万が一、救助活動に重大な脅威が迫った場合は
――発砲も止むを得ず――
という事になっている。ただ、UH-60JAに据え付けられたドアガン ――M2重機関銃―― は大口径12.7mmながら、
(何れにしても、撃たなくて済むように願いたい)
陸自航空科の現役パイロットとしては最古参に近い村山3佐は、そんな独り言を胸の中で呟く。
自機はもうそろそろ展開予定地点の高度20mに達する。周囲のビルと自機の高さが近くなる。ヘリコプター乗りとしては、一番神経を使う高度だ。
「周囲の警戒を――」
「了解!」
「了解!」
村山3佐の声に、副操縦士と後部乗組員が声を合わせて応じた。
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事前の試算によると、CH-47Jチヌーク1機が着陸して避難者を収容し、再度飛び立つまで、5分必要だと目算されている。ただ、これは避難者が整然と誘導されている場合の話だ。恐らく、現実にはその倍の時間が掛かるだろうと思われている。
しかしながら、降下救助地点である「代々木オリンピック記念青少年会館」隣の運動場はCH-47Jチヌークが2機同時に着陸できるような広さは無い。そのため、5~10分の時間を掛けながら1機ずつ降りて避難者を収容する、という救助側も避難側も双方ともに神経が焼き切れそうな救出劇となることは確実だった。
ただ、幸運(と言うべきではないかもしれないが)なことに、救助対象である「第2選手村」に滞在していた人数は全部で207人と、それほど多くない事が分かっている。総数がこの人数に留まっているのは、五輪開会式の前に今の事態が発生したことが理由だ。一部、事前に予選競技が行われる種目の選手やそれに伴う各国のスタッフが入村している他は、施設の管理メンバーが10人程度という内容になっている。
とにかく、その数の避難者を救助するため、最初のCH-47Jチヌークが運動場に舞い降りる。時刻は12:50。作戦スケジュールの定刻通りの行動だ。この時刻は、この場所から南側に少し離れた渋谷区役所付近で在日米軍のヘリコプターが陽動から退避へ移り、5分ほど経過した
ただ、実際には陽動を任されていた在日米軍のヘリ(コブラ1、2)は予定を3分繰り上げて退避を開始している。
この3分のズレ。もしも「魔物の氾濫」領域の外であれば、無線連絡で容易に修正できるズレだ。ただ、無線通信というコミュニケーション手段が奪われた領域内では、それが致命的に働く。
丁度、米軍ヘリ(コブラ1、2)が「四本腕の黒い巨人」を視認した時刻に、村山3佐を始めとしたUH-60JA〔飛竜隊〕は高度100mに達して、緩降下へ切り替えていた。そのホバリング音が、「四本腕の黒い巨人」を呼び寄せる結果となっていた。
ただ、このような分析を断定的に行える人物は現場にも後方にも1人もいない。
全ては「魔物の氾濫」領域という電波通信の闇の中で起こった出来事だった。
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「機長! 前方から……なんだあれは!」
[飛竜ゼロ]の機内で、最初にソレに気が付いたのは副操縦士だった。
データに無いモンスター。体高は、周囲の構造物と見比べて4m以上はありそうだ。その全身がテカりを帯びた漆黒で、左右2対4本の腕を含んだ身体はボディービルダーのように筋肉が隆起している。一方、その頭部は体格と比較すると奇妙なほどに小さく、
その正体不明の人型モンスターが通りをゆっくりと北上してくる。
「くそ、ここを抜かれると救助地点まで一本道だぞ」
「機長――」
「……やむを得ない、接近してヤツの注意を惹き、そのまま西へ誘導する」
村山3佐は、決断を下して自機を前進させる。しかし、
「機長、ひ、人が!」
後方乗組員の観測手が、そのタイミングで悲鳴のような声を上げた。
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